++「BRING ME TO LIFE」第十六章(5)++

BRING ME TO LIFE

第十六章・失っていた歯車
(5)









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「へえ、じゃあ月にいたときはずっとその幼なじみと一緒だったんだ」
「うん」
 キラが登校拒否を起こしてから三ヶ月。サイ達と一緒に緑地でごはんを食べるのが日課になってから、ニヶ月と少し。
 オーブの気候に合わせてあるこのヘリオポリスには四季が設定されており、六月に転校してきたキラは夏休みを経て、カレッジに 行かないまま九月も半ばをすぎようとしている。
 さりげなく転校前の話は避けてきたキラが、今日初めて昔のことを語り出した。
「ほんとに、ずーっとずっと一緒で。アスランは僕より全然何でもできてさ。課題とか、ずっと助けてもらってた」
「なんだ、トールみたいだなキラ」
「ほんとにそんな感じだったよ」
 クスクス微笑いながら話すキラ。だが、その目からはどこか物悲しい様子が消えない。

「…全然、連絡が取れないんだ」
 ふ、と表情が沈みこんで。
「…」
 サイが気遣うような視線を送ると、キラは泣き笑いのように苦笑した。
「…そいつ今、どこにいるんだ?」
「……プラント、としか聞いてない。アスランのお父さん、なんか、すごく偉い人なんだって。だから住所とか、教えられないらしいんだ。 …アドレスは変えないからって…言ってたのに…」
 メールは返って来ない、通信回線も受理してくれない。
「…」
 なんと言ったものかと、サイも思わず沈黙してしまう。
 キラは膝を抱えて、気遣わしげに見つめるサイ達の視線から逃げるように顔を埋めた。

 地球や地球連合傘下のコロニーと、プラント…というのならともかく、中立国であるオーブのコロニーであるこのヘリオポリスと プラントとの通信は、まだ普通に行われているはずだ。何の規制もなく。
 情勢が微妙なだけに、内容のチェックが通信省で行われている、というのは考えられるが、それに引っ掛かって送信が中断された というのなら、その事情を簡単に説明した通知メールくらい送られてくるはずだ。それに、…アスランとの連絡が途絶えたのは、 彼がプラントに行ってから。月にいる間だってずっと、メールの一通もくれたことはない。
 数を考えれば、自分の送ったメールや通信コールがすべて事故で消失、というのは考えられない。
 こちらのメールは、きっと彼に届いているはずなのに。

「…あんまり考え込むなよ」
 サイもキラと同じ事を考え、一瞬疑問に小さく眉を寄せたが、気を取りなおし、ぽんと肩を叩いてやる。
「プラントの偉い人の家族なら、通信とか、制限されたりチェックされたりしててもおかしくないだろ。ほら、今…いろいろ、ピリピリ してるから」
「…戦争…?」
 しっかりと、サイは頷く。
 中立国にいる自分達には遠い世界の話のように響くが、地球とプラントは今、一触即発の状態。
「それでなかなか連絡取れないだけだと思うから。…あんまり気にしすぎんなよ。連絡取れた時、お前そんなんだったら、きっとそいつ、 丸一日くらいお説教するぞ?」
「………」
 目をまん丸にしたキラは、次の瞬間、ぷっと小さく吹き出した。
「…? 何だよ、急に」
「う、ううん。…なんか、ほんとにアスランならやりかねないなって思ってさ」
「ふぅん」
 わかったようなわからないような。
 ハテナマークを頭上に飛ばすサイに、にこっと笑うキラ。
「…ほんと、そうやって笑ってると可愛いのにな」
 何気なく言ったトールの言葉に、えっ、と振り返る。
「なんで男かな〜お前…」
「……ちょっとトール? 何考えてんの!?」
 しみじみと溜息混じりに呟いたトールに、ミリアリアが目くじらを立てた。
 慌てて「いや、別に深い意味は…」と弁解する彼に問い詰める。その様子がおかしくて、キラとサイは二人して笑った。
「なあキラ、そのアスランって、フルネームなんて言うんだ?」
 世情通なサイが、プラントの偉い人ってどのくらい偉い人だろうと興味を持って尋ねる。
「アスラン・ザラだけど…」
「えっ!?」
 ぎょっとしてサイが眼鏡をずらしてしまう。トールはきょとんとしていたが、ミリアリアも驚いてこちらを振り返った。
「…ザラ…って、え、ひょっとして…」
「うん。…キラ、それは…連絡とれなくてもしょうがないよ」
「え?」
 途端に悲しく曇るキラの表情に、サイとミリアリアの胸がちくりと痛んだ。だが、そのアスランという友達への誤解は解いてやらねばと、 キラの肩にぽんと手を置く。
「今、プラントの最高評議会で国防委員長やってる人が、パトリック・ザラ。多分、その人がお父さんだよ」
「…えっ、国防委員長!? 最高評議会…って、それじゃそこの議員!?」
 こくりと頷く。
「そんな凄いVIPの息子さんじゃ、メールも通信も全部チェックされてるでしょうね…」
「それに、多分英才教育とかされてるはずだから、メチャクチャ忙しいぞ、きっと」
「………」
 不思議な気分だった。
 ずっとずっと一緒だったアスランの事情を、自分よりもサイ達のほうがよく知っているなんて。
 そういえば、レノアおばさんは農作物の研究をしてるって話をよく聞いたけど、お父さんはプラントにいるというだけで、どういう人か っていう話をされたことはなかった。
 現在の情勢を考えて、国防委員長の愛息がここにいますよ、ということを周囲に知られないようにしていたのだろうか。それとも、 うちの両親のことだから、子供はまだ難しいことを考えなくていいと思って特に言わなかったのだろうか。…アスランはお父さんのことを 聞くと少し固い表情になったから、きっと彼はお父さんが苦手なんだろうなとは思っていたけれど。
「なあキラ、だから、もっと気長に待ってやれよ。きっとそいつだって、連絡したくてたまらないのを我慢してるんだって」
 サイの言葉に、ミリアリアもうんうんと頷く。
「…なんかよくわかんないけど、凄い人と友達なんだな〜キラって」
「トールってば…普通にニュース見てたら知ってるはずよ? これくらいのことは! ちゃんと配信ニュース読んでる?」
 またお母さんっぷりを発揮しだしたミリアリアと、たじたじのトールに、二人の将来像が重なった気がして。
 ぷっ、と吹いてしまったキラ。サイと二人して、また笑ってしまう。



