++「BRING ME TO LIFE」第九章(2)++

BRING ME TO LIFE

第九章・埋まる溝、深まる亀裂
(2)







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「…邪魔だったみたいだな」
 昨日と同じ、冷たい声。
「現在捕虜の身元を引き受けているのは俺だぞ。イザーク」
 つかつかとイザークに歩み寄りながら、ちらとベッドサイドに目を滑らせる。
 …ラクスとの話が終わったら自分が持ってくるはずだった、キラのための食事。
「捕虜との面会前に、一言あるのが筋だと思うが?」
 殺気さえ飛ばしているんじゃないかというくらいの、鋭い視線。
 だが、イザークも同じ強さの視線で睨み返す。
「お前は昨日さんざんこいつをオレ達から隠してたからな。まだ信用があるとでも思ったのか?」
「本日一○、昨日の応接室においてクルーゼ隊との面会手続を通した。それまでは俺の保護下にある」

 ぶつかる、視線。

「………フン」
 すっとアスランを通りすぎるイザーク。
「あ……」
 小さくキラが呟き、振り返ったが。
「…ちゃんと食事を摂れよ」
「………」
 それだけ言い置いて、部屋を出た。



 昨日と同じ、冷たい瞳で見下ろすアスランに、身を竦める。
「……」
 アスランが何を考えているのか、わからない。
 …怖い。

「折角イザークがわざわざ持ってきてくれたんだ、食べたらどうだ」
 殊更強調してそう告げる。トレイは手付かずのまま放置されていた。
 キラは力なく、小さく首を振った。
「食欲…、ない…から」
 僅かに、アスランの瞳が見開かれる。
 こんな細い体で、その上病み上がりだというのに、全く食欲がないというのか。
「……。…お前、昨日熱出したんだぞ。少しでもいいから食べるんだ」
 務めて優しくベッドに腰を下ろすと、びくっとキラの体が震えた。
「…」

 その様子に、昨日の自分の行動がどれだけキラを傷つけたかを知る。
 どれだけ、溝ができたのかを。
 でも。
 …それを今確認させられたところで、歪んだ愛が更に卑屈に捻じ曲がるだけで。

「……食事よりイザークの方が良かった?」
「…何?」
「随分楽しそうにしてたじゃないか」
「…別に…普通に話してただけだよ」
「普通? ………普通にキスを許すのか、お前は」
「な……っ」
 さすがにキラの顔が険しくなる。
「ここは捕虜用に用意された部屋だぞ。外から中の様子を見る設備くらいある」
「! アスラン、覗き見してたの!?」
「お前は捕虜なんだぞ! 監視がつくのは当たり前だろう」
「だからって!」
「見られちゃ困ることでもするつもりだったのか」
「え?」
「そうだな、男を手玉に取るくらい、簡単だろうな。特にイザークは直情型だから扱い易いだろう」
「っ………」
 途端に大きな瞳が潤む。
「…何で…!? そんな事…っ」
 薄暗い気分で、その瞳から目を逸らす。
「宇宙に上がるまでは俺が同室だ。面会の間に荷物を運び込む。…お前には、もう自由はない」
 潤んだ瞳が見開かれるのがわかる。

 心が手に入らないなら。
 その、存在だけは、俺のものに。
 力尽くでも何でも、――――――閉じ込めてやる。
 他の男の目になんか二度と触れないように。
 ナチュラルの『恋人』の元になど帰れないように。

「……………どう…して………」
 涙が、膝に落ちた。
 昨日あんなに泣いたのに、今朝もあんなに泣いたのに、まだ。
「…もう…いいから殺してよ……………」

 どうせプラントに連行されたら、裏切り者だって処刑されるに決まってる。
 事実、今まで沢山のひとを手にかけてきた。
 ラクスをアスランに返した時、まだ正式に地球軍に入ってなかったあの時でさえ、一度は銃殺刑が言い渡されたのだ。…同じ軍組織の ザフトが、敵軍のパイロットを生かしておくとは思えない。軍隊とは、そういう組織。
 だったら、いっそ、もう今すぐに。
 誤解されて、憎まれて、………こんな冷たい目で、ずっと見られるくらいなら。
 耐えられない。
 耐えられない。
 酷すぎる。
 …どうして?



