BRING ME TO LIFE
第十四章・嵐を呼ぶ少女
(4)
ぎゅっと抱き付かれて、バランスを崩したキラは、しりもちをつくように転んでしまう。フレイは唇こそ離したものの、その腕を離そう
とはしなかった。
「キラ…キラ! 無事でよかった…!!」
「フ…フレイ…」
ぱっと少し体を離すと、胸元を少し開く。
「連れて来てあげたわよ、この子」
「え?」
その中からひょこっと顔を出したのは――――――――――トリィ。
見る見るキラの顔がほころぶ。
「………トリィ………!!!」
優しく微笑むフレイの胸元から、パシッパシッと独特の羽音をさせて、ロボット鳥が部屋の中を舞った。
『トリィ トリィ』
懐かしい鳴き声。
呆気にとられていたアスランも、はっとしてトリィを見上げる。
「………」
キラとの友情の象徴ともいえる、その緑色のロボット鳥を。
「フレイ…どうして…」
「何言ってるの。キラの大事な子なんでしょう? 私が連れてきてあげなくて、誰に任せられるっていうの」
「…フレイ…!!」
感極まって、涙が溢れ出す。
「ありがとう…! ありがとう、フレイ…!!」
肩に顔を埋めてぎゅっと抱き締めてくるキラ。フレイはにっこりと微笑んで、キラの頭にそっと腕を回した。
「大丈夫。大丈夫よ。もう大丈夫。…キラには私がいるわ…」
母親が子供に言うように、目を閉じて、髪を撫でて。
「私がずっと、キラの傍にいてあげる。あなたは一人じゃないわ…私がいるから…。私の思いが、あなたを守り続けるから…」
どこかうっとりとした音色で言いながら、ふ、と目を開く。
その視線は、敵意に満ちたもの。
視線の先には、ザフトの制服を着た三人。
ディアッカと、ニコルと、アスラン。…イザークは背中側にいるので、フレイからは見えない。
尋常ではないその敵意に、ディアッカは眉をひそめ、ニコルは戸惑った。
そしてアスランは、逆に探るような視線をフレイに突き刺している。
男三人から、不自然な態度は見られなかった。
演技で驚いているという事もないだろう。
視界を遮られていたカズイというどこか冴えない少年も、キラの姿とこの光景にぎょっとしていた。
間違い無く、見るからに女性。このキラの姿に唯一違和感を感じずにいた人物。それは、今キラを抱きしめているこの少女。
だとしたら。
まさか。
まさか、まさか………………。
…まさか。…この、フレイという少女だとでもいうのだろうか。……例のキスマークの犯人は………。
…ここにいる男三人は違うとなれば、残る男性は『エンディミオンの鷹』ムウ・ラ・フラガのみ。
そちらへ疑惑を向けるのが普通なのだろうが、キラを見つけた瞬間飛びついてキスをしたフレイと、それをあっさり受け入れて戸惑った
様子もないキラの姿に、傍目には冷静に見えているアスランも内心では相当パニックを起こしていたのかもしれない。
「…ご…ごめん。フレイ。もう大丈夫だから。…ありがとう」
言いながら顔を起こすキラ。フレイは心配そうな顔で、キラの頬をそっと両手で包み込む。
「…キラ…、プロテクター、どうしちゃったの?」
「う、…うん……その、いろいろあって…」
どこから何をどう説明したものやら、とキラが視線を泳がせた。
その様子に、フレイの中に炎が生まれた。
「あんたたち、キラに何したのよ!! 野蛮人!!」
キッと三人を睨んで、叫ぶ。
ぎょっとするキラとカレッジ組プラス、ニコルとディアッカ。そしてムッとするアスランとイザーク。
「ちょ、ちょっとフレイ!!」
「やめなよ! 殺されちゃうよ!」
ミリアリアとカズイの制止など聞こえていないのか、フレイはキラを守るようにぎゅっと抱き締めて、正面にいる三人を睨み付ける。
「フ、フレイっ」
「キラはずっと秘密にしてたのに、それなのにこんなところにこんな姿で出させるなんて!! 大体、女の子だって分かった時点で、
どうして身元引受人が女の人にならないのよ! あんたたち、頭おかしいんじゃないの!?」
「フレイ、誤解だよ! やめて!」
「キラ…」
すっと優しい笑顔に戻ってキラの頭を撫でるフレイ。
「…そうね、この人達はあなたと同じコーディネイターだものね…庇おうと思うのも無理ないわ。あなた優しいもの」
「そうじゃなくて、違うんだよ、フレイ」
「もうキラには指一本触れさせないわ!! あんたたちみたいな野蛮人に、キラは絶対渡さないわ!!」
「チッ、この女、言わせておけば…!!」
「ディアッカ! それじゃほんとに僕らが悪人みたいですからやめて下さい」
立ちあがろうとしたディアッカを諌めるニコルだが、彼もフレイの言いようは気に入らない。
「あなたがたは、特別平和大使としてこの基地へいらっしゃったんですよね。ご自分達の責務と使命を、お忘れになっていませんか?」
冷静なニコルの言葉に、硬直していた後ろのカレッジ組もはっと我に返る。
「す、すみません!」
「ほらフレイ、ちょっと離れて!」
「いやっ! 何するのよ!」
「何するのじゃねえだろ! オレ達に許可されてんのは面会だけだって、さっきその人に言われたばっかじゃねーか」
「フレイ、落ちついて。ね? 僕はちゃんと、ここにいるから」
