++「BRING ME TO LIFE」第十五章(2)++

BRING ME TO LIFE

第十五章・ほどけゆく心
(2)









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「あら。お疲れ様」
 思わぬ先客に、おっと、と立ち止まってしまうディアッカ。
「…いいんですか? 平和大使さんが一人でウロウロして」
「食堂は進入可能区域だったと思うけれど? 何か不都合があるかしら」
 悪戯っぽく言うディアッカに、アイシャもにっこり微笑んで切り返した。
 おっと、と片眉を上げて、彼女の隣の席にアスランを促す。
「…何か話があったんじゃないのか?」
「オトナの女性なら、逆にいてくれた方がいいかもしれないぜ」
「は?」
 自分を座らせておきながら厨房へ引っ込むディアッカに、ハテナマークを飛ばしてしまうアスラン。
 …なんだというんだ、一体。

 戻ってきたディアッカは、グラスを二つと、ウィスキーを持っていた。
「あら、いいわね。私もそちらを貰おうかしら」
 ブランデーを傾けていたアイシャが、氷が山盛りにされたアイスケースを二人の方へ押してやる。
「どうも」
「……………」
 礼を言いながら慣れた手付きで氷をグラスに入れ、ウィスキーを注ぐ。
 それを当たり前のように自分の前に置かれ、アスランは頭を押さえてしまう。
「…ディアッカ…」
「まぁまぁ。お前、どうにも他人の前じゃ自分を崩さないタイプだからな。ちょっとでも滑りをよくしとかないと、本音トークできない だろ?」
「何か大事な話だと思ったから、俺は」
「大事な話だって。キラのことだよ」
「………」
 キラの名にぴくっと反応して、一つ溜息をつき、やれやれとグラスを持った。

 コーディネイターは十三歳で成人とみなされるが、飲酒が許されるのは十六歳から。
 まだ飲み慣れない酒に、何がおいしいんだろうと思いながら適当に飲み進める。
 ナチュラルよりもアルコールへの免疫は高くされているため、よっぽど常識外れな飲み方をしない限り悪酔いしたりはしないが、 やはり気分は昂揚してくるものだ。


「そんでさー。お前、さっきのアレはないんじゃないの?」
 早くも二杯目に突入したディアッカが、ちらっと横目でアスランを見る。
「さっきのアレって…」
「思いっきりキラから目ェそらしただろ」
「っ…、あ、あれは……」
 そうだ。
 心配そうなキラの声。なのに、咄嗟に首を振ってしまった。彼女の顔が、何故か見れなくて。
「…」
「ま、わかるけどな。オレもあんな正面切って『人殺し』とか言って泣かれたら、さすがにちょっと参ったぜ」
「あらあら。やっぱり本国のアカデミーでの訓練は、お子様向けなのね」
 クスクス笑うアイシャに、二人の視線が集まった。
「サバーハさんは、訓練は地球で?」
「ええ。あなたたち、きっと『戦場では撃たれたら死ぬんだ、そこで終わりなんだぞ』って言われてきたんでしょう」
「そうですね。耳にタコできるくらい聞かされましたよ」
 苦笑するディアッカに、微笑み返すアイシャ。
 だが次の瞬間、彼女の瞳から笑みは消えた。
「地球ではね。アーミースクールに入学する時、最初にこう尋ねられるわ。『お前は人殺しと詰られながら銃を向けられる覚悟があるか』 …とね」
「………」
 ハッとするアスランとディアッカ。
「『泣き叫んで心中覚悟で突っ込んでくる相手を一方的に殺す覚悟があるか』『親の仇、友の仇、孫の仇、そう呼ばれても怯まぬ決意が あるか』…散々問われたわ。それこそ、耳にたこができてしまうくらい」
 そこで一旦言葉を切って、グラスを傾ける。
「実際、実地訓練で放りこまれた前線は、正規軍ではなくレジスタンスが相手だったもの。…本当にそう叫ばれたわ。私はまだ、殺した 経験もなかったのに。でも、そこで怯んだら今度は私や仲間が殺されてしまうの。………不毛な場所よ。戦場というのは」
「……………」
「良かったわねあなたたち。宇宙じゃMS戦が主だもの、殺した相手の悲鳴を聞かずに済むわ。血飛沫も見なくていいでしょう?」
「………」
「…でも」
 言葉を返せず、グラスを握ったままになってしまうディアッカの隣で、アスランが静かに口を開く。
「………俺達はそれを…知っていなくちゃいけなかったのかもしれない……」
「アスラン…」
「自分達がなにをしているのか…それが『人殺し』だってことを…知っていなくちゃいけなかったのかもしれない」
「………」
 いたみを噛み締めながらゆっくりと語る少年を見守るアイシャ。
「…標的は撃てばいいと思ってた…敵は倒せばいいと思ってた…。そのことに疑問なんて抱きもしなかった。そうしないとこちらがやられる。 仲間がやられる。…けど…それは向こうも一緒なんだな。…目の前でラスティが撃たれた時、ショックで、カッと頭に血が昇って…本当に 今すぐ地球軍なんか壊滅させてやりたいと思った。絶対にラスティの死を無駄にしない、絶対にこのMSを持ち帰ると…。…だけど…俺も、 あそこで…人を殺していたんだよな。同じ思いを、あの場にいた地球軍の連中も…味わっていたんだ…」
「…そう…だな。…オレもさ。ラクスと色々、話したことあったけど…なんか、やっとあいつの言ってた意味が本当に解った気がする」
「……そこまで気付けたなら上等だわ」
 はっと顔を上げると、今度は優しいアイシャの顔があった。
「まず気付くこと。それがファーストステップよ。…キラちゃんに随分先を越されたわね、あなた達」
「…キラ……」
「……そっか…しかもあいつ、周りみんなナチュラルだったんだもんな……。そりゃ、キツいどころの話じゃないよな」
「そうね。それに彼女、訓練なんてかけらも受けたことなかったんだもの。キラちゃんの性格も性格でしょう。…辛かったと思うわ」
「…力が足りなくて守りきれなきゃ人殺し呼ばわり、守り切っても同胞殺しになっちまう、か。
……………マジ、キツいな」
「……………」

