++「BRING ME TO LIFE」第五章(2)++

BRING ME TO LIFE

第五章・解けない螺旋
(2)







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「あら、あらあらあら、随分風が強いですわね」
 髪とスカートを押さえるラクス。キラはすっと、自然に彼女と立ち位置を入れ換えた。
「これで、少しはマシだと思うから」
「まあ、ありがとうございます。でもキラ様、まだ熱が下がったばかりなのですから、あまりご無理をなさらないで」
「大丈夫だよ、無理はしてないから」

 訓練用の中庭なので、本当にただ広いだけの庭。それでも、地平を赤く染めてゆく夕日を愛でるには充分。
「フェンスがなければ、もっと素晴らしい眺めなのでしょうね」
 頷いて、キラも夕日へ視線を送る。

「…いつか…コーディネイターも普通に、観光で地球に降りられるようになったらいいのにね」
 フェンスの中からでしか夕焼けを見られないなんて、そんな時代は早く終わればいいのに。
「キラ様。いつか、ではありませんわ」
「…」
 強いラクスの声に、ハッとさせられて振り返る。
「…創りましょう。わたくしたちの手で、平和な時代を」

 言うだけならば簡単だと、そう切り捨てる事もできるかもしれない。
 でも彼女の瞳は、そんないい加減なものではなくて。
 その輝きは強い決意。

「ナチュラルもコーディネイターも、同じ人間ですもの。手を取り合える日は必ず、必ず来ますわ。どんなに時間がかかっても、いつかは …必ず」
「…ラクス…」
「沢山の悲劇を生み出してしまったからこそ、そこから学ぶ力も、人間はまだ持っているはずですわ。わたくしはそれを信じています。 …キラ様は?」
「…僕……は………」
 視線が翳り、地面に落ちる。
「…僕は…戦うしかなかった…ううん、最初は確かにそうだったけど、途中で選んだんだ。自分で選んだんだ。戦う道を………。……でも ……」
「……キラ様は、コーディネイターを憎んでいらっしゃるの?」
 言葉が出なくて、首を横に振る。
「では、ナチュラルの事は? 殺したいと、お思いですか?」
「っ…!!」
 強く横に振る。

 ぱたっ、と乾いた土に涙が落ちた。

 キラの顔を両手で包み込んで、ラクスは微笑む。
「それならば大丈夫。キラ様も、きっと今から択び直すことができますわ。ひとを殺める以外の道を」
「…でも、僕にはわからないよ…ラクス、本当にそんな道があるのかな」
 嗚咽で震えながら、小さく尋ねる。
「沢山の人が死んでいった。沢山の人が、憎しみと哀しみで心をいっぱいにしてる。…僕も…沢山の命を、この手で……! 僕だって 憎まれてる。間違いなく憎まれてる。…僕が憎んでいる人だっている…。誰もが誰かを憎んでる。怒りをどこにぶつけたらいいのか わからなくて、暴走してしまう人だっている。…ねえ、ラクス、そんな人達の心は、どこへ行けばいいのかな」

 アスランの仲間を、沢山この手にかけてきた。
 血のバレンタインで母を亡くしたと言った彼。きっと、彼も迷走している一人で。
 でも彼だってヘリオポリスを墜とした。
 あの時逃げ遅れた人がいなかったと、どうして言い切れるだろう。あの戦闘では、ザフトと地球軍の双方に犠牲者が出た筈。その犠牲者 の中に民間人が巻き込まれてはいなかったと、何故言い切れるだろう。現に、あの少女を乗せたシャトルはデュエルに撃ち落された。 そしてトール達は巻き込まれ、もう少しで命を落とすところだったではないか。
 そして、守れなかった命に嘆き、怒りをぶつけてきたフレイ。彼女も間違いなく迷走している。
 軍に残ったトール達もまた、迷走しているのかもしれない。いや、彼らの場合は流されているというべきか。
 そして、自分も。

 ――――――わからないから。
 きっと、どうしたらこの怒りと憎しみと哀しみの螺旋から抜け出せるのか、わからないから。
 だからみんな、必死にもがいて。武器を手に取って走っている。