キラの言葉にやっと納得したのか、フレイは少しずつ力を抜いた。
「………ハッ。まったく、大層ご立派な平和大使だな」
毒づくイザーク。
「すみません。失礼しました」
面会チームの代表は彼になっているのか、すっと一歩前に出たサイが頭を下げた。
「ほら! フレイも頭下げて!」
「何よ! 私謝らなきゃいけないような事言ってないわ! 全部本当のことじゃない!!」
「フレイ! いー加減にしろよお前っ!」
怒鳴るトールに、ふん、と顔を背けるフレイ。キラは小さく苦笑してしまう。
本当に、彼女は相変わらずだと。
『トリィ トリィ』
騒ぎの中で宿り木を探していたトリィは、いつのまにかアスランの肩に乗っていた。
それがパサッと羽根を広げ、キラの肩に戻ってくる。
いとおしそうにトリィを見て、そっと指を差し出す。
遊ぶようにつついて、首を傾げるトリィ。
「…トリィ…良かった…」
優しく微笑むキラ。
…見慣れていた筈のその笑顔に、サイやミリアリア達も一瞬、目を奪われてしまう。
キラはキラに違いないのに、なんだか今までとは違う。
吸い込まれるような、惹き付けられるような、感覚。
「……あー…、とりあえず、まあ、元気そうじゃん」
とにかく微妙な沈黙となってしまった場をどうにかしようと、トールが口を開いた。
「そうそう。そのカッコにはびっくりしたけど…」
「あ…うん…」
「一瞬女装かとも思ったけど、…違うっぽいな。どうも」
真剣なサイの声に、キラは頷いた。
「だよな。お前、こういう冗談言うヤツじゃないもんな」
「ごめんね。…ずっと…嘘ついてて」
「いや、それは別にいいんだ」
重いキラの謝罪の言葉を、しかしサイはさらっと流してしまった。
「誰にだって、事情とかあるだろ。とにかく無事でよかったよ」
「サイ…」
「けどさー、なんでフレイだけ知ってたんだよ」
不満げに口を開いたカズイに、キラは困ったように笑って見せた。
「…いろいろあってさ」
まさかフレイの目の前で、彼女に迫られて…とは言えない。
「そっかー。でもびっくりしたわよホント。ずっと胸つぶしてたの?」
「うん」
「…そのわりに…」
じーっと胸を見てくるミリアリアの視線に、え、と赤くなってしまう。
次の瞬間、彼女はがくっと項垂れてしまった。
「…負けたぁ………」
「って、何の話だよミリィ!」
今度こそ真っ赤になってしまうキラに、カレッジ組から笑いが零れた。
フレイを除いてではあるが。
「あ、そうだキラ!」
ぽん、とトールが手を打った。
「お前、友達には会えたのか?」
「え?」
「ああ、そうそう。ここに来るまでに話してたんだよ。ほら、イージスのパイロットの事」
トールの言葉を引き継いだサイの言葉に、えっ、と硬直してしまうキラ。
そしてアスランは、ん、と顔を上げる。
「友達だって話、聞いてたからさ。キラが捕虜になったって知ったら、そいつがキラのこと助けに来てくれるんじゃないかって」
「そいつなんだろ? 昔話してた、プラントに行った親友って」
「え…どうして」
「だって…キラ、ずっと苦しんでたでしょ? 戦うの…。それって、絶対その親友が関わってるからだよねって、トールとも話してたんだ」
少し辛そうなミリアリアの瞳に、キラはどうしていいかわからなくなってしまう。
「―――俺が、そのイージスのパイロットだ」
冷たい声が響く。
「現在、キラ・ヤマトの身元引受人でもある」
はっと振り返るキラと、えっと驚くカレッジ組。そして、目を見開いてゆっくりとアスランへ視線を向けるフレイ。
こいつらは、知っていたのか。
親友と戦っているのだと、キラは戦場で友達を相手に命のやりとりをしているのだと、知っていたのか。
………それなのに、自分達を守らせる為に、戦わせ続けていたのか。止めもせず。
アスランがサイ達を見据える瞳に、静かな怒りが浮かんだ。
「…なんだ! そっかぁ、会えたんだキラ」
しかし、告げられた事実に対し、お気楽な調子でトールはキラの肩を叩く。
「良かったな、キラ! あんなに会いたがってたもんな」
「ちょっ、トール!!」
「え、何だよ、違うのか? 君、アスランだろ?」
慌てて止めるキラに構わず、ひょいっとアスランに視線を移す。
アスランはこの能天気とも取れるトールのリアクションに、不機嫌に眉をひそめた。
「…何故俺の名を知っている」
「あっ、やっぱりそうじゃん!」
「トールってば、ちょっとっっ」
「いや〜、ほんっと良かったじゃんか。あの頃のキラときたらさぁ」
「――――――――人殺し!!!!!」
トールの言葉を遮ったのは、魂を引き千切るようなフレイの叫びだった。
部屋中をびりびりと震わせた叫び声の主を振り返り、一同は皆動きを止めてしまう。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
…微妙に長かった(^^;) いい切り際が見当たらなくて結局こうなってしまいました。
この、フレイの叫びのところでどうしても切りたかったんですよ。
そうすると、そこまでの真中でどうにも丁度いい切り目が見当たらなくて。
まとめ下手海原。ぐはッ。
…フレイ節、最高潮なのは次回です。
今回もかなりきてましたけど…次回が本番なんです。