BRING ME TO LIFE
第五章・解けない螺旋
(1)
「――――無理だな。他ならぬラクスが、彼を捕まえっぱなしにしているらしい」
端末を使って連絡を取っていたアスランが、特に残念そうなそぶりもみせず、事務的にそう告げた。
「…ほう? 軍規よりも婚約者の我侭のほうが優先されるとでも思っているのか?」
応接室に通され、ただ流れる時間と不味いインスタントコーヒーにかなり機嫌を損なわされているイザーク。もう口の端に笑みの形を
とらせる余裕もない。
「お姫さんに直接言って来ればいいだろ。何だってお前、わざわざ端末使ってんだよ」
「…イザークの暴走を懸念しているんですよ、アスランは」
珍しくはっきりと釘をさすニコルに、ディアッカはやれやれと肩を竦めた。
「信用されてねぇなァ、イザーク」
「フン。そんな配慮の要る相手か、ストライクのパイロットは」
吐き捨てるように言ったイザークに、強い視線を向けるアスラン。
「とにかく、彼は我が軍の捕虜として、人道的に扱われるべきだ」
「アスラン、ひょっとして、以前ラクスさんを助けて貰ったっていう遠慮があるんじゃないですか? だからそんなに、気を使って…」
「馬鹿馬鹿しい!」
たまりかねたイザークが立ち上がり、アスランから端末をひったくった。
「っ、イザーク!!」
「貴様じゃ話にならん! いつまで待たせる気だ!」
勢いのままに、それを床に叩きつける。
「イザーク!」
「あ〜あ、爆発しちまったよ」
よっこいせっ、と立ち上がったディアッカは、部屋を出ていこうとしているイザークの後を追う気まんまん。
「ちょっと待てイザーク! ここで待機している約束だろう!」
イザークの腕を掴んだアスランだが、彼は勢いよくその腕を振り解き、アスランを睨みつけた。
「約束だと言うんならお前も約束を守れ! ここにストライクのパイロットを連れて来い、今すぐ!! オレはここでただぼーっとする
ために降りて来たんじゃない!!」
「イザーク、落ちついて下さい! 僕が、ラクスさんに直接頼みに行ってきますから」
「無理無理。お前って女の子の押しには弱そうだもんなァ。あの歌姫様、天然ぽいけど実は結構したたかなんだぜ?」
「ディアッカ! 僕だって軍人なんです、そこはきちんと話しますよ! …っていうか…、そもそもイザークが暴走するのが心配なら、
むしろラクスさんに立ち合ってもらった方がいいんじゃないですか?」
えっ、と全員がニコルに注目する。
「いくらイザークでも、女性の前でいきなり殴りかかったりはしないでしょう?」
にっこり笑いながらそう言葉をかけるニコルに、さすがのイザークも多少毒気をそがれてしまい、肩を落とす。
アスランも言葉を失って、立ち尽くしてしまう。
…会わせたくない。
でも、いつまでもそうして隠しとおせないのは確かで。
実際キラの引き渡しの際、アイシャは判明している『キラ・ヤマト』のIDをクルーゼに送信したと言った。つまり彼らは調べようと
思えばすぐキラの身元を知る事ができるのだ。
ただの時間稼ぎにしか、ならない。
それなら、最良の状態で引き合わせられるチャンスを無駄にしない方がいいのかもしれない…。
アンディ達に別れを告げたのが、午前。
それから基地に到着して、ラクスにお風呂に放りこまれて、…倒れてしまって。
彼女にまで女性だとバレてしまった。勿論、秘密を守って治療までしてくれた事にはとても感謝している。
そして…気が付いたら、もうすぐ夕暮れの時刻。
「丁度良い時間に目が醒められて良かったですわ。熱も下がりましたし、これで一緒に夕暮れを見に出られますわね。わたくし、地平に
沈む太陽というものを一度見てみたいと、常々思っておりましたのよ」
「ラクスは地球、初めて?」
「ええ! キラ様は?」
「僕も初めてだよ。あ、でも多分ラクスより早くこっちに降りたから…って、あれ?」
喋りながら巻いているせいなのか、初めて扱う長い布が手に余るのか、先ほどからさらしは絡まったり捻れたり。
「…やはりわたくしが巻きましょうか?」
「だっ、だめだよ! ラクスがやったらすごくゆるいんだもん、…胸…隠れないよ」
「気にしすぎですわよ、キラ様。そうだ、とっても厚着をして、着膨れしているという事にしてはどうでしょう?」
「…ちょっと無理あるような気が…。それに僕、服これしか持ってないよ」
アンディの屋敷から着て来た囚人服に視線を落とすキラ。
「それならわたくしの服を……お貸しするわけには、いかないんでしたわね…」
ラクスは当然、女物のドレスしか持っていない。アスランに服を借りるというのも考えたが、何故、と問われたときに答えられない。
