BRING ME TO LIFE
第七章・誤解、そして歪む想い
(1)
元々キラをここへ留める間に用意された部屋へ運び込み、ベッドへ寝かせる。
その頃には鳥肌はおさまっていたが、今度は呼吸が苦しそうだ。
「…しっかりしろキラ。…キラ! キラっ!」
呼びかけて肩を揺すってみても、彼は苦しげに小さくうめくだけ。その瞼は固く閉ざされて、開く気配がない。
「キラ…」
そっと額に手を乗せると、少し熱い。
冷や汗はまだ引かないのに、発熱しているようだ。
「…………キラ…」
そんなに俺は、お前を追い詰めていたのか?
戻ってきて欲しい。ただそれだけだったのに。
何故俺よりナチュラルの友人を選ぶのか―――それを知りたかっただけなのに。
あんなにいっしょだったのに、どうして。
シュン、と扉が開き、鞄を抱えたニコルがアスランの隣に歩み寄る。
「アスラン、ダメです。どうも近くでザフト地上部隊と地球軍との小競り合いがあったらしくて、この基地付きの軍医はそちらに出ている
そうです」
「そんな!」
「その代わりに医務室から器具を拝借してきましたから、僕が診ますよ」
抱えた鞄から診察器具を取り出し、てきぱきと用意していく。
「ニコル、お前医師免許…」
「あれっ、言ってませんでした? 僕医師免許持ってますよ」
あっさり。
…こうなると見守るしかないアスランだが、どうしても気になって尋ねる。
「…ニコル…それなら軍じゃなくて、医者っていう道も…あったんじゃないのか?」
遠慮がちな問いかけに、動かす手は止めず、彼は小さく微笑した。
「…最初は、そのつもりだったんです。戦いで傷ついた仲間を救いたい。そしてピアノで心を癒したい。…戦争が終われば、ピアノに
専念するつもりでしたけど」
「……」
「だけど、ユニウスセブンの事があって…。…その時思ったんです。戦争で傷ついた同朋を救う手助けが出来る。それは大切な事です。
でも、傷ついた人を救っているだけでは、戦争は終わらないって。…それは、とても悲しいことですけど」
「……………」
「………苦しそうなのは熱のせいじゃないのかな…。服、切っちゃっていいでしょうか?」
「あ、ああ。俺がやるよ」
呆けて見ているだけというのもやりきれない。この部屋に刃物はないが、ニコルの持ってきた鞄のなかに鋏を見つけて、それを取り出す。
囚人服の襟元を、大きく広げるように切ってしまう。すると、胸を巻いている布が現れた。
「…何だ? これ…」
「多分これですね、息苦しそうにしているのは」
そうか、と頷いて切ってしまおうとするが、厚めの布はなかなか上手く切れない。
「アスラン、こっちを」
指に血圧計をセットしながら、レーザーカッターを渡す。
それを受け取る代わりに鋏を返し、今度こそばっさりと布を切ってしまう。
ぱらり、とほどけるさらし。
「…………………」
「…アスラン? どうかし…………――――――――」
「……………………………………………あの…………………」
「……………待ってくれ、ちょっと……」
顔が真っ赤になって、頬に熱が集まるのがわかる。
思わずカッターを取り落とし、その拍子にスイッチが切れてレーザーの刃は消えた。
左手で、口元を覆ってしまう。
布の中から現れた胸部は、明らかに女性のもの。
「……………アスラン………キラさんは…」
「ちっ、違う!! キラは、キラは男だ! 幼年学校の身体測定の時だって、プールの授業の時だって、俺と一緒に着替えたし、それに、
IDもちゃんと男だし」
「でも、どう見ても女性…ですね」
「そっ、……………」
そうだな、としか言いようがない。
苦しげに歪められた顔。汗で張り付く髪。熱い吐息と、上下する胸。
それを意識した途端に、何か見てはいけないものを見ているような気がして。
「………とにかく、診察…して、いいですか?」
「なっ、なんで俺に聞くんだ!?」
「あ、いえ、何でって言われると…」
ぎくしゃく。
えと、とにかく、と鞄の器具をごそごそと取り出すニコルと、信じられない思いでもう一度キラを見るアスラン。
襟ぐりを大きく切り取られた囚人服から覗く、ふくよかな曲線。汗ばんだ白い肌。
また顔に火が付く感覚。そして――――――。
次の瞬間、一気にその全てがざぁっと引いてしまう。
左側の、鎖骨の少し下。
不自然に少し赤くなっている。
砂漠にいたのだから虫に刺されたのかもしれない。しかしそれなら多少なりとも腫れている筈。
じゃあ、これは。
………キスマーク、と呼ばれる刻印。
大切に隠されてきた白い肌に、アンディの大人のテクニックを落とされては、一週間やそこらで完璧に消えるはずもなく。
まさか彼もこんなところであだになるとは思わなかっただろう。
知らない。こんなキラは知らない。
女の体をして、キスマークが残っているようなキラは、知らない。
ずっと、隠してきたのか。
そして自分には打ち明けなかった事を、他の男には明かしたのか。
AAに友達がいると言った。あれは―――『恋人』?
