++「砂時計」4−2++

砂時計
決心
(2)







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 ガシャン、と背後で響いた音に、ハッと顔を上げる。
 悶々と悩み込んでいるうちに、いつの間にか研究所から外に出ていたのだ。
「…………」
 そんな事にも気付けないほどキラに囚われていたことに、自分で驚いてしまう。
 …いつだって自分の世界は、キラが中心なのだ。

 いつだってキラが中心。
 そう、カガリに惹かれていったあの時だって、すべての中心にいたのは常にキラだった。
 ………それを自覚した瞬間、理屈が全て吹き飛んだ。

「マリューさん、俺…」
「アスランくん、今…」
 いつの間にか立ち止まっていた二人が、同時に話しかける。
「……なに?」
 強張った顔を向けて、マリューが譲る。
 アスランはそれに遠慮せず、きっぱりと言い切った。
「俺、仕事を辞めてきます。これからはずっと、キラの傍に居る」
「えっ?」
 目を丸くしてしまう。
 アスランは吹っ切れたような清々しい笑顔。
「議長の補佐なら、他にも換わりが効きます。…俺は、キラの傍にいたい。あいつを独りにしたくない」
「………アスランくん……」
「平和になったっていうんなら、少しくらい我侭言ってもいいですよね」
 年齢相応の表情を初めて見せるアスランに、マリューは穏やかな微笑みを取り戻した。
「………ええ。あなたもキラくんも、もっと我侭になって丁度いいくらいだと思うわ。…ねえ、ところで今…」
 マリューの顔が、最初の強張った顔に変わる。
「…扉が閉まった時、ロックの音がしなかった?」
「え? …すみません、ちょっと考え事をしていたので…気付きませんでしたが…」
 言いながら、何か嫌な予感が広がる。
 それはマリューも同じのようで、二人して扉に駆け寄った。
 オープンキーを押しても、手動で開こうとしても、旧式の扉はビクともしない。
「出かける時は、いつもロックを?」
「していないわ!」
 焦って答えるマリューに、アスランの不安も膨れ上がってゆく、
 何か、様子がおかしい。
 扉のキーパネルに解除キーを叩き込むマリューだが、返って来るのはエラーを知らせる警告音だけ。
「そんな、どうして!?」
「どいて下さい! 埒があかない!」
 ギリッと奥歯を鳴らし、ポケットからモバイルを出してプラグを扉のロックシステムに差し込むアスラン。
 だが、それでもエラーの連続。
「くそ! キラのやつ、セキュリティを改造したな…!」
「キラくん…どうして…!?」
 戸惑うマリューの隣で、アスランはモバイルのキーを打つ手を止めない。

『………ごめんなさい』

「!!」
「キラ!」
 不意に、キラの声が脳裏に響いた。
「どういうつもりだ、キラ! ここを開けろ!!」
『それはできないよ』
「な…っ、キラ!?」
「ちょっとキラくん、これはどういうこと!?」
『マリューさん、僕を蘇生させてくれて、ありがとうございました。その上、今日までずっと面倒を見てくれて…』
「そんなことは聞いていないわ! 言ったでしょう、私はあなたを守って生きていくことに決めたんだって!! こんな、締め出すような 真似はしないで!!」
『だめです、マリューさん。…お願いです。ムウさんのことを忘れろなんて言いません。でも…幸せを探すことを、やめないで下さい。 あなたはこんなところに篭っていていい人じゃありません。あなたの力を必要としている人達がいます。…そうでしょう?』
「…アークエンジェルに…戻れっていうの…!?」
「ふざけるな!!」
 アスランの罵声が割り込む。
「…キラ、ここを開けろ。………開けるんだ!!」
『それはできないって言ったよ、アスラン。…僕はここで、一人で生きていくことに決めたんだ』
「キラ!!」
『君ももう、ここには来ないで。…忘れて。……カガリと幸せにね』


 体中の神経細胞が焼き切れてしまうんじゃないかと思った。
 血液が沸騰して、逆流するんじゃないかと思った。
 …そのくらいの衝撃と、激しい怒り。

 勝手だ。キラの言っていることは身勝手すぎる。
 世界にとってはそれがいいとか、キラが奇獣扱いされるならそのほうがマシなんじゃないかとか、そういう理屈はすべて遥か彼方へ 吹き飛ばされていた。

 キラの幸せは?
 キラが何を望むかは、キラにしか決められない。
 …ならば、自分の望みは?
 同じように、自分にしか決められないはずだ。
 こんなふうに否応なく押し付けられる筋合いは、たとえキラにでも、無い。
 俺の望みはこんなことじゃない。


「……キラくん……」
 呆然と呟いたマリューの声は、もうアスランには聞こえていなかった。
 聞こえたのは、解錠を告げる電子音。
『!?』
 キラの動揺が二人の脳裏に響き、マリューもはっとアスランを振り返る。その間にも、あんなに強固に立ち塞がっていた扉は、 あっさりと開いてゆく。
『う…嘘…』
「何年お前と一緒にいたと思ってるんだ! お前が使いそうなコードくらい、…っ」
 開いた扉のすぐ向こうは、何かのバリアーのような半透明の膜だった。厚さは二十センチほどだろうか。見た目はキラの背の羽のような 質感で、触れるとゴムのような感触がした。
 当然、その向こう側へ行くことはできない。
「…裏口へ回るわ」
『無駄です、マリューさん。僕を中心として、球状にこのバリアで囲ってあります。どこにも抜け道はありません』
「っ、そんな!」
 アスランに背を向け走り出そうとしたマリューだが、先手を打たれて足を止めてしまった。
 こんなもので道を塞がれては、今度こそ完全にお手上げだ。刃物や火を使って破るという方法を試そうにも、もしキラに反動でも起こって 命に関わることがあっては、という思いがブレーキをかけてしまう。

 研究所はとっくに、キラだけの孤城と化していた。




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