まさか男装のためだとは…言えないわけだし。
「困りましたわね…。ザフトの制服なら予備もあるでしょうけど、紛らわしいと怒られてしまいますわよね」
「いや、あの、別に服はこのままでいいんだけど」
「まあ、囚人服なんていけませんわ!」
「でも、僕は捕虜なんだよ。それにここは基地なんだし、やっぱり、捕虜が普通にうろうろしてるなんて、よくないよ」
「…」
「外を出歩くんなら、本当は手錠をしないと…」
「…キラ様……」
何かを含んだようなラクスの声に、キラは苦笑した。
「卑屈になって言ってるんじゃないよ。だって、…ラクスは僕の事知ってるから平気でも、周りにいるザフトの人達は、気が気じゃないと
思うよ。地球軍の人間を手錠もなしに、もしラクスを人質に取って脱走を謀ったら…って」
「………」
「…あ、また絡まっちゃった…」
はぁ、と溜息をつくキラに、思わずラクスは苦笑してしまった。
「もう観念して、わたくしにお任せになって」
「〜〜〜…。…お願いします」
クスクス笑いながら、手馴れた様子で軽く胸を締めながら巻き付けてゆく。
「やっぱりちょっとゆるいよ」
「我侭おっしゃらないで下さい。早くしないと、陽が沈んでしまいますわ」
「はーい」
この状況で。
捕虜という立場で、それでも敵兵の心情にまで気を配るなんて。
…一歩間違えれば傲慢に受け取られるようなことを、自然に気遣う彼女。
本当に、この方とお友達になれてよかった。…女の子だという事をアスランに秘密だというのは、残念ですけれど。
結局これしか服がないという事で、渋々囚人服を了承するラクス。
「ピンクちゃん、ちょっとだけお留守番していてね」
「マッカシトイテヤー」
ぴょこぴょこと耳を動かし、ハロが返事をした。
「さあ、参りましょう」
「うん」
腕を組んで部屋を出る。
…片方が囚人服でさえなければ、まるっきりカップルにしか見えない。
「ねえラクス、夕焼け、どこから見るの?」
「勿論、中庭ですわ」
「………僕…外に出ていいのかな…」
「わたくしがついておりますもの、いいに決まってますわ」
何を言うのとばかりに首を傾げる言うラクスだが、キラはちょっと困り顔。
「…ラクスと一緒だから、危ながられると思うんだけど…」
「大丈夫ですわよ。中庭にも見張りの兵の方はいらっしゃるのですもの」
「…そういう問題でもないような気がするけど…」
「どうしても駄目だと言われたら、その時に考えましょう」
にっこり。
…なんか…やっぱり、この笑顔には勝てないよなぁ。
ふふっと笑ってしまう。
「あら、何ですの? キラ様楽しそう」
「ラクスと友達になれて良かったなぁと思って」
「まあ! 本当にそう思って下さいます? 嬉しいですわ!」
ぱあっと顔を輝かせるラクス。
「本当だよ。…僕が本当に男の子だったら、アスランからとっちゃうかもね」
こっそり耳打ちした言葉に、ラクスはきょとんと目を丸くして、そしてまた微笑んだ。
「…わたくしが男の子でも、アスランから取り上げてしまうかもしれませんわ」
「ラクスったら、それじゃ立場逆だよ」
楽しくて、おかしくて。
笑いながら中庭へと歩いて行く二人が、ザフト兵とまったく擦れ違わなかった筈がない。
でも、何故か誰も声をかけられなかった。
………あまりにも自然で奇異な、その微笑ましい光景に。
それでも流石に、いざ外へ出ようとした時には呼び止められたが。
しかしラクスは強かった。
「この方は、わたくしがAAにいた時にとても良くして頂いたお友達ですわ。その彼が、どうしてわたくしに危害を加えるなどとお考えに
なるの?」
「し、しかし…」
「万が一何かがあったとしても、見張りの方が駆け付けて、わたくしを守って下さるのでしょう? そのために、貴方がたは見張って
いらっしゃるのではなくて?」
「――――――…………」
歌姫ににっこり微笑みながらそう言われると、何とも言えなくて。
ある意味確かにその通り。って、ちょっと論点ズレてる気がするぞ。
「………………わ、わかりました…しかし見張りの人数は増やさせて頂きますよ、ラクス様」
「ええ、結構ですわ。お務めご苦労様です」
「…すみません」
極上の微笑みを残してゆく歌姫と、申し訳なさそうに会釈してゆく捕虜。
…………… ?
いちザフト兵に混乱をもたらしつつ、二人は中庭に降りた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
ラクス強し!!(笑)
そして痺れを切らしたイザーク。もうちょっとで衝突です。頑張ります。