頭の芯が冷えて。
でも頭のどこかが逆に激しく、暗く熱いマグマのように溶ける。
そこへ突然、警報が鳴り響いた。
「っ、何!?」
はっと顔を上げるアスラン。
「―――――っ!!」
そして、びくんとキラの体が震え、目が開いた。
「敵!? 敵、敵っ!!」
「うわっ!?」
診察を続けていたニコルを弾き飛ばすように飛び起き、しゃにむに起き上がろうとする。
「キラ!?」
「キラさん、落ちついて下さい!」
「敵が来た、敵が! 行かなくちゃ、戦わなくちゃ、くそっ、なんで来るんだよ!」
ベッドへ押し戻す二人。しかしキラはもがき、暴れる。
「守らなくちゃ、守らなくちゃ、僕が戦わないと、僕が行かなくちゃ、僕が守らないと、みんなを守るんだ、今度こそ、今度こそちゃんと
守るんだ」
「キラ! 暴れるな! キラ!」
見開かれた目の焦点は微妙に合っていない。
キラのその様子に不穏なものを感じ、ニコルは思わず制止する手が緩む。
「戦わなくちゃ、行かなくちゃ、守らなくちゃ、今度こそ!! 守らないと、僕が守らないと!!」
壊れた機械のように繰り返す。
「…僕、とにかく状況を確認してきます。アスラン、彼女をお願いします」
「ああ、頼む」
さっと身を翻すニコル。
「待って!! 駄目だ、僕が行くから!! 僕が戦うから!!」
ぐっと腕を伸ばし立ち上がろうとするキラ。アスランはそれこそ、全身でキラを止めた。
「キラ落ちつけ! 俺を見るんだ!」
伸ばされた腕を掴み、肩を掴んで顔を自分に向かせる。
「ここはAAじゃない! もうお前が出撃する必要はない!!」
「僕が行かなきゃ誰がみんなを守るんだ!! 僕にしかストライクは動かせない、僕にしかできないんだ!! 僕が、僕が、僕が」
「っ」
気付くと、キラの唇を塞いでいた。
自分の、唇で。
キラに体重がかかる。
ドサリとベッドに二人の体が倒れこみ、その拍子に唇が離れてごちっと額がぶつかった。
「…………………」
虚ろだった瞳に、ゆっくりと焦点が戻る。
「……ア……ス、ラン? え? 僕…」
一体、と続けようとして、ギクリと息が止まる。
何故か自分はアスランに押し倒されていて。
自分を見つめるアスランの眼が、いつもの彼の瞳じゃない。
優しく見守ってくれていた輝きが、全くみえなくて。
背筋が、ぞくっとした。
「……………ア……アス…………」
「…そうやってあいつらは君を追い詰めたのか…そんな奴に、こんなことまで許して…」
そっとアスランの指がキスマークのあたりをなぞる。
「!!」
そこでやっとキラは、さらしが切られている事に気付く。
……………知られた。嘘を、ついていたことを。
彼を欺き続けていたことを。
さっと青ざめたキラに、アスランは頭のうしろのほうで何かが弾け飛ぶのを感じた。
そんなに自分よりもナチュラル達の方が大切なのか。
自分よりも後から出会った友達の方が大切なのか。
キラが、あんなに追い詰められてまで傍に居たいと願う相手は、自分じゃない。
自分には明かせない秘密を明かす程、キスマークを付けられるほどの接触を許す程、心奪われている男がいるのか。ずっとずっと、
俺のことは騙してきたのに?
…俺の知らない、女のキラを知る男がいる。しかも、ナチュラルの中に。
キスマークだけで終わるとは思えない。その先の行為が無かったとは、とても。
俺にはキラが特別で、キラにも俺は特別で。
―――――――――――そう思っていたのは、俺のほうだけ。
「………そんなこと……許さない…っ」
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RETURN/RETURN TO SEED TOP
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
修羅場は続く。
というワケで予告です。
次回黒ザラ様降臨につき裏ページ発生。
…といってあんまりえろえろを期待されても微妙なんですが^^;
ちょっと堂々と載せるには…抵抗が…あるので。はい。
一度スキップバージョンも用意したんですが、どうしようもなく中途半端になってしまったので却下しました。