砂時計
真実
(4)
「………あたし達の本当の両親の話、少し聞いたんだ」
休憩室でドリンクを飲みながら、不意にカガリが呟いた。
「…ヒビキ博士…か」
「…うん」
マリューの話の中に時折出てきた名前は、勿論アスランもしっかり覚えている。
「あのひと、写真の。…ヴィア・ヒビキって言うんだって。綺麗な名前だよな」
「…そうだな」
「けど、あたしとはあんまり似てないよな。遺伝子いじったはずなのに、キラのほうがすごく似てる」
「…まあ、そうだな」
確かに髪の色や質は、キラのほうが母親似といえるだろう。
「ってことは。…ユーレン・ヒビキ博士…父親のほうが、金髪だったのかな」
「……博士の写真は残っていないのか? 気になるなら調べてみたらいいじゃないか」
ふ、と視線が落ちる。
そのまま黙り込んでしまったカガリに、アスランも何を言っていいものかわからず、沈黙がだんだん重くなってゆく。
「あたしの父は、ウズミ・ナラ・アスハ一人だ」
顔を伏せたまま、だがしっかりとした声で。
「……いいんじゃないか。それで」
はっと振り返るカガリに、優しく微笑む。
「生みの親より育ての親、遠くの親戚より近くの他人って言うだろ」
「…………。…二つめのやつ、ちょっと違うんじゃないか?」
カガリもクスクス笑って。
飲み終わったドリンクの容器を所定の場所に戻し、カガリとアスランはそれぞれ違う扉から休憩室を出ようとする。
「もしキラと連絡が取れたら、そっちにも連絡する」
「うん。…できるだけすぐに時間空けて、あたしも逢いに行きたい」
「無理をゴリ押しして、キサカさん達を困らせるなよ」
「わっ、わかってる! そっちこそ、ラクスにちゃんと許可取れよ!」
「はいはい」
苦笑しながら、シュンと扉を開けるアスラン。
そのまま去っていく背中を、カガリはどこか切なそうに見送った。
「……キラが……もし、ちゃんと女に産まれて来てたら……おまえ………」
その先は、怖くて本人には聞けない。
例えば、自分がキラと似ていたから、彼が好意を寄せてくれたんだとして。…生まれ変わったキラが、もし、元々キラ自身が持っていた
遺伝子の情報どおり女性体に戻っていたとしたら、アスランはどうするだろう。
……いや、『エヴィデンス01』のDNAを活性化させるのだから、キラのヒトとしてのDNAはもうその機能を停止させてしまうはず。
ヒトとしての姿を保てるかどうかさえ危ういというのに、女性体になっているというのは考えにくい。
けれど、ディアッカは会ってきたという。キラに会って、話をしてきたと。それはつまり、キラが他人と自分の意志を通じ合わせる
ことができる状態にあるということで、ということは、人間に近い状態なんじゃないだろうか。少なくとも羽のはえたクジラの姿では
ないに違いない。
………とすると。
考えてしまう。魅力的な女性として、自分達の前に現れるのではないかと。
アスランの前に、現れるのではないかと。
「――――っ、何考えてるんだ、あたし…!!」
一時は死んだと思われていたキラが、無事生きていることがわかったっていうのに。
……その、キラに……一時は惹かれたこともあるのに。
キラは大切な兄妹で、かけがえのない親友なのに。
今更女として現れるくらいなら、あのまま…なんていう思いがよぎったことが、自分で信じられない。自分の中にも、こんなに醜く
ずるい感情があったなんて。
……だが、すぐにキッと前を見据える。
うじうじするのは性に合わない。とにかく、キラが無事に第二の生命を得られたのなら、会ってそれを確認したい。キラが生きているん
だって事を実感したい。
そして、もし、彼が女性で、アスランがキラを選ぶのなら…自分も覚悟を決めなければ。
それがアスランへの想いを殺す覚悟になるか、キラが女性として恋敵になる覚悟かは、まだよくわからないけど。
「…でもなんか…勝ち目薄そうだよな〜…」
彼のキラバカぶりを思って、今度はなんだか笑いが込み上げてしまう。
とにかく、皮算用ばかりしていても仕方がない。キラの様子をアスランが知らせてくれるまで、自分は自分でやるべきことをしなくては。
カガリ、一体何やってたんだよ! …なんて、あの懐かしい声で叱られないように。