BRING ME TO LIFE
第十五章・ほどけゆく心
(5)
ピピッ、と響いたルームコールに、うとうととしていた意識が一瞬で引き戻される。
「アスラン!?」
「え?」
駆け寄られて面食らったのは、ニコル。
あっ、とキラも足を止めた。
彼女が立ちあがった拍子に肩から舞いあがったトリィは、パシッ、パシッと独特の羽音をさせて天井を回っている。
「………ご、ごめん」
「いえ、いいんですけど、…………失礼しますね」
まさかと思いながらベッドサイドまで歩み寄る。
サイドテーブルの上のトレイにかけられている布を取り去ると、手付かずのまま冷え切った昨日の夕食。
平和大使との面会の後、キラは夕食を部屋へ運んでほしいと言ったまま、文字通りここへ篭ってしまったのだ。
それが、手付かず。
「………」
寝乱れた様子のないベッド。
ルームコールが鳴った途端、アスランの名を呼んで飛んできたキラ。
「……キラさん、さては昨夜寝てませんね?」
「…………」
少し怒ったようなニコルの視線に、うっとこちらは目を泳がせてしまう。
さすがにここまで露骨な状態で、お医者さんの目を誤魔化せるわけがないよね、なんて思いながら。
ニコルはふぅと溜息をつくと、真剣な顔でキラにベッドへ座るよう促した。
「…?」
きょとんとして座ると、彼もその隣に座る。
『トリィ』
やっと落ちつけると思ったのか、トリィがキラの肩に舞い降りた。
「…徹夜で、アスランを待っていたんですね」
「……」
「彼が帰ってくるのを、待っていたんですね。キラさん」
真剣に、問われて。
…キラは黙ったまま、頷いた。
その答えを受けたニコルは、ふわりと微笑む。
「アスランの事、心配だったんですね」
「…ショックだったと…思うんだ。僕も、ショックだったから。あの時」
あの時は、ラクスがいてくれた。彼女と話すことで、落ちつくことができたから。
だから今度は、アスランにそれを返したかった。
…アスランからしてみれば、お門違いなお節介だったかもしれないけれど、でも。
「だから、何かしたかった。…一緒に晩御飯食べるって事しか、思いつかなかったけど」
そんなことしか考え付けない自分が情けなくて、ちょっと凹んでしまったけれど。
「本当に、あなたはアスランのことが好きなんですね」
ぴくっと体が動いて、顔がかーっと赤くなってしまう。
「……それなのに、どうして彼と話し合おうとしないんですか?」
「え?」
優しかった口調が少し硬くなった。
ふとキラが顔を上げると、ニコルは微笑んでいなかった。
「アスランは確かに頑固ですけど、人の話しを頭から聞かないなんて事はありません。それはあなたもよくご存知でしょう?」
「………」
確かに、そうなのだが。
…本当は女だったという隠し事が知られてしまってからのアスランは、どこか様子が違って。
実際頭ごなしに話を聞いてくれないまま乱暴されたキラは、何とも言えず視線を落としてしまう。
「何か擦れ違いがあって彼が意固地になっているとしても、こちらが伝えようとすれば、根気よく伝えたい事があると訴えれば、それを
無碍に断るような人じゃありません」
「……」
小さく微笑んで、キラは首を左右に振った。
「キラさん!」
「いいんです…。僕は、ずっと嘘をついてきたんだから…アスランが怒るのは当たり前なんだし。それに、…」
…三年も連絡をくれなかったんだから、きっとまた、別れればそれっきりになる。
だったら、もういい。
「…何を甘ったれたことを言ってるんですか」
「…えっ」
ニコルの声が、更に厳しくなる。
顔をあげると、いつもの穏やかに微笑む彼はそこにいなかった。
「あなたがつきたくてついた嘘じゃないんでしょう。だったらどうして、それをアスランに解ってもらおうとしないんです。伝えようと
努力しないんです。それともあなたにとってのアスランは、その程度の存在なんですか?」
「そんな…、そんなこと…!!」
顔が見たい。
声が聴きたい。
メッセージがほしい。
ただそれだけで、何度も何度も彼にメールを打ち、通信のコールをかけた。