 ひととおり笑い終えてから、キラは穏やかに微笑んで三人に言った。
「…明日、学校行くよ。僕」




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 カラン、とアスランのグラスの中の氷が溶けて崩れ、音を立てた。

「まあ、それからまだしばらくかかったけどな。キラが完全に、学校にちゃんと来るようになるまで。しばらくはオレ達と一緒の カトウゼミにしか来なかったりして、完全に単位足りなくてさ。特別進級テストパスしてなかったら、留年するところだったんだぜ?」
「……そう…か……………」
 キラから連絡がなくて、でも父の、国防委員長の息子としての英才教育が始まって、同時にアカデミーにも通い始めて、…忙しさに 流されて。
 そんな風に自分が、キラのいない世界を処理している間、キラはキラで、こんなふうに苦しんでいたのか。

 それっきりサイも黙ってしまったので、アスランも何とも言うことができず、奇妙な沈黙が降りた。



「ひょっとして…キラとケンカでもした?」
 グラスの中のジンジャーエールを空にして、ふとサイが尋ねた。
「…まあ…」
 ケンカというより、自分が一方的にキラを傷つけただけなのだが。
「………無理ないか。お互い事情があったにしろ、ずっと…戦ってたんだもんな。戦場で」
 細かい事情を知らないサイは、そうこぼすと複雑な表情で視線をグラスに落とした。
「…そういうことじゃ………………それだけじゃ、ない……………」
 俯き、唇の内側で呟くアスラン。

 ……………キラを傷つけた。
 ヘリオポリスで再会してからずっと、俺はキラを傷つけてばかりだ。
 キラの事情も知らず、キラの気持ちを知ろうともせず、一方的に…。

 表情が翳ったアスランに、サイは何やら大仰に溜息をついて。
 ふと時計に目をやると、なんだかんだでそれなりの時間になりつつあった。
「…こっちの話は、大体こんなもんだけど。…ていうか、そういえば…どうしてオレに、キラのこと聞いたんだ? トールとか、 ミリアリアもいるのに」
 なにげなく疑問に思ったことをそのまま問う。アスランは、はっとしたように顔を上げた。
「え、ああ………、それは…君が一番年上だし、面会のときの様子を聞いたら、君が一番冷静に話ができると思って」
「ふぅん、そっか。………で、まだ何かある?」
「…いや…。そうだな、とりあえず…今日のところは。…ありがとう」
「いや」
 言いながら立ち上がるアスランとサイ。コップを下げようとしたアスランの手を、サイが止めた。
「?」
「あのさ、絶対避けないでくれよ」
「は?」
 それはどういう意味か、と思うやいなや、サイの拳がアスランの頬にクリーンヒット。
「!!」
「つっ、…ってぇ〜〜っ!!」
 知らないキラの姿を聞かされた直後だったのでボーッとしていたことも助けてか、アスランは持ち前の反射神経を発揮できずにたたらを 踏んだ。
 殴ったサイも、右拳を左手で庇ってうめいている。
「ったたたた…。こういうの、殴った方が痛いって、ほんとなんだな……」
「……な、何をするんだ! いきなり!!」
 一拍遅れて怒り出すアスランに、にこっと笑う。
「医務室行かずに、そのまままっすぐ、キラんとこ行けよ」
「え?」
「絶対、仲直りできるから」

 自身満々に言い切ったサイは、二人分のグラスを片付けて、ぽんとアスランの肩を叩いた。
「保証するよ。絶対、仲直りできる」
「……」
「それじゃ、お休み」
 穏やかに笑う、サイ。
 つい今突然ぶん殴られたところだというのに、不思議と彼に悪印象は抱かなかった。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
サイの昔話はこれで終わりです。
サイの予言どおり、次章はついにキラとアスランの仲直り!
……ちなみにこの話はキラとアスランがラブラブになっておしまいよ、ではありません。
しつこいですがまだ第二部へ続きます。張りっぱなしの複線はそこまで引っ張ります。