++「BRING ME TO LIFE」第九章(1)++

BRING ME TO LIFE

第九章・埋まる溝、深まる亀裂
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「……………ちょっと待て」

 長くなりそうだと前置きをされた話は、しかしそう前置きをした本人によって、ものの五分もしないうちに中断された。

「………」
 何とも言えない表情で額をおさえているイザーク。何だろう、と彼の様子を見ているキラ。
「…お前…!! それじゃ本当に成り行きじゃないか!!」
「だから、言ってるじゃないか。成り行きで乗る事になったって」
「っっ……………」
 二の句がつげなくなり、言葉にならなかった息は中途半端な溜息に変わる。
「………お前…要領悪すぎるぞ………」
「あの状況で要領なんて関係ないよ。そもそも、………」
 突然口を噤んだキラに、ん、と視線をやるイザーク。
「…そもそも、何だ」
「……ううん」
「ううんじゃないだろう。何を言いかけた? はっきり言え」
「…ごめん。言おうとして忘れちゃった」
 こいつは…、とこめかみをおさえてしまう。そして、はぁ、と溜息。
「はっきり言ったらどうだ。オレ達が攻めて来たからだと」
「……………そんなの、言い出したってどうにもならないよ」
「……」
 一理ある。
 ここで『お前達さえ来なければ』と責めたところで、時間が逆流するわけでも、やり直しができるようになるわけでもない。
 …意外と芯は強いのかもしれないな、こいつ。
 そう思いながら、改めてキラを見る。
「で。そのままなし崩しにアークエンジェルに乗り込んだというわけか」
「…うん…」
「で。他に動かせる者がいないから、お前がストライクに乗り続けた?」
「…うん」
「………どこまで要領が悪いんだ、お前は」
 思いっきり呆れて言ってやると、…今度は、辛そうに瞳を伏せた。
「………色々………あったんだよ」
 高いトーンの声が、重く響く。

「…全く!」
 ぐしゃぐしゃと前髪を乱しながら、言葉を投げつける。
「あのストライクのパイロットが、お前みたいなやつだとは思わなかったぞ!」
 何とも言えない顔でそう言うイザークに、キラはついまた笑ってしまう。
「いちいち笑うな!!」
「ご、ごめん。だってイザークって可愛くて」
「はぁ!?」
 何を言ってんだこいつ。本当に脳味噌にカビがはえてるんじゃないだろうな。
「すぐ表情に出るっていうか、嘘つけないでしょ。くるくる表情が変わって、楽しい」
「っ…」
 ふざけるな、と怒鳴りつけてやろうとしたが。

 すっ、と。
 キラの表情が翳った。
「……………僕も、デュエルのパイロットが君みたいな人だなんて、思わなかったよ」
「……」
 何も言えなくなってしまう。…深い紫紺の瞳が揺れて。

「ねえ」
 沈んでいた顔が、上げられる。
 その瞳に真っ直ぐに囚われて。
 離せない。

「イザークは、どうしてナチュラルを憎むの? 何の関係もない人達も、その手にかける程……憎い?」

 思いきり眉間にしわが寄る。
「関係のない人を手に掛ける? この戦争はナチュラルとコーディネイターの戦いだぞ! 関係ないなんて奴はどこにもいない」
「そんな! それじゃ、産まれたばかりの赤ちゃんでも、まだナチュラルとコーディネイターの違いもわからないようなちっちゃい子も、 みんな戦争に参加しろっていうのか!?」
「…何が言いたい」
「…あの時……!!」
 キッ、と睨み付ける瞳は、激しい感情を滲ませていた。
「あの時、どうしてシャトルを撃ったんだ! ストライクじゃなくて、シャトルを!!」
「逃げ出そうとしたからだ!!」
 間髪入れずに言い返す。しかし、それはキラも同じ。
「逃げて当然だろ!? あの人達は軍人じゃないんだから!」
「ふざけるな! あのシャトルは軍艦から出てきたシャトルだろう! それに軍人が乗ってなくて何が乗る!!」
「あれには、ヘリオポリスの避難民の人達が乗ってたんだよ!!」
「!?」
 流石にイザークの体がぎくりと揺れた。
「…推進システムの故障したカプセルを、AAで収容したんだ。それに乗っていた人達が、あのシャトルで地球に降りるはずだった!!」
「な……っ」
 がしっ、とイザークの両袖を掴む。昨日と反対の構図。
 感情が高ぶって潤んだ瞳は、間近にイザークを捕えて離さない。
「どうして何も知らない子供まで殺したんだよ!! 何で関係のない人達まで殺したんだよっ、イザーク!! あの子は、みんなは、 ユニウスセブンに花をたむけてきたんだよ!?」
「ちょ、ちょっと待てっ」
「血のバレンタインで心を痛めてるのはコーディネイターだけじゃない!! どうして一部の人達の起こした事を、何の関係もない人達に まで責めるんだ!!」
「聞けっ、キラ!!」
 ぐいっと腕を掴まれ、キラはやっと口を閉じる。
 変わりに、精一杯イザークを睨みつけて。

