BRING ME TO LIFE
第八章・絶望の余韻
(2)
破れた服を処分し、傷の手当てをして、涙を拭い、…情事の跡を処理して。
そっと、毛布をかける。
静かに寝息をたてる最愛の少女の髪を撫で、切なく目を伏せた。
―――――これで本当に壊れてしまった。
この手で、壊した。
キラとの絆を。
ピピッ、とシグナル音がしたと思ったら、扉が開く。
「アスラン、……」
…固まるなと言われても無理だろう。
硬直したニコルから目を逸らす。
眠っているキラ。そのベッドに腰掛けている、上半身裸のアスラン。
この光景から他に何を連想しろというのだ。
「…今、出る。少し待ってくれ」
「あ、………は、はい」
慌てて外に出るニコル。アスランは衣服を整え、ニコルの持ってきた鞄を持つ。
キラを振り返り、その寝顔を見つめて。
…部屋を出て、ロックを施した。
軍医の戻ってきた医務室に道具を返却し、一旦アスランの部屋へ。
「…地球軍が攻めて来たようですけど、大事なかったようです」
「そうか」
この際自分達が眼にした件は、よそへ放り投げて。
「それよりアスラン、キラさんに何をしたんですか!?」
あまりにもストレートな責めに、つい苦笑してしまう。
「笑い事じゃないですよ!」
「…ああ。わかってる」
「わかってるって、………それで、結局…」
「……大体想像がつくだろう」
ぐっ、と言葉に詰まり、僅かに頬を染めるニコル。
アスランは相変わらず、どこか思い詰めたような暗い顔のまま。
「……………その、…合意はあったんですか」
「…………」
無言で顔を背ける。
その様子で、答えは察しがつく。
「…アスラン…!! 一体どうしたっていうんです、あなたらしくもない…!」
「……………」
沈んだまま押し黙るアスラン。
彼の様子に、後悔に近い傷みを…感じているのだと知る。
だからといって、その行為が許されるとは思わないけれど、でも、傷つけた彼も傷ついている。
小さく溜息をついて、ニコルは改めてアスランを見た。
「それで…アスラン、キラさんはこの後、どうなるんですか?」
「…この後?」
「ヴェサリウスを経由して、プラントへ送致されるんですよね。…委員会で、審議が行われるんですか?」
「………そういう事になるだろう………」
そして、下手をすれば処刑。
………………………………絶対に。
そんなことはさせないけれど。
「…僕はその前に、彼女を専門医に診せるべきだと思います」
「専門医?」
思いもしなかった言葉に顔を上げると、ニコルは真剣に頷いた。
「…カウンセリングの必要が、あるんじゃないかと…。…アスランも見たでしょう、警報が鳴った時の彼女の様子を。彼女の心には、深い
傷があると思うんです。そんな状態で審議にかけるなんて、酷ですよ。せめて、ちゃんと治療を受けてからでないと…きっと、彼女は
耐えられないと思います」
「………」
そんな状態のキラを、―――陵辱、した。
………最低だな、俺は。
傷。心の傷………………。
ナチュラルを守る為に、体だけではなく心までも盾としたというのか。
『恋人』を、守る為に。
「……今回の受け渡しの責任者は、あなたとラクスさんです。この事、委員会の方に…」
「ああ。報告しておく。……けど…」
ふと言葉をつなぐアスランに、え、と首を傾げる。
「…何ですか?」
「いや、…夕方、キラを許せないと言って、ひっぱたいただろ? …医師としての判断か?」
静かに尋ねると、ニコルは穏やかに微笑んで答えた。
「……そうかもしれません。彼女は許せないですよ、やっぱり。でも、…言葉が悪いかもしれませんけど、哀れだとも…思います。
…どういう事情でキラさんが地球軍に入ったのか、そういう意味ではとても知りたいですよ。僕だって」
瞳を伏せる。
…今はもう、知りたいとも思わない。
キラが、ナチュラルの男と出会って、惹かれてゆく過程なんて。
そうしてその男を守る為に自分と敵対する事になったと、そんな話は聞きたくない。
………どうして、俺には教えてくれなかったんだろう。
嘘の上にしか成り立たない友情だったのだろうか。
隠さなければならない秘密。それなら俺も共有したかった。一緒に守りたかった。
…キラの大切な秘密を、俺は他人にバラすとでも思われていたのだろうか。
それとも、こうなることまで見越して、…俺がキラに惹かれるという事まで見越して、それを煩わしいと…避けていたのだろうか。
それとも。
…そんなことまで考える必要もない、その他大勢と同じだったとでも?
