++「砂時計」3−5++

砂時計
再会
(5)







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『イザーク、今プログラミングとかの仕事してるんだってね』
「え?」
 はっと我に返ると、にこっと笑って会話の続きを促すアメジストの瞳が目の前に。
「あ…ああ。マティウス代表議員に推す声が強かったけど、逆に、強硬派の顔だったエザリア氏を退かせている以上、たとえ英雄であろうと その息子のイザークに跡目を任せるのはどうかって声もあって、それを利用して逃げ切ったような形だったけどな。まあ最終的には、 とにかくそういう仕事に就く気はない! って」
『…ふふ、なんか想像ついちゃうなあ。あ、ねえ、アスランの目から見てディアッカとミリィってどう? ていうかあの二人、家族公認で 一緒に暮らしてるのに、まだ結婚しないの? ディアッカのお父さんも賛成してるんでしょ? アスランとカガリは?』
「へっ??」
 またもや唐突な話題の変更。しかも自分の名前を出されて、思わずマヌケな声が零れた。
『へ…って、アスランとカガリだよ。知ってるよ〜、最後の出撃の前にキスしてたでしょ』
「っ!!!」
 かあっ、と顔に熱が集まる。
 その様子に、キラはクスクス笑った。
『アスランってば、僕の妹にまでおんなじペットロボ何体も贈っちゃだめだよ? 家の中大変な事になっちゃう』
 無邪気に微笑するキラに、何故か集まった熱がすーっと冷めていく。

 カガリを守りたいと、大切に想った事は否定しない。
 けれど、…あの口付けを他でもないキラに見られていたというのがショックで。
 それを当たり前に受けとめているように話すキラが、ショックで。

『ね、二人が結婚したら、僕がアスランのお兄ちゃんになるんだからね。義兄さん、って呼ばないとだめだよ?』
「…っ、何が義兄さんだ! 違うだろ!」
『そうだってば、だってカガリのほうが妹なんだもん』
「そこじゃなくて! それを言うなら姉さんだろ! お前本当は女なんだから、もう義兄さんっていうのはおかしいじゃないか!」
『……………』
 はっ、と。
 キラの表情から、それが地雷だったと気付く。
「……」
『……………………』

 気まずい沈黙。


 そこに、コール音が響いた。
『あ、はい!』
 ドアへ顔を向けるキラ。アスランも振り返ると、マリューが入ってきた。
「お楽しみのところに水を差すようで悪いんだけど、プラント標準時間ではもう夜になるわよ。アスランくん」
「あ…」
 すっかり忘れてしまっていた。明日はまた朝からラクスが会談に出かける。それまでにアプリリウス・ワンに戻らなくては。
「………」
 戻らなくては。そう、自分には仕事が、負った責任がある。それは果たさなくてはいけないし、自分でそれを選んだ。
 自分達が命がけで、多くのものを、多すぎるほどの命を犠牲にして手にした平和への糸口。それをこのままフイにしてなるものかと、 そのために力を得たラクスを支えようと、自分で選んだ。
 けれど。
 ………では、キラのしあわせのことは、一体誰が考える?
『アスラン…?』
 俯きこんだ彼に、不思議そうなキラの声が頭に響く。
 小さく微笑み返して、けれど心に生まれた疑問は消えない。

 異形となった身を隠し、人々の目と感心の届かないこの廃墟のコロニーで、永遠の命をただ世界を見守ることに費やす。…それがキラの 運命だというのか。
 マリューと、ただ二人だけで。

「…アスランくん。とにかく今日のところはここまでよ」
 彼の多忙ぶりをよく知るマリューは、そっと彼を促す。
「………また、来る。今度はちゃんと休暇を取って。そうすればゆっくり会えるだろう?」
『休暇って…取れるの? ラクスやダコスタさんが大変なんじゃ…』
「キラのほうがよく知ってるんじゃないのか? 彼女はああ見えて結構タフだから、少しの間俺が休んだくらいじゃ動じないさ」
 くす、とちょっと困ったように微笑して、ふわっと立ち上がるキラ。…その足を床につけずに。
『ありがとう、アスラン』
「カガリも心配してるんだ。連絡してやれよ」
『うん、わかってる。あ、そうだ。マリューさんも一緒に行ってきたら?』
「え?」
 突然話を振られて、見守っていたマリューは一瞬目を丸くしてしまう。
『ほら、そろそろ買い出しに行かないとって言ってたじゃない。最強の護衛だよ』
「…まあ、それは確かに…」
 美しい女性が独りで出歩くのは、平和な世であろうとも物騒なもの。キラはいつもそれを心配し、マリューが戻ると心底ホッとして 出迎えた。だから、これもその心配の延長なのだろう。
 本当に、どんな時でもキラは優しい。そのことをよく知っているのは、なにもアスランだけではないのだ。
 マリューはふわりと優しく微笑む。
「…わかったわ。道中よろしくね、アスランくん」
「それは勿論。…帰りをお送りできないのが心配ですが…」
「あら、私は一人でも大丈夫よ。でも、キラくんが安心してくれるなら、ね」
「…なんだか俺、全然頼りにされてませんね」
 冗談めかして言うマリューに、クスクス笑いながら言葉を返すアスラン。マリューとキラも、微笑を交わした。
『気を付けてね、二人共。行ってらっしゃい』
「ええ」
「それじゃ、キラ。必ず、すぐにまた来るから」
『それは嬉しいけど、大変な仕事してるのはちゃんとわかってるから。無理しないでね』
「…ああ、分かった」
 無理をしてでも、明日、明後日のうちにはまた来るつもりだったけど。それを言うとキラが困るか怒るかするだろうから、おとなしく 分かったと返して立ち上がり、マリューと共に部屋を出た。
 シュンと扉が閉まるその時まで、キラに微笑みかけながら。
 見送るキラもまた、微笑んでいてくれて。



 人工の月光がキラの淡く光る体を照らし、部屋の中は不思議な光が満ちた空間に変わる。




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