++「砂時計」2−2++

砂時計
真実
(2)







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「……話を進めてもいいかしら。サイくん」
 穏やかに言われて、サイは唇を引き結び、頷いた。

「…コーディネイトした予定どおりに、設計図どおりの子供が産まれるとは限らない…。遺伝子を操作しても、その遺伝子が上手く機能 しない場合もあるわ。キラくんの性別が変わってしまったように。コーディネイト研究が始まったばかりのころは、そういうケースが 多かったらしいの。眼の色、肌の色、髪の色…。耐性を得たはずの病気を発症したり、操作自体が上手く行かずに異形になってしまった 子供…。死産、流産…。…だからこそヒビキ博士は、完璧な、最高のコーディネイターに拘ったんでしょうね…。…酷似した遺伝子を持つ 一卵性双生児を二人共コーディネイターにせず、カガリさんだけをナチュラルのまま母体から出産させたのは………人口子宮からの 『出産』の時期を正確に判断するため。そして二人の成長に合わせて、対比結果を観測する予定だったかららしいわ」
「……………えっ」
 先程のアスランと同じく、突然話を振られてぼうっと顔を上げる。ことの突飛さに、頭では理解していても感情と感覚がついて いっていないのだろう。
 無理もない。マリューだって最初にこの資料を見つけた時は、同じように放心してしまった。ましてや当事者なら尚更だろう。
「………それで、話が戻るけど、…今までキラくんの中の『エヴィデンスDNA』が発見されずに来たのは、このヒストンと同じ役目を 持つ代替物質が原因なの」
 すっと立体図が少し変化して、タンパク質に巻きついたDNAの図に変わった。
「この未知の物質は、ここに従来あるべきヒストンと同じくDNAが絡まないようにする糸巻きの役割を担うと共に、『エヴィデンス DNA』を検出されないように覆い隠す…、そうね…ミラージュコロイドのような役割も担っているのよ」
「…かなり無理があるぞ」
 眉を顰めて零したイザークに、マリューも肩を竦めて苦笑を返す。
「そうね。私もかなり苦しい説明だと思うわ。…でも、このデータを信じるしかない。キラくんにコーディネイトを施した張本人であり、 彼の本当の父親であるユーレン・ヒビキ博士の記録より他に、私達にはもう頼む資料はないもの」
「えっ」
 声はアスランとカガリの二人から上がった。
 マリューはしっかりと、カガリに頷く。


 そう、キラにとって実父なら、カガリにとっても実父。


 だが、マリューはその話題を続けることなく、さらりと話を元に戻す。
「今のキラくんを定義付けているのは、この、キラくんが持って産まれ、ヒビキ博士がコーディネイトを施したDNA。…そして、 組み込まれた『エヴィデンスDNA』はまだ眠っている状態。情報を持ったままそこにあるだけで、機能していないの。…キラくんを生き 返らせるためには、まず心臓等の停止した器官の活動を再開させ、損害を受けた器官があれば治療し、その上でRNAの活動を再開させて、 『エヴィデンスDNA』が機能するようにしてやればいい。元々キラくんは、ゆっくりと『エヴィデンスDNA』を目覚めさせ、元から 持っているヒトとしてのDNAから、『エヴィデンスDNA』だけが機能する状態へ移行するように創られているの。だからそれを 人為的に行ってやれば、擬似的に新たな生命を得たことになって、第二の人生を歩み出せる」
「…しかしそれも…わたくしには、やはり無理のある考え方のように思えます」
 きっぱりと言い切ったマリューに、ラクスが異を唱える。
「確かに新しい遺伝子の情報を与えれば、人為的に活動を再開させた各器官の活動維持ができるかもしれません。ですが、キラのヒトと してのDNAに不具合が生じたわけではないのですから、各器官の再活性が可能であるのなら、それが即ち蘇生であるはずです。 『エヴィデンスDNA』を性急に呼び起こす必要はないのではありませんか」
「それが…そうもいかないのよ」
「…どういうことでしょう」
「原因はキラくんの死因にあるということよ。……もう少し話を進めなければならないわ」
 ふっとDNAの立体図が消えて、何やらレポートのような細かい文字がズラリと並ぶ。
「キラくんは『最高のコーディネイター』。つまりナチュラルの、いえ、全人類の理想や夢がすべて詰め込まれているの。人類が宇宙に 進出するという夢を実現できると約束された、『最高』の存在として造られたのよ」
「…随分と抽象的な話だな」
 次に異を唱えたのはイザーク。
「宇宙に進出というなら、もうプラントがあるだろう。それに、理想や夢ってのは何だ。もっと具体的に」
「具体的にいうなら、宇宙空間へ生身で出る事ができる」
 自分の言葉を遮って告げられた非常識な言葉に、再び傷跡を歪ませてしまう。
「自力で宇宙空間を移動できる推力、宇宙空間へ生身で出ることが可能な肉体、そして広大な宇宙を旅するに耐えるだけの悠久とも言える 寿命。人間の最長寿命もDNAによってほぼ決定されているという事は知っていると思うけど、『エヴィデンスDNA』の場合、その 寿命は無限といっていいそうよ。ヒビキ博士の解析が正しければね」
「…ですから、そのこととキラの蘇生と、どういう関係が…」
「キラくんは肉体の外傷が原因で生命活動を停止させたわけではない…つまり、死因は違うところにある。ヒビキ博士はその可能性を 予測していたから、こうやって蘇生させる施設を用意したの」
「……戦いの中に、キラの死因はない…と?」
 ラクスの問いに、マリューは頷く。
「ええ。恐らくタイミングが合ってしまったから、あの戦いで命を落としたように見えたんでしょう。逆に、実際に戦闘の中で命を 落としたのなら、蘇生は不可能かもしれないわ」
「………」
 ぎゅっ、と胸元で手を強く握り締めてしまうラクス。
「DNAの情報を読み取って、実際にタンパク質を製造する器官へ運ぶ、RNA。キラくんのDNAにはコーディネイトされる際、 ヒトDNAからしか情報を取らなかったRNAに、少しずつ『エヴィデンスDNA』の情報を読むよう命令を出す部分が組み込まれて いるの。それが上手く機能せず、RNAの活動が止まってしまった場合。または、タンパク質を製造する器官…リボソームがその命令に 拒絶反応を示したり、対応できなかったりした場合。肉体が変化に対応できなかった場合。…キラくんには、他にも短命で終わる可能性が 沢山隠されているのよ」
「………………そんな…」
 呆然と呟いてしまうカガリ。
「そのケースに対応するための、蘇生と治療を行う施設なのよ。ここは。…キラくんと『エヴィデンスDNA』の膨大な研究資料が総て 収められたデータベースコンピューターと、ヒビキ博士の思考を移した人工知能が、この部屋を制御しているの」
「…つまり、キラは今、実のお父様の治療を受けているのと同じ状態ということですか?」
「そういう事になるわね。…死因がDNAに関係しているのなら、この処置に成功すれば、彼は擬似的に新たな生命を得たことになるわ。 ただ、『エヴィデンスDNA』だけが作用している状態になることは免れないでしょうね……恐らく」




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