BRING ME TO LIFE
第八章・絶望の余韻
(3)
ラクスは相変わらず微笑みを絶やさないが、内心ちょっとご機嫌斜めだった。
折角キラと二人で夕焼けを見ていたのに、父から緊急の通信。…それはいい。父も仕事だ。そして、自分にも責務がある。
捕虜受け渡しの任務はアスランに任せ、戻ってユニウスセブン追悼慰霊祭の準備に戻れとの指示により、自分は今日の午後にでも
プラントに戻る事になった。
キラの処遇がどうなるかは気になるが、アスランなら大丈夫だと信じる。
しかし。
…やっぱり、ちょっとつまんない。
女同士だと判明して、これからいろいろと友情を深める計画に燃えていたというのに。
とりあえず二人でランチは諦めて、二人でモーニングに変更。…と思っていたら、今度はアスランが話があるとの事。
ちょっとくらいふくれたくなっても、仕方ないと思う。…まあ、実際にはそんな駄々っ子のような真似はしないけれど。
朝からきっちり軍服を来たアスランが、ラクスの部屋を尋ねてきた。
「おはようございます」
「おはようございます。すみません、こんな時間から」
「いいえ。どうやら天候は良いようですし、おそらくこの時間を逃せば、ゆっくりお話しすることはできませんもの。さ、どうぞ」
「失礼します」
ちょっとくらいの不機嫌を吹き飛ばしてくれるほど、この婚約者は礼儀正しく、律儀で、紳士だ。
でも。
やはりラクスには、良いお友達で止まってしまう。
心臓が跳ね上がるようなときめきは、感じない。
「…早速ですが…、例の件、準備を始めたいと思いまして」
「例の件、と仰られますと?」
まっすぐにラクスの目をみて、彼は言った。
「…正式に、あなたとの婚約を解消したいと」
まあ、とラクスの瞳が見開かれた。
「ではアスランにも、心から愛する人ができましたのね!」
「………ええ」
喜ぶラクスと裏腹に、当の本人は恋の熱が全く感じられない程に暗い。
「お相手の方は、キラですか?」
「っっ………」
出された紅茶を飲もうとして、あやうく吹いてしまうところだった。
「?」
爆弾発言の本人はきょとんとしている。
「あ、あのっ、どこからどうやったらそんな発想が……」
「アスランが関心を持っている他人といえば、キラしか思いつきませんもの。それに随分沈んでいるご様子ですから、ご自分の嗜好の
特異性に気付いて落ち込んでいらっしゃるのかと思いまして」
まさか、キラが女と判ったからですね、とは言えない。…キラの秘密がアスランに知られたのかどうか、まだわからないのだから。
そして彼女もキラの秘密を知っているとは思いもよらないアスランは、額をおさえてしまう。
「………ラクス………」
この、最強天然娘が。
ディアッカがいれば、こんな突っ込みがきたのではなかろうか。
「…あなたが約束を守って下さったように、わたくしにも約束を守らせて下さいな。…それとも、キラではないのですか? わたくしの
存じ上げない方とか…?」
「………」
ラクスの想い人とは、ぶっちゃけた話、ディアッカである。
それを打ち明けられたアスランはすぐにでも婚約を解消しようとしたが、ラクスがそれに待ったをかけた。
自分達はコーディネイターの希望。それに大人達は本人に隠しているつもりらしいが、自分達が対になる遺伝子を持っている事くらい、
知っている。そして。
…親達はこれもひた隠しに隠しているつもりのようだが、対になる遺伝子を持ちながらその実、アスランにもラクスにも、互いの子孫を
残す能力がないという事も。
生殖器系に異常があるわけではない。ラクスは月に一度きちんと生理がくるし、アスランの方にも何も問題はない。
だが、正方形のピースで出来たパズルを持ち上げるとぱらぱらと崩れ、零れてしまうかのように、受精されないのだ。
それは皮肉にも、新時代を夢見て結果を逸った科学者達の実験によって証明された。
ラクスの卵と、アスランの精子を採取し、体外で受精させ、培養して、擬似的に次世代コーディネイターの姿を見ようという実験。だが、
どんなに受精させようとしてみても、何故か受けつけなかった。様々な技術をもってして何とか受精に成功させた事はあったが、その
受精卵は次の瞬間、たちまち壊死してしまった。
整えられすぎた、用意しすぎたその副作用とでもいうかのよう。机上では対となる希望の遺伝子を確かに持っている筈なのに。
何度も何度も実験は繰り返されたが、結局成功することはなかった。
一部では別の男性の精子を受精させ、それを彼らの子として発表すればいいという話もあったという。
確かに『かりそめの希望』としては、それもいいだろう。だがそれでは意味がないのだ。
対の遺伝子を持った者達同士の子でなければ、『真実の希望』にはならない。
だが、例えばそれが無かったとしても、だ。…自分達だけが対の遺伝子を持ったとて、それがどうして次世代を繋ぐ光となるだろう?
