BRING ME TO LIFE
第十四章・嵐を呼ぶ少女
(5)
部屋中をびりびりと震わせた叫び声の主を振り返り、一同は動きを止めてしまう。
あの時のサイの言葉を、フレイは忘れていなかった。
『頑張って戦ってるよ。でも向うにもイージスがいるし、…なかなか』
『向うにもイージスがいるし』
『イージス』
…イージス。それが、パパの船を攻撃していたMSの名前。
そのパイロットがキラの友達だと聞いて、決意を固めた。
鬼のような形相のその少女は、ただアスランへと一直線に憎悪を突き刺す。
「人殺し!!!! あんたがパパを殺したのね!! 人殺し!!!!」
「…………」
一瞬目を見開き、押し黙ってしまう。
アスランには、多くの心当たりがあった。
「あんたが…あんたが私のパパを殺した!!!」
「フレイ、待って、あの時のことは僕が」
「パパを返して!!!」
キッと涙をためて叫ぶフレイに圧倒され、キラは思わず息を飲んでしまう。
そして責められる側であるアスランも、イザーク、ディアッカ、そしてニコルも、ただ硬直してしまっていた。
「パパを返してよ!! 人殺し!!!」
ゆらりとフレイの体が動く。
「人殺し!!! 人殺し!!!」
アスランを正面に見据えて、なおも彼女は泣き叫ぶ。
「あんたがっ、パパを……殺したぁっ!!」
「…フレイ…」
呟くサイ。
あの時の戦況をCICから見ていたサイには、モンドゴメリが落とされた攻撃にイージスが直接関わっていたわけではない事を知っていた。
だが同時に、今のフレイにそれを言っても無駄だという事も、わかっている。
今更だが、イージスの名を出したことは軽率だった。
「フレイ、話を聞いて。あの時は、僕が守れなかったから。僕の力が足りなくて、だから」
「キラ、よせ」
二人の間に割って入ろうとしたのを引き止めたのはディアッカ。
こうなったら、爆発したほうの気が済むまで爆発させてやるしかない。たとえそれで責められているのが、自分達だろうと。
だがそれによって、フレイの怒りの矛先はディアッカに向けられた。
「キラに触らないで!!! けだもの!!」
「っ」
さすがにびくっと引いてしまうディアッカ。
「フレイ!! フレイ…ごめんね、僕が……守れなくて、ごめん…」
今度はキラがフレイを抱き止めて、落ちつかせるように背中を撫でてやる。
彼女の叫びはキラの心にも痛かったが、そうやって彼女の辛そうな顔を見せられることの方が、キラには辛かった。
自分の心が痛いのは、…自分が招いた結果なのだから、当然の傷みだ。自分はそれを、受けとめなくてはならない。けれどフレイには
何の責任も過失もない。彼女は一方的に日常を奪われた被害者に他ならないのだから。
たとえそれが日常を守るためであろうと、自ら銃を取り、撃ってしまった自分には、彼女にやめろと訴える権利などない。守れなかった
ことを謝罪し、許しを乞うことしか、できない。
「…許さない……」
キラの服をぎゅっと握り締めて、キッと顔を上げるフレイ。その視線の先には、『パパを殺したコーディネイター達』。
「パパを殺しておいて、キラまで私から取り上げるなんて許さない!!!!!」
完全に。
手段と目的が、入れ替わってしまっていた。
恐らくそのことを、本人もはっきり自覚してはいないだろう。
キラを利用して、父の仇のコーディネイターを抹殺する為に。その為に近付いたのに。
彼女の秘密を知り、彼女の心に触れているうちに、囚われてしまったのはフレイのほう。
癒されてしまったのは、フレイのほう。
「人殺し!! パパを返して!! キラに触らないで!!!」
「フレイ、もういいだろ。落ち付くんだ」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、尚もアスランを睨みつけるフレイ。キラから引き剥がすように、サイが彼女を抱きかかえる。
「サイ」
「わかってる。…すみません、隣の部屋、お借りします」
「いやっ!!! 離してよ!!! 離してぇっ!! キラ!!!」
ぐいぐいとフレイを引っ張って、最初に通された隣室へ消えるサイ。
残されたのは、重い沈黙。
「………………」
こちらが責める側だった筈なのに。
キラの相手の男を見つけたら、キラは渡さないと、もう俺の傍から離さないと、そう突き付けてやるはずだったのに。
思いも寄らぬ展開に、アスランもショックを隠せない。
戦艦を撃った事もある。撃墜したMAの数など、数え切れない。それに、ヘリオポリスを襲撃した時には、実際に銃撃戦を繰り広げた。
人を、撃ち殺した。
戦艦を落とせば、救命ポッドでの脱出が間に合わない限り、乗っている者達は皆死ぬ。
MAを墜とせば、パイロットは死ぬ。
撃てば、死ぬ。
殺せば、死ぬ。
…当たり前のことだ。
死、とは。
見も知らぬ相手に死を与えるとは、どういう事か。
命を奪うとは、どういう事か。
…自分が気付こうともしなかった現実が、突然つきつけられた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
「アスランが信じて戦うものは何ですか。戴いた勲章ですか? お父様の命令ですか?」
アスランの心を動かしたラクスの名台詞。
このアスランはまだこれを聞いていませんし、勿論キラとの死闘も起こっていません。ニコルも生きています。
種語りのところでも以前ちらっと語りましたが、アスランには荒療治が必要かな、と思いましたので。
フレイの炎を浴びせてみました。
今後アスランには、たとえザフトを離反してでもキラを守りたい、という方向へ向かって頂かなくては困るので、
最初のきっかけを与える者として、フレイには少し辛い思いをしてもらうことになってしまいました。
自分の大好きなパパを殺したやつが目の前にいる。
…それこそナイフがあれば振り翳し、銃を持っていたら引き金を引いていたかもしれません。