BRING ME TO LIFE
第二章・短い安息
(1)
アンディは、キラに屋敷内に限っての自由を与えた。
それはバルトフェルド隊の全ての兵達に疑問と不満を抱かせた。当のキラも面食らってしまって、どう振舞っていいのか躊躇してしまう。
けれど、ふとしたきっかけで見せる笑顔が。小さなところで見せる気配りが。戦いの行方に憂う瞳が。
次第に、彼がストライクのパイロットだという情報そのものを疑問視する声まで上がるようになって。
事情を知るダコスタはそれに流される事なく、手枷もなく自由にさせるのならせめて捕虜らしく囚人服を着用させるべきだ、と主張。
他ならぬキラがそれを承知して、彼女は今囚人服を着ている。
そういった具合に、彼は真っ向からキラを捕虜として扱ってはいたが。
…次第に、その態度は緩んでいった。
「…わぁ…」
一面の花畑、というわけにはいかなかったが、しかしこの部屋には可愛らしいサボテンが多く飾られ、それぞれが小さく可愛らしい花
をつけていた。
思わず、頬が緩んでしまう。
その様子に微笑したアイシャは、テーブルに紅茶の用意をしていく。
一つ一つの花を愛でていたキラが、淡い香りに誘われて振り返った。
「キラちゃん、ハーブティは嫌い?」
「え、いえ…」
「そう。良かったわ」
にっこりと微笑む。
アジア訛りで喋る彼女は、砂漠の虎・アンディの愛人なのだという。
愛人…というと、やはりあの愛人だろうか。
大胆に胸元の開いた服を清楚に着こなすこの女性が不倫をしているとは、ちょっと信じられない。
そもそも、それなら本妻はどこにいるのだろう? プラントで、夫の不実を知らずにいるのだろうか?
「さ、どうぞ座って」
「え」
弾かれたように我に返る。
じっと見入ってしまっていた自分に気付いて、失礼に思われなかったかなと床に視線を落とす。
「…紅茶が冷めてしまうわよ?」
にっこり笑ってそう促すアイシャ。
「あ、す、すみません」
慌てて彼女の正面の席に座る。
「…いただきます」
小さくそう言ってティーカップを持ち上げたキラに、優しく微笑みかける。
…そういえば自分は捕虜じゃなかったっけ、と思い出して、不思議な気分になってしまう。しかし、口の中に流し込んだ紅茶が、
その気分を吹き消してくれた。
「…美味しい…」
「本当? 良かった。さあ、遠慮しないで」
嬉しそうにクッキーの乗った大皿を軽く押してすすめる。
「あ、…ありがとうございます」
そう勧められては無碍にするわけにもいかず、微笑を返してとりあえず手を伸ばす。柔らかめのチョコチップクッキーはダークチョコを
使っているのか、甘すぎず丁度いい感じ。
「あ、このクッキーも美味しい」
「これ、誰が作ったと思う?」
「え、アイシャさんじゃないんですか?」
ふふ、と愉快そうに微笑むアイシャ。
「これね、ダコスタ君が作ったのよ」
「え!?」
「彼、戦争が終ったら菓子職人になりたいんですって」
「………」
意外、だった。
なんというか、どちらかというとお菓子よりは料理を作りそうなイメージがあったから。
「そのダコスタ君から、私の事、聞いたんでしょう? 愛人だって」
「っ」
微笑んだままそんな風に突然話を変えられて、カモミールをブレンドされた紅茶を妙なところへ流しそうになってしまう。
それをクスクス微笑しながら見つめて、キラが落ちついた頃に再び話し始めた。
「愛人といっても、アンディに奥さんがいるというわけではないのよ。彼は正真正銘独身。婚姻暦もないわ。勿論、私もね」
「え? そ、そうなんですか?」
「ええ」
そこまで言って、アイシャは紅茶を一口。
「…私が彼に頼んだの。恋人じゃなくて、愛人と呼んでって」
「…」
「何故だと思う?」
……そう言われても。
キラは困ってしまって、視線を泳がせ、テーブルへ落とす。
「恋は冷めるものだから、厭なの」
「…え…」
視線をアイシャに戻すと、彼女はとても真剣な瞳をしていた。
「恋は冷めるでしょう? どんなに夢中になって舞い上がっていても、いずれ夢は醒めてしまうわ。恋はいずれ失われるもの。その時、
愛へと昇華すれば問題はないけれど、でも大抵の場合、冷めて、消えてしまうもの」
ずき、と胸のどこかが痛んだ。
ここは、心と呼ばれる場所じゃなかっただろうか。…でも、どうして。
ぼんやりとそれを感じながら、キラは続きを聞いていた。
「だけど愛は違うわ。どんなに形を変えても、愛は変わらない。例えば、その形が憎しみだとしても、その奥に隠れているのは間違いなく
…愛だもの。愛がなければ憎む事もできない。私は、そう思うの。愛がないのなら憎む必要もないもの。相手の存在を自分の中から消して
しまえば終わり。そこで終わるから、憎しみも沸きようがないわ」
「………面白い考え方ですね」
率直な感想を素直に口にすると、アイシャはふふっと微笑んだ。
「アンディもそう言ったわ」
そしてまた、紅茶を一口。