ラクスだけがぽこぽこ子供を産んでも人口を示すグラフが劇的に変わるわけではない。
それでも自分達に次世代の希望を託そうとする程、切羽詰っているのだ。コーディネイターという種は。
そのための、希望。…丁寧にメッキをかけられた。
そのメッキを剥がし、真実を明かす時。大人はこぞって自分達を責めるだろう。そして、希望の光を失い闇へと叩き落されたことを嘆く
だろう。
だからこそ、私達は幸せにならなくては。
希望とか対とか、そういうものに産まれる前から振り回されてきた私達だからこそ、ほんとうに自分を愛してくれる人を、ほんとうに
自分が心から愛する人を見つけなくては。
政治的な色合いも強い自分達の婚約を解消するのは簡単ではないし、それに。
…周囲の人々から責められても、どんなに罵られても、それに耐えてゆける支えと力が見つかるまでは、待った方がよいのではないですか。
それが、婚約解消を拒んだ時のラクスの言葉だった。
その言葉を受けて、アスランはラクスに必ず想いを遂げさせるからと約束し、ディアッカとラクスの仲をそれとなく取り持った。
元々評議会議員を親に持つディアッカは、ラクスとの接点が多いほうだ。
歌姫は所詮ザラ家の籠の鳥。そんな風に割り切っていたディアッカの心を揺さぶったのは、最終的にはラクス本人だった。が、アスラン
の力添えがなければどうなっていたかわからないと、今もラクスは思っている。
だから、晴れて両想いとなった時、ラクスはアスランに約束した。あなたに大切なひとができたその時には、わたくしも力の限りご協力
しますわ、と。
アスランが自分を大切にしてくれたことは分かっている。
でもそれは、愛する人を大切にしているのとは、何か違って。
大事なものを大事にするだけのようで。
中々他人に執着はおろか興味も持たないアスラン。そんな彼の心の氷を溶かしてくれる存在が現れてほしいと、ラクスはずっと願っていた。
「……………俺は…………いいんです」
しかしそんなラクスの想いをよそに、消沈しきった声でアスランは言った。
どこか自嘲するように小さな笑みを浮かべながら。
「…絶対に、想いの通じない相手ですから…」
「………どうして最初に、そうやって決めてしまいますの?」
「…」
「わたくしたちの年齢で、試しもせずに可能性を潰してしまうのは罪だと思いますわ」
「………」
まさか、無理矢理関係を強いたなどと言うわけにもいかず、アスランの表情はだんだん困った顔になってくる。
どうやって、このラクスの追及から逃れようかと。
……………手強い。
ピピッ、とコールを鳴らすと、はい、と戸惑ったような声が電子音になって届けられた。
ロックを解いて扉を開く。
「おい、ストライクのパイロット。しょ…………」
食事を持ってきてやった、と言い切る事が出来ず、イザークは絶句してしまう。
「…あ、君…昨日の………」
複雑な表情でこちらを振り返っているのは、まぎれもなく昨日自分が鳩尾に一撃入れて昏倒させた少年。…と同じ顔の少女。
「………なっ、何でお前そんな格好でうろついてる!?」
「え? な、何でって言われても…」
濡れ髪にバスローブという自分の姿に、はぁ、と溜息をつくキラ。…アスランが噛み付いた傷や唇を添わせた痕は、髪の雫を受けるために
首にひっかけているタオルで隠され、見えない。
だが、さすがにこれで「僕男です」と言ったら今度こそ殴り飛ばされるだろう。
「……着て来た服は、…その、うっかり洗濯ボックスに入れちゃったし」
まさかアスランに破られたとは言えない。
「これしか着るものがなくて」
「…っ、…っ、……………まったく!! お前! 女なら女と最初に言え!!」
「え、えっ?」