「堂々巡りの憎しみから、どうやったら解放されるのか、みんなきっとそれを求めて戦ってる。それを止める方法なんて、あるのかな。 ううん、あったとしても、僕にはそんな資格なんてないんだ」
「……キラ…」
「僕…僕は、もう…っ」
 ぺちっ、と軽く頬を叩かれた。母親が子供に『めっ』をするように、叩いた手はほっぺたにくっつけられたまま。
「…キラ。そうやってあなただけが堂々巡りをしていても、きっとわかりませんわ。だって、キラが一人で戦争をしているわけでは ありませんもの」
「……………」
「だからみんなで考えなくては。ね?」
「…ラクス………」




「…泣かせてしまいましたわね。アスランに見られたら、わたくし怒られてしまいますわ」
「…そんな」
 涙をぬぐいながら、小さく笑う。
 そこへ、キラ達が来た建物とは別の棟から、兵士が一人走ってきた。
「ラクス様、クライン議長から緊急の通信が入っております」
「お父様から?」
「は」
「…困りましたわね…」
 緊急の通信というからには何か急ぎの用事なのだろう。そうでなくても地球は電波状態が不安定で、いつ途切れてしまうか分からない。
「…大丈夫だよ。行ってきて、ラクス」
「………。すぐに戻りますわ。なんでしたらアスランを呼びましょうか」
「仕事の邪魔しちゃ悪いよ。大丈夫だから」
「わかりましたわ。できるだけ早く戻りますから」
「うん」
 涙を拭いて、微笑む。
「お知らせ下さってありがとうございます。参りますわ」
 兵士はさっと敬礼すると、通信室のある棟へ早足に歩き出したラクスの後を追う。
 …と、ふと振り返って、キラの元へ。
「…ラクス様のご温情あってこその扱いだ。本来ならこのようなところに放置できるものではないぞ」
「わかってます。…彼女の信頼を裏切るような真似は、しませんよ」
「…その言葉、忘れるな」
 厳しい目でキラを射貫き、彼は今度こそラクスを追った。


 わかっている。本当は、アスランに来てもらうのが筋。
 だけど、まだ…怖かった。

 あの綺麗なエメラルドグリーンの瞳に、また射貫かれるのは。
 彼の口から、『裏切り者』と呼ばれる事だけは、…嫌だった。

 裏切った、のだろうか。
 僕は、彼を、『裏切った』のだろうか。
 彼の仲間をこの手にかけたから? 彼の呼びかけに答えてザフトへ投降しなかったから?
 ではどうしたらよかったのだろう。
 あの時カガリを追わなければよかったのか? それとも、あの戦場で何も見なかった事にして走り去ってしまえば? カガリを置いて 自分が先にシェルターに入っていたら? 満足にストライクを動かせないマリューを見捨てて、自分だけ投降したら良かったのか? アスランの 言う通り、ストライクに乗ってザフトへ行ってしまえば良かったのか?
 ……できない。
 どれもこれも、誰かを見捨てることになってしまう。
 綺麗事だと言われたっていい。目の前で人の命が失われる事に何も感じなくなるよりもよっぽどいい。

 結局、こうなる運命だったのだろうか。
 道を別たれる運命。
 それは…そんなのは、いやだ。
 運命なんていう重くて簡単な言葉で、アスランとの友情を否定してしまいたくない。
 彼と過ごした日々を切り捨てるなんてできない。

 ………こうやって結局、いつまでたっても答えは出ないんだ。



 気がつくと、また涙が頬を伝って、首にまで落ちている。

「…………やだな…僕、涙腺弱すぎ……」
 苦笑して、涙を拭こうと手を動かしたその瞬間。

「おい貴様!!!」


 知らない声にそう叫ばれ、ふと振りかえる。



 明らかに敵意を向けてくる、銀髪の少年。
 それを制しようとしているアスランと、緑色の髪をした少し幼げな少年と、一番後ろから三人を見ている金髪の少年と。

 彼らの時が止まるのが、見えた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
ラクスとキラに難しい話をされると、こっちの頭がパニクッてきます…難しいです。うう。
というわけで次回予告に逃げます(ダメ人間な海原…)。

次回は、『BRING ME TO LIFE』で書きたいシーントップ5に入る、ザラ隊とキラとの衝突です。
大好きな修羅場(笑)ですので気合入れたいと思います。
……いえ、決して修羅場以外は気合が入ってないというわけではないですよ!!^^;