 一瞬、アメジストの輝きの中にほんとうに吸い込まれてしまうかと思った。

「……オレは、あのシャトルに民間人が乗っていることは知らなかった」
「………」
「…すまない」
 …え、と瞳が見開かれる。
「……………子供を巻き込むつもりはなかった」
 真剣な、アイスブルーの瞳。その言葉がごまかしではないことを訴える瞳。
「…民間人を………………狙ったつもりじゃ、なかった」



「…イザーク、本当は優しいんだね」
 落ち付きを取り戻し、お互い座りなおしたところで、ぽつりとキラが言った。
「優しいだと? …そんな事を言われたのは初めてだ」
 憮然とそう答えるイザークに、キラは穏やかに微笑んだ。
「…君も、アスランも、本当は優しい人なのに…どうして進んで戦場に出るんだろう…」
「そんなもの、戦争を終わらせるために決まっているだろう」
 決意のこめられた強い声。
 けれど、キラは視線を落としてしまう。

『どこで終わりにすればいい? どうやって終わらせる?』

 アンディの声が、鮮やかに蘇る。
 …答えられなかった。今も、キラはまだ答えを持たない。
 見つけられずに、いる。でも。
「………きっと、戦っても終わらないよ。戦争は……」


 ならどうしたら終わると言うんだ。
 そう言おうとしてキラを振り返り、何も言えなくなってしまう。

 どこか遠くを見つめる瞳。
 半乾きの、しっとりとした艶を含む髪。
 バスローブ越しにもわかるふくよかな胸。すらりと伸びる白い足。
 目の前にある命を見過ごせない、優しい心。


「? イザ……………」

 あまりにも自然に頬に添えられた手。
 重なってくる唇までが、当たり前の動作のようで。


 触れるだけのキス。

 あんまり優しくて、アスランのキスとはあまりにも違う。
「――――っ」
 唐突に脳裏に浮かんだアスランの冷たい瞳に、びくっと体を震わせ、イザークの肩を押す。
 そこではっ、と我に返ったのは、イザーク。
「あ……っ」
 ばっと体を離し、飛び退くように立ち上がる。
「すっ、すまんっ!! いや、オレはっ……そのっっ」
 顔を真っ赤にして狼狽えるイザークに、きょとんとしてしまうキラ。

 ぷっ、と。
 吹き出して、クスクス笑い出す。
「………」
 何をするんだと罵倒されて平手の一発二発くらいは受ける覚悟を固めつつあったイザークは、え、と呆けてしまう。
「イ、イザーク、やっぱり可愛い」
「……………」

 まだそれを言うか…しかもこの状況で…。

 思わずイザークも小さく吹いて笑ってしまう。
「お前なぁっ、そこは笑うところじゃなくて怒るところだろうが。もう少し女の自覚が持てないのか?」
「えぇ? イザークに言われたくないなぁ」
「大体、風呂上りにまともな服も着ないで男を部屋に入れるやつがあるか」
「イザークが勝手に入ってきたんじゃないか」
「お前返事しただろう、『はい』って! 普通入るぞ、はいって言われたら!」
 笑いながら、なんだか普通に話してしまう。

 唐突に、部屋の扉が開いた。
 びくっ、と顔を引き締めて振り返るイザーク。
「………」
 そして…そこにアスランの姿を見つけて固まるキラ。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
…まあ、何と申しますか。
イザ→キラのフラグが立ちました、ってとこでしょうか^^;
イザークは勿論クルーゼ隊の他のみんなも、自分が奪った命に対しての怒りや恨み、
激しい感情をぶつけられた事ってないんじゃないかな。
だからこうやってドカンとぶつけてやると、結構簡単に凹みそうな気がします。
…といったところでまた修羅場へ続く。