BRING ME TO LIFE
第ニ章・短い安息
(3)
一旦ザフト勢力圏の基地へと降下し、そこから軍用ヘリに乗り換えて、砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルドの居住する場所へと
移動する。
捕虜を引き取るためのこの移動計画には全く異論はない。
異論を唱えたいのは、この同行者だ。
「………ラクス、あなたまで何故…」
「さあ、どうしてでしょう」
にっこりと微笑んだまま、婚約者はそう答えた。
アスランはほとほと困り果ててしまう。
ただでさえ、…キラに逢うのは複雑なのに。
嬉しくないはずはない。
望まずして道を分かたれた親友を、銃口を向け合うしかないと思われた親友を、殺し合うしかないと覚悟した親友を―――連れ戻す事が
出来る。
だが、彼はあくまで捕虜。
地球軍所属の今の彼がプラントに来ても、戦いのない場所で平和に暮らす道が許されるとは考えにくい。
それに………彼を連れ戻すなら自分の手で、と決意していたのに。
ラクスを引き渡された時に言った、今度は俺がお前を撃つという言葉に嘘はなかった。他の誰かに殺させるくらいなら、いっそ自分の
手で―――そんな後ろ向きな決意だったけれど。
でも、心の片隅で、希望も持っていた。
ストライクを捕獲し、キラを連れ帰れば、脅威だった『白い悪魔』は自軍のものになる。上層部も文句はないはずだ。捕獲した自分が
身柄を預かることさえできれば、どうにかキラを自由にしてやる覚悟と決意もあった。
なのに…砂漠の虎とやらに、その役割を奪われてしまった。
「アスランは、キラ様に逢えるのが嬉しくありませんの?」
難しい顔をしている彼に、ラクスは首を傾げた。
「い、いえ…そんなことは」
「フフフ。きっとキラ様も喜びますわ。大切なお友達なのでしょう?」
「………」
「ハロハロッ、オマエモカー、オマエモカー」
ピンク色のハロが、ラクスの手の中でぴょこぴょこと耳を動かす。
…友達、か。
あの時、彼は確かに『…僕もだ』と言った。呟くような、小さな声だったけれど。でも確かに、決意をした―――その覚悟が込められた
声だった。
お前を撃つと言い切った自分を、キラは果たして、まだ『友達』だと思ってくれているだろうか。
ふと目線を前に戻すと、ラクスがふわりと微笑んだ。
考えれば考えるほど解らない。…どうして捕虜の受け渡しにラクスが同行しなければならないのだろう。
キラも気にかかるが、目の前の婚約者こそ最大の謎だ。
軍人である自分ならともかく、『平和の象徴』の歌姫である彼女が、何故。
しかもこの人選は、評議会上層部からの直接の指名だという。
その意図するところが、全くわからない。
キラがラクスを引き渡す時に指名したのがアスラン。
その時と同じ組み合わせになる。
…だから何なんだ。
結局どれだけ考えても答えが出ないまま、バルトフェルド邸に到着した。
屋敷の広大な庭に着陸したヘリ。
タラップを降りると、品の良い屋敷を背景に、長身の男とアジア系の美女に守られるかのように、囚人服姿で手錠をかけられたキラが
立っていた。
アンディもアイシャも、キラに手錠など必要ないとは思っていた。だが、捕虜引渡しの時に手錠もなしではおかしいですよと、他ならぬ
キラが言い出したのだ。ならばせめてその囚人服をなんとかしよう、とアンディが言うと、これも首を横に振った。
この服結構着心地いいんです。そう言って。
その、キラが。
ヘリから現れた人物に驚いて、大きなアメジストの瞳をひときわ大きく見開き、彼を見つめている。
「…お姫様を迎えに来た王子様のご到着だ」
悪戯っぽくキラに囁くアンディ。
囁くといってもそれなりのボリュームだったので、アスランにも、その後ろに控えているラクスにも聞こえていた。しかしその言葉の
意味がわからないアスランは、一瞬小さく眉を寄せた。
当のキラは、困ったように振り返り、アンディを軽く睨み返す。
内緒にしてくれるって言ったじゃないですか! と訴えてくる視線に、アイシャはクスクス笑い、アンディはウインクを返す。そんな
彼に、まったく…と肩を落として小さく溜息。
「…」
なんだろう、この空気は。
捕虜とそれを捕えた軍人の筈の三人なのに、その間に流れる空気はやけに親しげで、アスランは疎外感と苛立ちを覚えた。
複雑な感情の入り混じったアスランの視線に気付き、ハッとして再びアスランを振り返るキラ。
無言で見詰め合う二人。
だが、アスランの後ろから二人目が現れた時、キラの視線はそちらへ移動した。
「キラ様!」
「え…ラクス!?」
「お久しぶりですわ。お元気そうで何よりです」
天使の微笑みを浮かべるラクス。手の中のハロは「ハロハロッ、ヒサビサヤナー」と相変わらず奇妙な喋り方をしている。
