砂時計
蘇生
(3)
キラの生まれた部屋。
ラウとの戦いで激しく損壊してはいるが、奥の部屋は問題なく残っている。
唯一成功した人工子宮ポッドを眼下に見下ろしながら、マリューは暗記した認識コードを端末に入力し、扉を開く。続いて降りるよう
指示して、まず自分が降りていく。ポッドは既に冷却液を排水され、ただそこに保管されているだけのようだ。
キラを下へ降ろすには、ストレッチャーから下ろして誰かが抱えなければならない。迷わずアスランがキラを起こすが、そこに横から
歩み寄ったディアッカが、軽々とキラを肩に抱えた。
「あ…」
「? …何ボーッとしてんだよ。行くぜ?」
あっさりとそう言って、さっさと降りていくディアッカ。
「…あいつはあいつなりに、心配なんだろ。キラのこと。…ほら、お前先に行けって」
ぽんとカガリに肩を叩かれ、アスランは思わず小さく息をついてしまう。そのままディアッカの後に続いて下に降りた。
「なんだこれは? さっき並んでたのと似てるな…」
イザークがポッドに興味を示し、カガリもどこか不安そうに周囲を見まわしている。
マリューは、敢えてなんの感情も込めず事務的に伝えた。
「それは人工子宮のポッドよ。胎児の時のキラくんが育った場所でもあるわ」
「何? …人工子宮だと?」
眉間に皺を寄せてマリューを振り返るイザーク。一刻も早くキラを蘇生させたいと願い、一心にマリューを追っていたアスランは、逆に
ポッドを振り返った。
「…キラが…ここから…?」
「……そんな……」
呆然と言葉を紡ぐ、アスランとカガリ。
サイもあまりの事に呆然としてしまう。
抱えた体の軽さ。そのあまりの痛々しさと、相反するように背負ったものの重さ。ディアッカは辛そうに、腕の中のキラに視線を落とした。
「…マジかよ……」
例え遺伝子操作を受ける一世代目のコーディネイターであっても、最初から最後まで試験管の中にいるわけではない。計算され調整
された受精卵は母の胎内へ戻され、出産という過程を経る。
そしてニ世代目ともなれば、特に遺伝子操作の必要はない。コーディネイター同士の自然交配からは、その次世代目のコーディネイター
が生まれる。アスランやイザーク達のようなエリート一族ともなれば、更に遺伝子操作を施してより優秀な種へ、と調整を受けることも
あるが、やはり調整を行った後は胎内へ戻される。
―――キラだけが。
このポッドの中で胎児の時期を育てられ、そのままこの世界へ生み出された。
母のからだへと戻されることなく。
「………こっちよ」
マリューの乾いた声が、皆の意識を引き戻した。
何やらタッチパネルを操作すると、プシュン、とどこかでロックの外れる音がした。壁の表面が一枚外れるように床へ沈んでゆき、
隠された扉が露わになる。
「なるほど、こんな仕掛けが…」
感心するエリカ・シモンズ。マリューは更に、その扉へ認識コードを入力し、スリットに胸元から出したカードを通す。
「…安心して、カガリさん。あなたはあの写真のお母さんから生まれた、普通に出産されたナチュラルよ」
「………え…?」
ぼんやりとマリューの後ろについて隠し扉の内部へ入ったカガリが、虚を突かれたようにぽかんと顔を上げる。そこには、複雑に微笑む
マリューの顔があった。
「あなたとキラくんとは、一卵性双生児としてその命をお母さんの中に宿して…キラくんだけが取り出され、コーディネイトされて
人工子宮に入れられたの」
「…キラ…だけが…」
呆然としてしまうカガリ。
その場にいた殆どの子供達が絶句してしまい、マリューとエリカ・シモンズが何をしているのかも気づけずにいる。
「…おい、ちょっと待て」
だが、一人そこに気づいた少年がいた。
「一卵性双生児と言ったな。だがそいつは男で、彼女は女だろう」
「…ええ。そうね」
さすがにイザークの疑問に気付き、皆はっと顔を上げる。だが、彼はそんな周囲の反応を無視して更に畳み掛けた。
「どういう事だ。性別までコーディネイトするなんて話、聞いたことがないぞ!」
現在の最先端技術を持ってしても、コーディネイト対象である子供の性別まで変更することはできない。
「………そのことは、後で話すわ」
答えながら、マリューは既にキーボード操作を始めている。気づけばエリカ・シモンズも、いつの間にか何やら複雑なデータをチェック
し始めていた。
「どうですか、主任?」
「ええ、いけそうですわ。保存状態がとてもいいですから」
ほっとするマリュー。振り返って、ディアッカに寝台へキラを寝かせるよう指示する。
「…つーか、そもそも何なんだよ、この部屋」
壁一面に暗いモニター、操作パネルやキーボード等の入力デバイスが並び、マリューとエリカ・シモンズの操作が進むたびにモニターが
生き返る。中央にはキラを寝かせた寝台と、何かを操作するためとおぼしきコントロールパネル。奇妙な殺風景さをかもし出すその室内に、
さっきからぶぅん、ぶぅんと重い音が響いていた。
「キラくんを本来の姿に戻して、蘇生する。それを行うことができる唯一の施設よ」
マリューの言葉に、ディアッカはますます怪訝そうな顔になる。
「本来の姿?」
今度はその問には答えず、黙々と作業を進める。
「コンタクト、成功しましたわ。…凄い…」
感嘆をこぼすエリカ・シモンズに頷き返し、マリューはひたすら寝台の傍にあるコントロールパネルに向かって作業を続ける。
ヴン、と電圧が上がるような音が響き、キラを包み込むように、その寝台から壁がせり上がってきた。
「!」
ハッとしたアスラン達を置き去りにして、キラはアルミのような色をした筒状のイレモノの中に、完全に収められてしまった。すぐに
電圧が変化し、正面の壁のモニターに、何やらグラフや数値がズラッと表示される。
安堵したような、遂にやってしまったというような、複雑な溜息をついて、マリューは皆を振り返った。
「…これからキラくんの身に何が起こるのか、そもそもキラくんは何者なのか、…すべて説明しておくわ」