BRING ME TO LIFE
第十六章・失っていた歯車
(3)
先に歩き出したアスランが向かった先は、食堂。
「…いいんですか、こんなところで」
ジンジャーエールを出されて、少々面食らってしまうサイ。てっきり談話室か小会議室のような場所で、平和大使の内情やキラの引き
渡しに関係する話をされるのだと思っていたのだが。
「ああ。…君に聞きたいのは、個人的な話だから」
そう答えながら、自分もコップを置いてサイの隣に座る。
「個人的?」
「……キラのことを、教えてほしい」
意外な言葉に、サイは一瞬目を丸くしてしまう。
「キラのこと、って」
「俺は月で、九年間キラと一緒にいた。母親同士が親友だったし、男同士だと思ってたから、泊りがけになる事も珍しくなかったし…
だから、キラのことを一番知ってるのは俺だと思ってた」
「なら、なんでオレにキラの事を聞くんです? オレはキラとは、あいつが転校してきてからの三年くらいしか」
「その三年間のことを、知りたい。…俺が知らないキラのことを」
「……」
まっすぐな瞳を向けられて。
彼は…ひょっとして、キラのことを。
「…そうだな」
個人的な話となれば、敬語を使う必要はないだろう。キラと同年の友達だという彼は、自分より一つ年下のはずだ。
それに、個人的な話であるのなら、『捕虜の身元引受人』であることも、『オーブ特別平和大使』であることも、外して考えて
かまわないだろう。
「キラは、いつヘリオポリスに?」
「え…、それも聞いてないのか?」
何から話し出そうかと考えたサイへ投げかけられたアスランの言葉は、彼の予想外のことだった。
「ずっと音信不通だったとは、聞いてたけど…」
「ああ。俺がプラントに行ったその日から、ずっと」
「……………」
一口ジンジャーエールを飲むサイ。
「六月だったよ。キラがオレ達のカレッジに転入してきたの」
「六月?」
自分達が別れたのは、月の幼年学校を卒業した日。月に植樹された桜が花咲かせる、三月の終わり頃だ。…そうすると、その後もしばらくは月に
残っていたのか。
「うん。…その時の第一印象は、『なんだ、この根暗いヤツ』だったな」
「え、…根暗?」
人を選り好みして好き嫌いの激しい自分と違って、キラはすぐに誰とでも打ち解けていたのに。
そんなキラからかけ離れたサイの言葉に、アスランは一瞬呆気にとられてしまう。
アスランのその反応に、サイも苦笑する。
「今から考えたら、信じられないけどな。ほんと、ずっと浮かない顔してノートパソコンばっかりじーっと見て、なんだこいつ、
って思ったよ」
「……」
「ミリィとか、女子達は、可愛いとか、カッコいいとかって騒いでたけど。しかも最初に学校来た次の日から、ずーっと休んじゃうん
だもんな」
「え!?」
幼年学校の時は、体調を崩していても「アスランと一緒に皆勤賞とるんだ」なんて言って無理矢理学校へ行っていたくらいなのに。
本当に、知らないキラばかりが出てくる。
「教授や先生達に言われて、キラん家行って説得したり、いろいろやったなぁ」
「…それは…どうして君が?」
「ああ、同じ教授の授業取ってたから。そのクラスで、トール達とも一緒だったんだ。他にもキラとは選択した授業が結構重なってたし、
なんかオレ、委員長体質らしくって、そういうのよく頼まれちゃうんだよな」
アスランの視線に射貫かれながら語るサイ。
懐かしいあの頃を、心に思い浮かべながら、それを言葉に変換してゆく。
「いたいた、ヤマト!」
背後から呼びかけ、PCの画面を覗き込む。
メールの受信ボックスらしかった。が、それはすぐ隠されてしまう。
「…なん、ですか」
暗い声色に、サイは小さく肩を落としてしまう。
だが、すぐににこっと笑って見せた。
「なんですかじゃないよ。校内を案内するようにって、先生から言われたから。早く行かないと、昼休み終わるよ」
「…」
ふ、とスクリーンセイバーに隠された画面へ向けられた顔が、ますます俯きこむ。
「…えっと…オレのこと、分かんない?」
「……サイ・アーガイルさん…ですよね。さっき…教室で、先生に紹介された…」
「良かった、覚えててくれたんだ。まあ、そういうことだから…君がコーディネイターだって事も、先生から聞いてる。ここは
中立だし、別に気にすることないよ。本人があんまり言わないだけで、ほかにもコーディネイターの子、結構いるし。…とにかく、
これからよろしく」
右手を差し出すサイ。
キラも、握手を求められているのだということまでは分かった。
けれどその手を握り返すことは出来ず、そして人の良さそうな彼にそれが申し訳なくて、ますます項垂れてしまう。
「…」
そう露骨な態度をされては、サイも無理に手を取るのも躊躇われ、やれやれと手を引っ込める。
「ほら、行こうよ。見取り図見ただけじゃ分かり難い道もあるからさ」
「……いえ、あの…」
無理に引っ張ろうとしないこの人に、悪い印象は抱けない。
けれど。
どうしてこの手がアスランじゃないんだろう。…なんて、反射的に思ってしまって。
そうすると彼を思い出して。
受信通知のないメールボックスが、虚しくて哀しい。
「…僕のことは…放っておいて下さい。見取り図あれば、わかりますから」
「え?」
す、とディスプレイを本体に収納させ、立ちあがるキラ。そのまま、あさっての方向へ歩き出してしまう。
「え…っ、ちょっと、ヤマト! どこ行く気だよ!」
サイは慌てて追うが。
「…すみません。お願いだから…構わないで下さい」
「……」
暗い声でぼそっと零された言葉。
呆気に取られたサイは、思わず足を止めてしまう。
「…何なんだ、あいつ…」
…無理からぬ感想である。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
後から発表された年表、まだちゃんと隅々まで見たわけではありませんが。
とにかく、最低でもキラとアスランの出逢いのタイミングが違うことは確認済み。
………アイシャさんのフルネームや役職にしろ、所在不明なこの基地にしろ、なんせ、捏造てんこもりってことで…。
すみませんがそのへんはスルーの方向でよろしくお願いします(滝汗)