砂時計
蘇生
(2)
メンデルの港に艦を残し、シャトルに乗り換えて遺伝子研究所の前まで向かう。
ストレッチャーに乗せられたキラの遺体。寄り添うアスランとラクス、カガリ、そしてサイ。ストレッチャーを押すディアッカと
イザーク。マリューは助手としてエリカ・シモンズに協力を要請し、キラを含めて総勢九人で、件の遺伝子研究所へ足を踏み入れた。
「…おいおい、ここって…」
薄暗い周囲を見渡して、ディアッカが呟く。ここは以前イザークと語り合った時に、クルーゼ隊長がムウを誘い込み、そして二人のあと
を追って行ったキラが生身で戦いを繰り広げた建物だ。それは彼も覚えている。
「…かつてこのメンデルがバイオハザードを起こして閉鎖された際そのまま放棄された、遺伝子研究所。…キラくんと、そして…ラウ・
ル・クルーゼの生まれた場所よ」
「えっ?」
「なんだと!?」
迷いもせず最深部へ向かっていくマリューの言葉に、アスラン達は怪訝な顔を向けた。そしてイザークも、不可解なことを突然付きつけ
られ、改めて周囲を見渡す。
「だから、キラくんを蘇生させる手段はここにしかないの」
きっぱりとした口調で話を切り、歩調を緩めないマリューが不意に道を曲がったため、唯一人を除いた誰もが更に問うタイミングを損ねた。
「ちょ、ちょっと待て! キラがここで生まれたって、それじゃ…」
更に問うことができたのは、……そのことに関して当事者である、カガリ・ユラ・アスハだけ。
「そう。カガリさん、あなたもここで生まれたの」
「…!!」
立ち止まってしまうカガリ。マリューはそこでやっと立ち止まり、振り返った。
「………複雑だと思うけど……真実なのよ」
彼女のほうが辛そうな表情で、そっとカガリに語りかける。
「…そんな………。…それ…どうして、艦長が…」
「ムウが私に託してくれたの。…真実はすべて、ここに残されているわ」
「………」
目を見開くカガリの肩に、ラクスがそっと手を置く。
はっとして振り返ると、彼女はまっすぐに見つめて頷いた。
カガリはその視線を受けてきゅっと唇を引き結び、再び歩き出す。
………ここで立ち止まっていては、自分の真実にも、キラの真実にも、彼の蘇生にも、手は届かないままだから。だから、歩みは止めない。
「………なんか…えらく込み入った話だな…」
歩きながらぼそっと零すディアッカ。
「なんなんだ、いったい…こいつは!」
あの時、混乱の中でアークエンジェルに着艦し、整備と補給を受けている間にディアッカと簡潔に話し合っただけのイザークには、
キラのことが何もわからない。
自分と彼が言葉を交わしたのはただ一度、アラスカでほんの一瞬戦ったあの時だけ。彼の声を聞いたのも、その時だけだ。しかもその時
には、自分はフリーダムに乗っている人物がストライクのパイロットだったとは知らなかった。
このまま死なれてたまるものかという思いと、ニコルの仇だという思いと、これだけ多くの人々の心を強く揺さぶるキラへの興味が
せめぎ合い、イザークの中で複雑な感情を芽吹かせていた。
やがて、最深部へと辿りつく。
薄暗い部屋。床の冷却漕からは、何かのポッドの上部が突き出している。漕の底部からの明かりでぼうっと青く光る水面だけが、
その空間を照らしていた。
「…なんだ、ここは…」
「これ、全部…胎児の…!?」
アスランが眉をひそめ、サイがぎょっとする。
ポッドの上部に取り付けられたモニターに黙々と表示されてゆくのは、中で『保存』もしくは『保育』されている胎児の映像と、
収集されていくデータ。
ぞっとしない光景に皆が思わず立ち止まってしまう。
不意に、先頭を行くマリューが皆を振り返った。
「最後に、確認しておきます」
はっと全員の注目が彼女に集まる。
「キラくんを、生き返らせたい?」
「はい」
「勿論だ!!」
「当たり前じゃないですか、そんなの!」
「何故今それを確認なさるのですか」
「どうでもよかったら、こんなとこまで来ねぇだろ!」
口々に応える一同を、マリューは厳しい眼で見据える。
「…では、キラくんであるのなら、どんな状態でも生きていて欲しいと…そう願うのね」
「はい」
「ああ」
即座に頷くアスランに続いてカガリも答え、しかしラクスはマリューの真に意図するところを察したのか表情を強張らせた。
だが…まっすぐにマリューを見返して、しっかりと頷く。
おそらく彼女は唯一人、キラがもし尋常ではない状態で蘇生したその時は、再び芽吹かせた命を己の手で摘み取る覚悟も決めたのだろう。
「…その言葉、忘れないでね」
マリューは再び進行方向へと向き直り、その先へ進み始める。