ずかずかと部屋の奥へ進み、ベッドサイドのテーブルに持っていたトレイを乱暴に置くイザーク。
「女だとわかっていたら、腹を殴ったりしなかったぞ! ………何をボーッと突っ立ってる! 見たら分かるだろうっ、食事だ! さっさと
座れ!」
「え…あ、あの………」
怒りっぱなしのイザークに戸惑うが、しかし、彼が昨日の事を彼なりに謝ったのだと気付いて、あまりの不器用さにクスッと笑ってしまう。
…濡れた髪が揺れて、雫が落ちる。
イザークは瞬間、カッと顔に熱が集まるのを感じた。
「何がおかしいっ!?」
顔が赤いのを誤魔化そうとばかりに、盛大に怒鳴ってしまうイザーク。
「あっ、ご、ごめんなさい。えと…おかしいとかじゃなくて。…ありがとう」
素直な一言。
「っ………」
てくてくとベッドに歩み寄る。
「食事、わざわざ持ってきてくれたんだよね。ごめん、笑ったりして」
「………」
ちょこんと座って、ベッドサイドに立つイザークを見上げた。
「……ずっと立ってたらしんどいよ。えと…椅子、ないんだよね…。こっちに座ったら?」
邪気のない顔で、自分のとなりをぽんと叩く。
優しい表情。
ニコルに似た、争いや戦いとは縁遠そうな笑顔。
「…まったく…お前には毒気を抜かれる」
投げるように言いながらベッドに腰掛けるイザーク。キラとは、少し距離を置いて。
「…まあいい。一度お前とは、ゆっくり話してみたいと思っていた」
「…」
きょとんと首を傾げるキラに、フン、と腕を組む。
「戦場で会ったら、間違い無く撃墜してやったがな」
はっ、とキラの顔が緊張する。
「…撃墜…って、それじゃ、君…やっぱり」
「ほう? さすがに馬鹿じゃないらしい。オレはイザーク・ジュール。デュエルのパイロットだ」
「!!」
驚きで、大きな瞳が更に見開かれる。
「…デュエル……! それじゃ、あの時の……!」
飛来するのは、あの時の少女。
折り紙の花をくれた、まだ何も知らない、何の罪も負わない少女。
………守れなかった。
デュエルに撃ち抜かれたシャトルに乗っていた少女。
…少女の乗っていたシャトルを撃ち抜いた、デュエル。
「そうだ…この傷は、あの時お前から受けた傷だ!」
「っ…」
激しい視線が、ぶつかる。
「………お前は、一体何者なんだ」
牙を隠した穏やかな声に、キラはキッと視線を改める。
「僕は、キラ・ヤマト。…………地球軍の、少尉……だよ」
しかし、その改めた視線も後半は威力を失ってさ迷う。
「…最初からお前がストライクを動かす予定だったのか? お前、一体いつから裏切っていた!」
「僕は…! 昨日も言ったけど、裏切ったんじゃない! そもそも僕は、オーブの学生だったんだ! ストライクに乗ったのも、最初は
成り行きで……!!」
辛そうに語調を荒げるキラに、一瞬イザークの眉が寄った。
「………どうやら長い話になりそうだな」
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
キラの言う「あの時」と、イザークが言う「あの時」…見事に食い違ってます^^;
二人がどこに拘っているかの違いかなぁとふと思ったのですが。
この時点での(この話の)イザークは、シャトルを落としたことについて何とも思ってませんしね。
ところで意外な人達をカップルにしてみたんですが…他所様で見たことないんですけど、どうだろう…。
海原的には、ラクスって本編で『導き手』として女神様か天使様みたいな描かれ方をしているだけに、
そのラクスが『女』として好きになる『男』って、意外とディアッカみたいなタイプかなぁ…とか
思ったりしたんですが…
(でも本編の今後の展開としてはディアミリ希望だったりする節操なし^^;)
う〜ん、ちょっと微妙だったかな…?