 からん、とアイスクーラーから溶けた氷が鳴った。




 守る為に咄嗟に取った銃。
 わけもわからぬまま、身を守るためだけに、そのトリガーを引いた。
 使えるからというだけで、銃を撃ち続けて。
 同朋に、撃ち続けて。
 守りきれず、失い。失った命に引き裂かれた心をぶつけられ、苦しみ。
 奪わねば奪われると思い詰めて殺し続け、その意味を思い知ってまた苦しみ。

 ……キラは、なんと多くの、なんと深い悲しみと苦しみを味わってきたのだろう。ここまで。
 普通の少女、いや、『少年』として暮らしてきただけの彼女が。
 戦争の業を、突然背負って、一人で耐えてきた。

 …………それを、俺は……………。


 ただ一方的に「俺達は仲間だ、こちらに来ればいい」とだけ叫び、その道を選ばぬキラを責めた。彼女がその時、どんな思いを抱えて いたのかを知らずに。知ろうともせずに。
 命令だからというだけで追い続け、奪い続け、…彼女を追い詰めていた。
 そう、俺も彼女を追い詰める要因の一つになっていた。
 彼女はまた、一人で耐えて。


 『パパを返して!! 人殺し!!! キラに触らないで!!!』


 叫び声は耳にこびりついて、リフレインを続ける。
 彼女の激しさ。自分の功罪。
 あの炎を一身に受けて耐え、そして尚、彼女は戦い続けてきた。
 それにひきかえ、なんと自分は脆弱なことか。
 再びイージスを駆った時、躊躇せずにトリガーを引くことができるかと迷う自分の、…なんと脆弱なことだろうか。

 ああ。これだ。あの時咄嗟に目を逸らしてしまったのは。
 人殺しと詰られても、戦い続けなければならなかったキラ。戦い続ける事を選んだキラ。一人で耐えてきたキラ。
 そんなキラに、合わせる顔がなかった。
 軍人なのに責められて動揺している自分が、情けなくて。


 やりきれずにぐいっとウィスキーを流しこむと、やけるような感覚に、喉がぐっと小さく悲鳴を上げた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
コーディネイターがお酒を飲める歳…って確か公式では発表されてないですよね??
というわけで、ここは海原の捏造です。
……………あ、違う。ここ『も』、だ(^^;)