砂時計
真実
(3)
「…もう一つ疑問があります。その『エヴィデンスDNA』は、化石から採取されたものというお話でしたけれど、…クローンがオリジナル
よりも短命という運命を背負うのは、寿命を司るDNAのテロメア部分が最初から消費された状態であるからだと、伺ったことがあります。
ならば、キラに組み込まれたのは、既に『死んだ』DNA…ということなのでしょう?」
「いいえ。…ラウ・ル・クルーゼがオリジナルであるアル・ダ・フラガ氏に失敗と見なされたのは、寿命を司るテロメアと呼ばれる部分の
遺伝子が、最初から短い状態だったから。ラクスさんの言うように、既にある年齢まで寿命を使ったDNAをもとにクローニングするの
だから、失敗ではなく当然の結果とも言えるかもしれないわ」
「ええ。テロメアは、どんどん切り落とされてゆくと」
「少なくとも地球上の生物のDNAはみなそうね。ところが、『エヴィデンスDNA』の寿命を司る遺伝子は、そうやって切り落とされる
ことがない。つまりDNAの情報を読み取って実際に作用させるRNAさえ活動していれば、無限の寿命は保証される。それがヒビキ博士
の結論よ。……それがどうして化石になったのかは、やはり謎のままだけど」
更に飛躍した発言に、もはや皆言葉もない。
…そんなムチャクチャな、乱暴なことができるものか。
DNAとDNAを噛み合わせて融合させるなんて。
おまけに、長い間謎だったはずの『エヴィデンス01』のことを、そこまで調べ上げていたなどと。
そして、キラがその実証例?
…………考えられないし…信じられない。
「…本来ならゆっくりと変化していくはずだったものを無理矢理呼び起こすのだから、それがキラくんにどんな変化をもたらすのかは、
想像がつかないわ。ましてや、ここにヒビキ博士の知力だけは残っているとはいえ、ご本人は既に亡くなられているし、私は遺伝子関係に
ついては完全に専門外。ほぼ素人同然よ。だからあなたたちに説明してきたことも、ヒビキ博士が形にして残したデータを丸暗記して読み
上げただけ。あるいは、私の素人考えな推測によるものでしかないわ。…キラくんを博士のAIに委ねるしかない現状で、彼がどう変化
するのかは、データディスクの中にあった『エヴィデンスDNA解析結果』から想像するしかないから」
そんな皆の当惑を他所に、淡々とマリューは説明を続ける。
「地球外生物である『エヴィデンス01』の情報を呼び起こすのだから、キラくんが人間のかたちを保っていられるかどうかも怪しいわ。
それに、彼がどう変化するかを考えれば、たとえ蘇生が成功したとしても、彼を人目につくところへ引き出せば大騒ぎになるでしょうね。
外見だけの問題ではなく。…そもそもこの蘇生が成功すると断言することさえ、私にはできない」
「ちょ、………ちょっと待ってくれよ。そこまで行く前にさ」
額を押さえながら、ディアッカが待ったをかけた。
「一回ちゃんと整理させてくれよ」
信じられないとばかりに眼を泳がせる。
「………何、元々キラはお姫さんと一卵性双生児で? で、お姫さんがナチュラルで女ってことは、キラも最初は女で? …そこまでは
合ってるんだよな」
「ええ」
「で、………キラのDNAは、コーディネイトされた自分のDNAと、『エヴィデンス01』のDNAとが組み合わされた二重構造になってて?」
「そうね」
「キラが死んだのは、そのDNAが不具合を起こしたからで、生き返らせるにはその『エヴィデンスDNA』を活性化させてやるしかなくて、
そうなった後のキラは、不老不死みたいなモンになる……って?」
「……………そうよ」
「……なんだよ、それ」
涙の滲む声でぼそっとこぼしたのは、サイだった。
「なんなんだよ!! それは!!」
ぎゅっと手を握り締めて、堪えきれずに叫ぶ。
「なんで!! …なんで…キラばっかり…そんな………そんなことにならなきゃいけないんだよ!!」
それは妬みやそねみではなく。純粋な憤り。
彼にこんな過酷な運命を架したものへの、怒り。
巻き込まれて。
自分達を守るためにと、咄嗟にストライクを動かして。
「守る」という呪縛に囚われ、ただひたすら戦い続けて。
親友のアスランと戦い続けて。
ずっと、ずっと、ずっと、命を奪って、苦しんで。
…挙句、親友に殺され。
生きていた彼は決意を固めて帰ってきたけれど、苦しい戦いを強いられて。…それでも毅然としていたキラ。
だが、サイは見ていた。
きっと誰もサイがそれに気付いていたことなど知らないだろうけれど、サイはちゃんと、キラを見ていた。
毅然としているように見えても、その内側では何か大きな葛藤や悩みを独りで抱え、苦しんでいたことを。
誰にも……きっとラクスにも打ち明けず、アスランにも打ち明けられずに、独りで苦しんでいたことを。
その上、目の前でフレイを守れずに失って。
……皮肉なことにそのシチュエーションは、地球降下の時のシャトル撃墜の光景と見事なまでに重なる。
守りたいと願って戦いに身を投じ、葛藤を抱えながらも戦い続けたキラの願いは、ついに叶えられることはなかった。
あんなに、あんなに苦しんだのに、守れなくて。
それでも仲間を守りきった。
…けれど、己の命を落として。
蘇生の可能性に縋れば、新たなる未来は、更なる異端の存在へと変化する道。
何故。
どうして、いつもキラだけが。
「………ともかく、既に蘇生治療は始まっているわ」
マリューの固い声に、皆ハッと顔を上げる。カガリはその頬を涙で濡らしていた。
「この場は私に任せて頂戴。キラくんが無事に目覚めて安定してきたら、…様子を見て、可能であればキラくん自身の意見も聞いて……
みんなに、連絡するから」
エリカ・シモンズも残ると申し出たが、これから再出発するオーブには貴女の頭脳が必要だと言って、マリューはそれを受諾しなかった。
残るのは自分だけでいいと。
そうして、キラとマリューをメンデルに残し、アークエンジェル、クサナギ、そしてエターナルは、新たな時代を平和の時代にするため、
出発して行った。
本来なら、キラの持つ秘密を、カガリの出生の秘密を、皆の前で語るべきではなかったのかもしれない。
だが、キラの蘇生を願った者は知らなくてはいけないと、マリューは思った。
自分が何を望み何を選び、キラに何を強いることになるのかを。誰かが望んだからではなく、自分が望んだ…そのことが何を呼び
起こすのかを、知っていなくてはならないと。