あんなに、あんなに一緒だったのに。
俺にはキラが特別で、キラにも俺が特別で。
それは気のせいじゃないと、思っていたのに。
ピピッ、とルームコールが鳴る。
「…どうぞ」
短く答えると、開いた扉から現れたのはディアッカ。
「アスラン、…ニコル、まだいたのか?」
「ええ。そろそろ戻ろうと思っていたところです。…アスラン、それじゃ、よろしくお願いします」
言いながら立ち上がり、ディアッカと入れ替わるように部屋を出るニコル。
「ああ。お休み」
「はい。…それじゃ」
「お疲れさん」
ディアッカはニコルを見送って、扉が閉まる前にアスランを振り返った。
「歌姫様から伝言だ。クライン議長の指示で、先にプラントに戻るんだそうだ。ヴェサリウスを経由しないで、直でな」
「え…」
意外な用件に、顔を上げる。
ぱさりと目にかかった前髪をかきあげて、立ち上がる。
「それで、出発の予定は」
「…」
何か引っ掛かったように一瞬言葉を飲みこむディアッカだが。
「天候が良ければ明日の午後にでも、って言ってたぜ」
それをアスランに指摘されない内に言葉を繋ぐ。
「…明日の、午後…」
早い。本当に至急戻れ、という様子だ。
…プラントで何かあったのだろうか。それとも評議会で何か。
「とにかく伝えたぜ。もうそこそこ遅いんだから、お前も寝ろよ」
「あ…ディアッカ」
さっさと退散しようとするが、足を止める。
「ラクスに、明日の朝一番で話がしたいと…伝えてくれないか」
「…OK。お疲れさん」
顔だけ振り返って、今度こそアスランの部屋を出る。
歌姫の元へ短い逢瀬。そのついでに頼まれた伝言を伝えて自室に戻り、軍服を脱ぐディアッカ。
「…こりゃ、オレがわざわざ足止めするまでもないな」
意味不明な独り言を零して、そのまま固いベッドに横たわった。
冷たい。
苦しい。
痛い。
……………どうして。
『どうせ初めてじゃないんだろ』
響く声。
『どうせ初めてじゃないんだろ』
心を切り裂く、冷たい声。
『どうせ初めてじゃないんだろ』
お願い、やめて。もうやめて。
『どうせ初めてじゃないんだろ』
…どうして? …酷いよ。
――――――アスラン。
重たい意識が、ゆっくりと浮き上がる。
瞼が、ゆっくりと開く。
………見たことない天井。
ラクスの部屋じゃ、ない。
体を起こそうとして、あちこちに鈍い傷みが走る。
「―――――…………」
悪夢だと思いたかった。
目が醒めたら、トリィがいて、フレイがいる。そう思い込みたかった。
いつか、アスランにだけは打ち明けるんだ。
そして、ずっと隠してきたこの想いを伝えよう。
びっくりするかな? それとも、怒るかな。
ごめんなさい、って、素直に謝ろう。
大好きだよって、笑顔で言おう。
アスランのこと、ずっとずっと好きだったんだよって。
冷たく切り捨てられた幼い希望。
乱暴に打ち砕かれた甘い夢。
アスランにとって、僕は、もう――――ただの『裏切り者』でしかないんだね。
コーディネイターを裏切った裏切り者。
親友の君をずっと欺き続けていた裏切り者。
泣いても何も変わらないのはわかってる。
それでも、溢れてくる。……もう枯れる程泣いたと思うのに、まだ。
泣いてもどうにもならないと叱るなら、ねえ。
止める方法を、教えて。
それでもやっと落ち付きを取り戻し、…手当てされた手首を見て、また切なくなった。
こんなところだけ、どうして昔と変わらず優しいんだろう。
外部との連絡を絶つためか、採光の窓すらない。その代わり足元に常に淡い明かりが灯っていて、目が慣れると周囲の様子は容易に知る
ことができる。
電気のパネルを操作して、部屋に明かりを入れる。眩しさに一瞬目を細めた。
パネル部に表示されている現在時刻は、午前六時過ぎ。
扉は外からロックされていて、内側から解除することは出来ない。有事には脱出できるよう緊急用解除スイッチはあるが、おそらく警報
が鳴るだろう。
随分人道的な基地で、シャワーユニットとトイレも完備。シャワーは天井から直接水が散布されるようになっている。…コードで自殺
される事を怖れての設備だろうか。一応バスローブも備えられてあるが、普通のバスローブと違って、前はボタンで留めるようになって
いる。
キラはシャワーユニットに入り、パネルを操作して、熱い雨を浴び始めた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
やさぐれ気味なアスラン。
落ちこみまくりのキラ。
…という感じで。
どっちも相手を想っているのにね。
両想いなのに届かなくて、通じなくて擦れ違う。海原によく効くツボの一つです。