 小さく押し殺した嗚咽を繰り返すキラ。
 …いつも、泣かせてしまう。
 そっと顔を近づけて頬に手をそえる。
「っ」
 アスランの体温に嫌でも昨夜の事を思い出して、びく、と体を引いてしまう。
 露骨に怯えるキラに、今度はカッと頭に血が昇る。
「イザークはよくて、俺は嫌なのか!!」
 強引に腕を強く掴み、キラの体を引き寄せようとする。
「ア、アスラ…っ」
 震える声、怯えた瞳、強張る体。
 引いてだめならとばかりに、一気に押し倒す。そのまま、乱暴に首筋に唇をよせた。
「やだっ! 痛い!! アスラン!!」
 キラの言葉を無視するように、その両手をそのままベッドへ縫い止める。
「アスラン! アスランやめてよ!!」
 必死に訴えるキラの言葉に、顔を歪めるアスラン。
 だがアスランの顔はキラの首筋に沈み、その辛そうな表情はキラからは見えない。

 不意に、シュン! と扉が開く。
「アスランっ!!!」
 響いた怒号は、イザークの声。
 えっ、と思ったときにはもう、彼は鬼のような形相でアスランの肩を掴み、力任せにキラから引き剥がしていた。
「貴様ぁっ!!」
「っ!!」
 そのまま拳を繰り出すが、アスランはそれを受けとめ、払う。
「ちょっ、やめてよ!!」
 思わぬ事態に叫ぶキラ。だが彼女の制止はどちらにも届かず、イザークはアスランの胸倉を掴んで壁に押しつけた。
「自分が何をしてるか、わかってるのか!!」
「わかってる!! お前こそ何だ!!」
 キラが見たこともないほどの険しい表情で、アスランもイザークの胸倉を掴み返す。
「お前に俺達のことをとやかく言われる筋合いはない!!」
「ふざけるなっ!! 俺達の事だと!? 寝ぼけるのも大概にしろ!! 婚約者のいる身でよくそんな事が言えたな!!」
「親が勝手に決めた婚約だ!! 俺は承諾した覚えはない!!」
「なら先にその婚約を解消するのが筋だろうが!! 今の貴様にキラに手を出す権利はない!!」
「っ、イザーク…! お前…!!」

 間近で貫き合う視線。
 アイスブルーの瞳の奥に、見付けてしまう。その、想いの片鱗を。
 ――――――イザークはキラに惹かれ始めている。

 イザークはまさに今アスランが指摘した通り、直情型だ。自分の感情に嘘をつかないし、素直に現す。
 その彼が、これだけの刃を向けてくるという事は。
 そうとしか考えられない。


 ピピッとルームコールが鳴った。
 キラがそちらを振りかえると、昨日自分の頬を打った、緑の髪の少年が立っていた。
 彼は穏やかな表情だったけれど、中の様子にその表情を一変させた。
「―――アスラン!? イザーク!! 二人とも何してるんですか!」
 駆け寄って、二人の間に割って入る。
「やめて下さい! キラさんはまだ本調子じゃないんですよ! その彼女の部屋でケンカなんて、何を考えてるんです!」
「…………」
「…………」
 相手の制服を掴んだまま固まった拳から、少しずつ力を抜く。
 溜息をついて、ニコルは二人を扉に向かわせるように回り込んで肩を押した。
「二人とも、とりあえず出ていって下さい。キラさん、泣いてるじゃないですか」
「えっ、あ…これは」
 先程アスランと話していた時に流れた涙の跡が、そう見えたのだろう。
 しかしニコルはぐいぐいと二人を部屋の外へ追い出してしまう。
 昨日倒れた人間の部屋で怒鳴り合ったという後ろめたさから、ニコルに押されるままに部屋の外へ出る二人。
「診察が終わるまで、立入禁止ですからね!」
 ぴしゃりとそう言い渡して、ニコルは扉を閉じた。

 きまずく廊下に放り出される二人。


 顔を合わせようとも、声をかけようともしないまま、歩き出す。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
完っ全に昼メロ化してますな………。
すみませんねぇ。こういう修羅場大好きなんです。はい。
「真珠夫人」って面白いんですか? こういう修羅場が多いって聞いたんですけど…。

2003/06/30一部修正。
…意味通じないとこがありましたよ…(滝汗)やばっ。