「だから私は、恋人と呼ばれるのは厭なの。愛人という言葉にあまり良いイメージがない事は知っているわ。だけど、私達の間に
あるものは間違いなく愛なんだもの。恋ではなく、愛なんだもの」
そもそも不倫や浮気というイメージがこの言葉につく事がおかしいのだと、彼女は語った。
とても真剣な、優しい瞳で。
愛がなければ、憎しみだって沸かない。
…彼女の理論でいえば、アスランと自分の間にも、愛はあるのだろうか。
今度は俺がお前を撃つ―――――そう自分に告げたアスランの中にも、自分への愛が。
…何を考えているんだろう。
ふと気付き、再び視線を机に落とす。
彼には婚約者がいるのに。
ラクスが、いるのに。
……僕なんかがでしゃばれるわけないじゃないか。
そもそも彼にとって女ですら―――今では友達と思われているかどうかすら、定かではないのに。
彼にとっては、ただの敵兵でしかないのかもしれないのに………。
「…さあ、次はキラちゃんの番よ」
「えっ?」
不意をつかれるように声をかけられて、顔を上げる。
「ダコスタ君に私のことを尋ねたわよね? 私は、あなたが私に対して持った興味に応えて、私のことを教えたわ。私もあなたに興味が
あるの。応えてくれると嬉しいのだけど」
にっこりと微笑んでそう語りかけるアイシャに一瞬呆気に取られ、そして小さく苦笑してしまった。
「これも、尋問ですか?」
「まさか。尋問なら記録する書類が必要だわ。これは女同士のティータイムトークよ、キラちゃん」
「……………。あの、その『キラちゃん』っていうのは…ちょっと…」
「あら、どうして? 可愛いのに」
何を言うのとばかりに目を丸くするアイシャに、今度はふっと小さく吹き出してしまう。
なんとなく、彼女にはかなわないような気がして。
そうしてキラは、ストライクに、アークエンジェルに乗る事になった経緯を説明した。
ただ、アスランの名前は出さなかったし…できるだけ伏せたけれど。
彼女も察してくれたのか、「ザフトにいる友達」について深く追求しようとはしなかった。
時折相槌や問い返しをしながら、アイシャは長い話を辛抱強く聞いてくれた。
ティーポットにたっぷり残っている紅茶がすっかり冷えてしまうまで。
彼女は最後に、アンディには内緒にしておくわね、と言った。
一瞬何の事かわからず首を傾げるが、キラ自身の話について言った事だとすぐに悟る。
キラは少し考えたが、しかし笑顔で言った。
「…でも、バルトフェルドさんは上官なんでしょう? 話してもいいですよ。別に隠さなきゃいけないような事じゃないし。僕も、
バルトフェルドさんに聞かれたら、多分普通に話すと思います」
「…いいの?」
「はい。それに、…アイシャさんに話したら、少し気が楽になりました」
「…………そう」
言葉とは裏腹に、彼女はどこか切なげで。
まるで自分が楽になる事を戒めるように、伏せられた瞳。
見ているこちらの方が、切なかった。
部屋へと戻ったキラ。出入り口には、しっかり見張りがついている。
扉の向こうにいるキラを思って、目を眇める。
…彼女がこれから連行され、どんな目に遭うかを思うと、胸が痛んだ。
彼女が自分達の部下を何人も倒して…死に追いやったことはわかっている。
その能力に、コーディネイターの一言で片付けられない何かが潜んでいる事も。
けれどそれ以前に、それ以上に、彼女を痛ましく想う。
サボテンの花と優しいティータイムで自然に開かれた心は、純粋で、繊細で。
アイシャの中で、キラは敵ではなくなっていた。
むしろ、妹のような愛しささえ感じる。
「―――アイシャ副官。隊長とダコスタ副官がお呼びです。隊長の私室へおいで下さい」
呼びに来た兵士の言葉に、はっと振り返る。
「了解しました。すぐに向かいます」
そう答えると、彼は敬礼をして持ち場に戻ってゆく。
トントンとノックをして、扉を開ける。
やけに思い詰めたような表情のダコスタと、厳しい表情のアンディが待ち構えていた。
「―――彼女の事ね」
自然とアイシャの表情も引き締まる。
本人さえ知る由もない衝撃的な事実が、この三人の間にだけ明かされようとしていた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
キラにも虎にもアイシャにも夢みすぎってのはわかってます。ええ。
ぶっちゃけた話、ほんっとに妄想の産物なんで。つまり夢です。って何言ってんだかわかんなくなってきたぞ(汗)
で。…アス×キラなのにアスランがいませんね…。おかしいなぁ、アスラン好きなんだけどなぁ。
次の次でご登場頂きます。断言。
…どうも私はアスランがキラキラ言ってるのが伝染って日記でキラキラ言ってたような気が…せんでもなし。
ていうか、キラ視点メインだったからなんだけど。
本編でとんでもない事になってきてる分、こちらでは別の方向でとんでもない方向になって頂きます、ハイ。