アスランはさっと敬礼をして、姿勢を正す。
「クルーゼ隊所属、アスラン・ザラ。捕虜を引き取りに伺いました」
アンディとアイシャも敬礼。
「ザフト軍地上部隊隊長、アンディ・バルトフェルドだ。任務ご苦労」
「バルトフェルド隊第二副官、アイシャ・サバーハです。彼がストライクのパイロット、キラ・ヤマトですわ。判明しているID情報は、
既にクルーゼ殿に送信してあります。先刻クルーゼ殿から尋問記録を添付するよう連絡がありましたが、彼は黙秘を続けておりましたので。
そうお伝え下さい」
黙秘。それは嘘だ。
アスランはそう直感したが、この場で追及する必要もないと、小さく首を振る。
「…了解しました。では、身柄を預かります」
すっ、と手を伸ばす。
ずっと、再会してからずっと拒否されてきた。
だけど今回は。
キラは、手錠で繋がれた手首を自分の手の上に乗せた。
キラを乗せた軍用ヘリが飛び去って行く。
「…行ってしまいましたね…」
アンディの後ろに控えていたダコスタが、名残惜しそうに呟く。
「なんだ、君もか」
わかりきっていた別れに未練が残るのは。
「はい…。同志を殺された事は分かっていますけど、でも…彼女には…なんというか…」
「……同情、かね」
「…それもあると思います。…でも、他にも…その、何と言っていいのかわかりませんが…」
多分、彼女の淋しげな小さい笑顔に心が痛んで。でも時々見せる優しさに癒されて。
上手くは言えないけれど…そんな意志を汲み取ったアンディは、遠ざかってゆくヘリを見つめたまま微笑んだ。
「…辛いわね、アンディ。好きでしょ、ああいう子」
一人で矛盾を抱え込んで、悩み、苦しみ、時には涙を流して。
でも、それを抱えながらも前を見て、死者を悼み、命を慈しむキラを。
「…一番淋しがっているのは、君だろう?」
キラの好きな紅茶がアールグレイだと知り、手元になかったそれを急遽取り寄せた。
仕事の忙しい日でも、午前中にキラと紅茶を飲む時間は必ず作った。
そして。
彼女は…重い、重い宿命を、その『誕生』の瞬間から背負わされている。
それを知ってしまってからは、尚更。
――――――護りたい。
彼女が敵だった事なんて、もう情報の一つでしかない。
戦場で誰かを守る為に倒した命を想い。
守れなかった命を想い。
残してきた命を想い。
………流された純粋な涙。
必死でそれを隠そうとする、不器用な笑顔。
彼女に倒された部下達も、きっとあの涙で弔われ、その魂はエデンへと旅立ったに違いない。
仲間を殺されキラを憎んでいた者も、彼女と触れ合う内にそう思えるようになったのだと、アンディは確信している。
現にこのダコスタこそがそうだったのだから。
捕虜を自由にしすぎだと、尋問が手ぬるいと、そう進言する回数が日ごとに減り、彼女の宿命をその手で調べ出した時にはぴったりと
停まった。そしてしまいには、「どうしても引き渡さなければいけないんですか」に変わってしまう始末。
不思議な少女だ。
…手放したくない。
けれど。
彼女を乗せたヘリは、既に見えなくなっていた。
「……………アンディ。どうするの」
静かに尋ねる。
「このままプラントに連行されれば、彼女は必ず『ラボ』に拘束されてしまいますよ」
ダコスタも、どうにかしたいと縋るような視線をアンディに向ける。
「…わかっているさ」
見えなくなってしまったヘリを鋭い視線で追いながら、虎もそう答えた。
「一先ず、騎士を奪われた偽りの天使に忠告をしてみるか」
UPの際の海原のイイワケ…見苦しい言い訳でも聞いてやろうという寛大な方は↓反転して下さい。
やっとアスラン登場。お待たせしてすみません…アス×キラなのに…。
(しかも折角出てきたのに何か悩み込んでるし…)
それとハロは多分大嘘です。ほんとすみません。
それとアイシャさんのフルネームも大嘘です。
彼女を勝手に第二副官なんてのにしたのも海原の『ご都合』です。
ほんっと嘘っぱちだらけで申し訳ないです。
でもって、いくら何でも夢見すぎでごめんなさいって感じなんですが、アンディの心情。
キラを憎んでいた人がみんなキラを許してるかどうか。それはわかんないです、はっきり言って。
ただこれはあくまでアンディの心情なんで、アンディ視点というか。って意味がワカラン^^;
少なくとも彼女自身にどかんと憎悪をぶつける程あからさまな人はいなくなった、という程度に受けとって頂ければ。
本編中でそれをうまく出せなかったので、こんなとこで言う奴。
しかもキラを「男」と認識してる人やら「女」と認識してる人やらバラバラで、キラを示すことばが
「彼」にも「彼女」にもなってこっちまで混乱してくる…。
………まだまだまだ×∞、修行が足りない海原。凹凹。