BRING ME TO LIFE
第十六章・失っていた歯車
(4)
「なあ、あのキラってやつ、また来てねーじゃん」
講義が終わって声をかけてきたトールに、サイは溜息混じりに頷き返した。
「これで一週間連続。まいるよ、もう」
「どうして来ないのかなぁ、学校…」
心配そうに呟くミリアリア。彼女は世話好きな性格なので、転入生がクラスに馴染めずにいるんじゃないかと、心配していたのだ。
「コーディネイターだってこと、気にしてんのかなぁ」
「トール」
少々声が大きい、と少し諌めるように名を呼ぶサイ。
あ、と開いた手で口を隠して、きょろっと周囲を見渡す。今日はこれが最後の時限とあって、大抵さっさと教室から去ってしまって
人影はまばら。誰かに聞きとめられた様子はない。
「……けどさ、それ言ったらヒロカワゼミのクリスだってコーディネイターだろ?」
サイの隣に座りながら、トールはそっと話しを続ける。
「他にも結構話聞くしさ。…そんなに気になるもんかなぁ…」
「月から来たって言ってたよね。月ってそんなにコーディネイターに偏見あるとこだったっけ…」
真剣に尋ねるミリアリア。サイはうーん、と小さく唸った。
「…偏見とかは、よくわかんないけど。でも、あそこには地球軍の、宇宙で最大規模の基地があるからな。対ザフト宇宙戦が本格化したら、
あそこが最前線になるって噂だし」
「けど軍施設のない都市部は中立地区だろ?」
「一応は。コーディネイターも結構住んでたらしいけど、プレマイオス月面本部からの圧力がかなり強くなってるから、ほとんど避難
したって話だけどな。八月には正式に、コペルニクス市が地球連合に加盟する。月面都市の地球連合加盟、これを皮切りに、どんどん
進むだろうな」
だからこそ、彼の一家も例に漏れず、この中立国が擁するコロニーへ『避難』してきた。
「ねえねえ、何の話?」
「ああ、うん。ヤマトくんの話」
ひょこっと顔を出したカズイに、なんとなくコーディネイターの件は隠して答えるミリアリア。
カズイは悪いやつではないのだが、人に気に入られるために噂話を流すクセがある。だから彼がコーディネイターである事はまだ
言わないほうがいいと思ったのだ。それはサイやトールも同じだった。
彼自身は決して悪気があるわけではないのだが、…それがまた、微妙にややこしくて。
「そういえばさ、あいつ、転校初日にずーっとパソコン見てただろ? あれって何か意味あるのかなぁ」
「さあ、どうなんだろうな」
曖昧に答えて立ち上がるサイ。トールも鞄を持って立つ。
「それよりさー、帰りなんか食べて帰ろうぜ」
トールの提案に、話はキラのことからそれ、結局そのままになる。
だが、一人ミリアリアだけは、ピンときた様子で微笑んでいた。
彼女は部屋に閉じこもってしまった我が子に、ほとほと困っていた。
「……キーラ。いい加減学校行きなさい。アスランくんが聞いたら怒るわよ〜?」
「……………いいよ、怒っても」
ぼそっとドアの向こうから返される、暗い声。
「連絡くれるんなら…怒られてもいいよ…」
「………キラ………」
涙声の息子、いや『娘』に、複雑に表情を曇らせる。
そこへ、不意に玄関のチャイムが鳴った。
「はぁーい!」
扉を開けた母の前には、見覚えのない三人の少年少女が立っていた。
「あの、初めまして。突然すみません。オレ達、キラくんと同じゼミの」
「まあ!」
綺麗なお母さんだなぁ、と二人が見惚れるなか、眼鏡の少年が礼儀正しく挨拶。
「サイ・アーガイルといいます」
「あ、っと、トール・ケーニヒです」
「ミリアリア・ハウです。初めまして」
「まあまあ、それじゃあキラを迎えにわざわざ? ごめんなさいね、今引っ張り出して来るから」
上がって待ってて、と通されたリビングはとても整っていて、居心地がいい。
「すごい感じいいお母さんだね」
「うん」
トールとミリアリアが微笑み合っている向こうで、キラ、キラ、と呼ぶ声が聞こえる。
「学校のお友達が来てくれたわよ!」
その言葉にどう反応するだろうと、サイは廊下のほうをじっと見つめるが。
やがて、申し訳なさそうな顔をした母が一人戻ってくるだけだった。
せめてお茶でも飲んで行って、というので、三人はその言葉に甘えてご馳走になることにした。
適度に甘いアップルティは絶品で、思わず感嘆の溜息が漏れる。
「あの、キラくん、どうして閉じ篭っちゃったんですか?」
「それがね…。…まあ、本人にもいろいろあるらしくて…」
一瞬何かを言いかけたようだが、苦笑して言葉を濁す。
「あの、これキラくんに渡してくれませんか?」
持っていたバスケットを差し出すミリアリアに、きょとんとする母。
「サンドイッチなんです。良かったら食べてって伝えて下さい」
「まあまあ、あらぁ…ごめんなさいね、ありがとうミリアリアちゃん」
ご馳走様でしたとヤマト家を後にする三人。明日も来ますと言ったサイは、言葉通り次の日も現れた。勿論、トールとミリアリアも。
ミリアリアは毎日お弁当を作って通い、それをキラの母に預ける日の繰り返し。
みんなで根気強く通った成果か、それともミリアリアがバスケットに忍ばせた、『学校がイヤなら、みんなでピクニック行って、
一緒にごはん食べようよ!』というメッセージが気になったのか。
三週間後、キラはやっとサイ達三人の前に姿を現した。肩にトリィを乗せ、そしてノートパソコンを持って。
ヤマト家の近くの緑地にシートを広げて、ミリアリアのお弁当をみんなでつまむ。
キラは相変わらずノートパソコンにメール受信箱を表示させたままだったが、それでも少しずつサイ達と話をするようになっていた。
「…みんな、どうして…? 先生に言われたから…?」
いつも音楽やファッション、ゲームやコミック、流行モノなどの当たり障りない話題だったのだが、ある日キラが三人にそう尋ねた。
「……う〜ん…まあ、先生に言われたからっていうのも、否定はしないけど。今はちょっと違うな」
「私はみんなで学校行きたいからなんだけどなぁ」
「オレもそう! お前、コーディネイターなんだろ?」
びくっ、と体を震わせるキラだが、トールはにかっと笑う。
「レポートとか課題、写しまくりじゃん!」
まったく悪びれない言葉に、キラは目をまん丸くして。
「ちょっ、トール! 何考えてんの!?」
「それじゃ、ズルのためにキラ利用するようなもんじゃないか」
「えーっ、そんなつもりじゃないって! …やっぱダメ?」
「ダ・メ!」
ぴしゃりとミリアリアに言われて、しょぼんとしてしまうトール。
くす、と。
不意に、キラが笑った。
そのままクスクスと楽しそうに微笑む。
「……」
三人は顔を見合わせた。
キラの笑った顔、見たのってオレ達が初めてだよな。
そう思うと、なにやら誇らしいような気分が沸きあがってきた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
海原はミリアリアって世話好きタイプだと思うんですよね。
旦那さんが家事全部できる人で、オレがやるから、とか言って全部されちゃうと、微妙に拗ねモードに入りそうな。
………あー、可愛いなぁ。