++「砂時計」4−1++

砂時計
決心
(1)







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 施設の最奥の部屋から外へ出るまでの道のりの間、アスランはずっと考えていた。
 先程からずっと燻っている疑問が、キラの姿が見えなくなったことでより強く頭を占領する。


 …キラのしあわせは、一体どこにある?
 …キラの心の傷みは、誰が癒す?


 悩みながら、隣を歩くマリューにふと視線を移す。
「? どうかした?」
「あ、いえ…」
 問われて、はっと顔を正面に戻した。

 …キラには、彼女が一緒にいてくれる。彼女にとっても、キラと共にいることは癒しになるのかもしれない。愛する男を亡くした彼女の 傷を、キラの優しさは癒しているのかもしれない。
 けれど、…申し訳ないが、マリューがキラに幸福をもたらす存在になるとは思えなかった。

「…どうしたの? さっきから黙りこくって。…やっぱり、キラくんのこと…ショックかしら?」
「そういうわけでは、……いえ…まったくショックじゃないとは言いません。けど、キラは間違いなくキラで、生きていてくれましたから。 …それだけで俺は充分です」
 嘘を含めた、でも決して偽りではない言葉。
 マリューがそこまで汲み取ったかどうかはわからないが、彼女は笑顔を返し、よかった、と呟いた。自分に言い聞かせるように。



 マリューに返した言葉は嘘ではない。生きていてくれた。生きていてくれる。手を伸ばせば届くところにいる。それは嬉しい。
 けれど、それはあくまで「アスラン・ザラにとって喜ばしいこと」であって。
 キラ自身は、自分の今の状態をどう思っているのだろう。
 己の身を異形とするよう手を加えた実父、ヒビキ博士のことを、憎んだり恨んだりしている様子はない。
 …だけどあいつは、すぐ溜め込んでしまうから。
 小さなことならすぐ人頼みにするくせに、肝心なことはいつも自分の心の底に閉じ込めてしまうから。

 キラの望むしあわせって、何だろう。
 ………ラクスと共に穏やかに過ごすことだろうか。
 エターナルで合流した時。ラクスがキラに涙を見せ、弱さを晒した時。…明らかに、キラとラクスとの間には、元婚約者だったはずの 自分よりも強い絆が見えた。
 ラクスが初めて見せた涙を受けとめ、その哀しみを癒したのは、キラだった。
 ヴェサリウスから射出されたポッドをドミニオンに回収され、疲労困憊で戻ったキラ。彼を癒したのも、またラクスだった。
 キラがいればラクスは大丈夫。ラクスがいれば、キラは大丈夫。
 …それを認めることは、少し淋しかったけど。
 なら、キラはラクスと共にいたほうが。

 ………嫌だ、と思った。
 何故だろう。それは嫌だと。
 ラクスの立場を考えれば彼女の傍にいることは双方にとって危険だとか、そういう発想は全くなかった。
 ただ単純に感情だけで嫌だと思った。
 何故?

 答えは簡単に出た。
 だってそれは、昔から当たり前のことだったから。

 キラの傍にいるのは自分でありたい。
 ずっとずっと当たり前だったこと。戦争さえなければ、その当たり前が今も続いていたはず。
 きっと今頃は、自分は父の補佐をしながらプラントの政界へ入って、キラは多分どこかへ就職して、家に帰ったらお互い今日あった事を あれこれ話して、そのまま眠りについて、次の朝自分がキラを起こして朝食を摂り、またそれぞれの職場へ向かって………。
 そんな日常が待っていたはず。
 たとえばいずれ、自分はラクスと結婚し、キラも誰か世話好きな女の子と結婚したとしても、それでもきっと、新居もすぐ近くに構えて。
「…でもあいつは…、…………!」
「…なあに?」
 さっきからどうしたんだろうと怪訝に問いかけたマリューに、アスランは答えられなかった。
 そうだ、大事なことを見落としていた。
 あのままならどうなっていたかなんて、今のキラの幸福を模索する上ではまったく意味がない。何故なら、キラは劇的に変わって しまったのだから。

 今のキラは、どう見ても普通の人間ではない。それは勿論大きな問題だ。
 …だが同時に、今のキラは男性でもない。
 そして知ってしまった。彼が本来は女性として生を受けるはずだったということを。
 かあっ、と途端に顔に熱が集まった。
「? …大丈夫?」
「っ、は、はい…」
 適当な相槌を返してそそくさと歩調を速めるアスラン。
 そういえば、人間離れしたその姿に誤魔化されていたが、キラはずっと全裸の状態だったのだ。確かに性別を感じさせない外見では あったけれど、裸体だったということは変わらないわけで。

 何やら動悸がひどい。
 初めてキラに会った、あの時のようだ。


 親友同士だったお互いの母親。アスランの母レノアは多忙のため、毎日家を空けなければならず、また帰宅は遅い。彼女は当たり前の ように、カリダ・ヤマト…キラの母にアスランを預けた。
 初めてキラの家に連れていかれた日のことは、よく覚えている。あの時、アスランはキラのことを女の子だと思ったのだ。「キラ」と いう名前も、男女どちらでも通用するから。
 あまりにも可愛らしいキラの笑顔に、病気じゃないかと思うくらい心臓がドキドキしたことも、はっきり覚えている。
 後日、キラと一緒にお風呂に入ってきなさいとカリダに言われて慌てるまで、その勘違いは継続される。さらに後日、キラはキラで アスランを女の子だと思ったと言われ、ショックを受けたりもした。

 ………あの時と同じように鼓動が高鳴る。あの頃と同じ胸の痛みを感じる。
 キラは男じゃない。そう反復するたびに、体温が上昇していくよう。
 かといって女性かといえば頷きにくいのだが、それでも男性と言えないことも確か。


 動悸が、更に加速していく。
 なんだろう。なんだろう。
 これではまるで。



 ……………………恋を、しているような。




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