BRING ME TO LIFE
第三章・歌姫の見た秘密
(2)
ラクスがキラを連れて行ってくれてよかったと、アスランは後になって彼女に絶大な感謝をすることとなった。
「お前達…ヴェサリウスで待機命令が出ていた筈だろう。何故地球にいる」
「クルーゼ隊長に許可は得ている。お客様に危害は加えないという条件付きでな」
客、という彼の揶揄に苦笑するディアッカ。
「…アスラン、僕達だって…ストライクのパイロットがどんな人物か、それをこの目で確かめる権利はあると思います」
二人のブレーキ役になってくれると期待していたニコルさえ、そう言って強い視線をアスランに向けた。
うっかり小さく溜息をついてしまう。
「…。で。どこにいる」
簡潔明瞭な問い掛け。
アイスブルーの瞳とエメラルドグリーンの瞳が、同じ強さでぶつかり合う。
「……彼の処遇に関する諸手続が終了するまで、ラクスに任せてある」
「そんな、危険じゃないですか!」
「お前…手錠拘束しかしていない敵軍の兵士と自分の婚約者を、よく一緒にしておけるもんだな」
心配するニコルと、怒りの混じった呆れを向けるディアッカ。
見事なほどに、クルーゼ隊の面々の感情は噛み合わない。
「オレはどこにいると聞いているんだ」
「…聞いてどうする」
静かに問い返すと、…イザークはその瞳に憎悪を浮かべて唇の端を歪めた。
「地球降下の条件は言っただろう。お客様に手は出さないさ。…お客様には、な」
「…」
アスランは計りかねていた。
彼の憎悪は、コーディネイターの中でもエリートである自分を負傷させた『ナチュラルの』パイロットへ向けられたものなのか。
それとも、自分を打ち負かしプライドを傷つけた『ストライクの』パイロットへ向けられたものなのか。
この判断を誤ったままキラに会わせては、彼はキラに何をするかわからない。
たとえクルーゼと交わされた約束があろうと、『奴』に報復してやれるなら、お前よりもオレの方が上だと見せつける事ができるのなら
―――。
…イザークが、そんなふうに命令違反の覚悟さえしているとしたら。
面白がっているように見えて、内心ではイザークに負けず劣らずキラに対し敵意を抱いているであろうディアッカや、普段温厚なだけに
仲間を殺した仇敵に対しどう出るか想像がつかないニコルに、イザークのブレーキ役が望めるとは…今となってはとても思えない。
ブレーキをかける気が彼らにあれば、そもそも地球降下自体を止めている筈なのだから。
とはいうものの。
そこまでして駆け付けた彼らが、このまま退散してくれるとも思えない。
「………部屋を用意させるから、手続が終わり次第彼を連れてくる。それでいいだろう」
これがアスランの精一杯の妥協。
そして、できればラクスがキラを掴まえ続けてくれる事を祈って。
「…よし」
ここまで来て焦ることもないと踏んだのか、イザークはあっさりその提案を飲んだ。
ディアッカはやれやれとばかりに肩を竦めて見せ、ニコルは静かに頷く。
「ついて来い」
適当な空き部屋を工面するため、廊下を引き返す。
三人は大人しく、彼の後を追って歩き出した。
なんだかんだ言って、コーディネイターは歌姫に甘い。
それは軍たるザフトの組織の中であっても同じで。
癒しをもたらしてくれる彼女ににっこり微笑まれれば、冷静に考えれば我侭と思われることでも「おねがいごと」として叶えてやろう
という気に自然となってしまう。
無論、それも相手とその内容にもよるとはいえ、よっぽどとんでもない内容でない限り、通用しない相手の方が圧倒的に少ない。そもそも
、そこまで突飛な要求をラクス自体がしないというのもあって。
いわば彼女は天然の勝ち組とでも言うべきだろうか。
今回も彼女の笑顔が軍内の小さな約束事をうやむやにしてくれないかと、アスランは心底願っていた。
勿論これがただの時間稼ぎにしかならないことは分かっている。
だけど。
どうしても今は、イザーク達とキラを引き合わせたくなかった。
彼自身に自覚はなかったけれど、キラと気まずい雰囲気のまま狼の中に放り出したくないと、そう思っていたことは否めない筈。
そう、本当はどこかで分かっていた。
キラに辛く当たってしまったのは、さっき見た妙な光景が原因で。
アンディ・バルトフェルドとその右腕であるアイシャ・サバーハ、そしてキラ。この三人の間に流れていた、親密そうな空気。
それに嫉妬しているのだと、本当は分かっていた。
認めたくなかっただけで。
嫉妬を認めてしまったら、キラと自分との間にある溝を…認める事になってしまうようで。