日に何十通ものメールを送って、母親に叱られたこともある。
本当は。
好きで好きで仕方なくて。
だから、…戸惑ってしまう。
突然暴挙に出られて、こちらの言葉も聞こうとせず一方的に怒りをぶつけられて。だから、期待してはいけないと。
彼が自分に好意を持っているなんて、自惚れてはいけないと。
期待したら裏切られるから。失望してしまうから。
……一時は救われたフレイからの好意も、結局は自分を利用するための餌だったように。
それでもフレイはまだ、自分を完全に拒絶したわけではなかったけれど。複雑に好意を示してくれるけれど。でも。
もし…アスランに、完全に拒絶されたら。もういい加減どうでもいいと、放り出されてしまったら。
覚悟がなければ耐えられない。
いや、たとえ覚悟があっても…きっと、耐えられはしない。
わかっている。本当は。
それが怖いから準備しているのだと。
アスランが話を聞いてくれないから。突然あんなことをしたから。…そうやってアスランのせいにして逃げていると、本当はどこかで
わかっていたけれど。
それでもやっぱり怖くて、自分から飛び込んで行けなかった。
唇を噛んで葛藤し、顔を伏せたキラを思いやって、ニコルはいつもの優しい笑顔に戻る。
そしてそっと、彼女の肩に手を添えた。
「……一晩中アスランを待って、ただじっと起きていられる程、彼を大切に想っているんでしょう? だったら、もっと全力でぶつから
なくちゃだめですよ」
「…ニコルさん…」
「アスランは頑固で、意地っ張りで、どうしようもないんですから。それを溶かして突き崩すエネルギーを、あなたからぶつけないと、
どうにもなりませんよ」
「…………っ」
一瞬、顔を上げて。
まだチャンスはあるのかと、顔を上げて。
…でも、ふっと顔を背けてしまう。
「………僕…僕は、…でもきっと、もうアスランには嫌われて…」
期待したら、また壊れる。
だったら最初から期待なんてしない方がいい。
やっぱり…怖い。
いつのまにこんなに臆病になったんだろう、そしてこんな狡いことを覚えたんだろう。そう思いながら押し黙っていると、ニコルは
そっと頬を包んで、視線を合わせた。
「嫌っている女性と同じ部屋で寝泊まりなんて、すると思いますか?」
「…、でもそれは、僕が捕虜だから…」
「だからって同室である必要はないでしょう」
「………」
「逃げないで下さい、キラさん。あなたが逃げたら、アスランはそのまま帰って来ませんよ?」
「…………」
「こんな風に擦れ違ったまま終わりになってしまって、それであなたは本当にいいんですか? 後悔しませんか?」
「……………」
「…キラさん。今あなたが見ていることだけが、世界のすべてじゃないんです。アスランにとっての真実…、肝心のあなたが逃げていては、
見つけることなんて永遠にできませんよ?」
ニコルの言葉に、キラの心は揺れる。
…三年間の無視。捕虜となってからの異常ともいえる執着。突然の乱暴。お前も来いと差し伸べてくれた手。お前を討つと告げた声。
舞い散る桜の中でトリィを渡してくれた優しい笑顔。
どれがアスランの真実か。
どれが歪んだものなのか。
…期待しても、いいんだろうか。
まだ君とわかりあえると。
あの頃のような通じ合う心を、取り戻す事ができると。
「…とにかく、朝食にしましょう。今日の検査は、お昼過ぎにしますから」
微笑みながら、トレイを膝に置くニコル。
「え、…えと…」
「元々体を弱らせてた人が徹夜したんですから、それよりまず眠ってほしいくらいですけどね」
ふふ、と笑う。
…いつものニコルだ。
キラは頷き返して、すすめられるままにトレイからパンを取った。
そして、一つ決意する。
アスランから、もう逃げない。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
ひっさしぶりの更新と相成りました。
…のわりにほとんど話は進んでいませんが(^^;)
とりあえずキラのほうにも心境の変化がありましたよ、というところで。