砂時計
決心
(5)
『……あのね、アスラン』
「…ん?」
心をぶつけあって少し疲れた二人はそのままベッドに入り、手を繋いで横になった。
まどろみ始めたキラが、ふと思い出したように語り始める。
『…あの化石の「エヴィデンス01」は……月を追いかけてこの太陽系に来たんだよ』
「……………つ…き、って……」
『うん。僕達が暮らした、あの月』
思わずまじまじとキラを凝視してしまうアスラン。
キラは微笑して、彼の首に腕を絡ませ、ぎゅっとしがみついた。一瞬驚いたが、アスランもキラの華奢な体をもう一度抱き締める。
横になるとき邪魔にならないよう、コンパクトに畳まれた羽の中に、ぱしっと電流が走った。
『月の起源に、ジャイアントインパクト説ってあるでしょ?』
「ああ。他の宇宙から来た天体が原始の地球に衝突して、その天体の一部と地球の破片が起動上で固まって、現在の月が誕生した。
…今一番有力とされている説だろう?」
『うん。…彼女は…「エヴィデンス01」は、その月のもとになった天体と同じ宇宙からやってきたんだ』
「………」
『あ、信じてないでしょ』
「いや、その…話があまりに突飛で…」
『…僕のDNAの話聞いたときも、そんな顔してたの?』
クスクスと微笑しながら言うキラ。
…これは相当まぬけな顔をしているに違いない。アスランは小さく苦笑してしまった。その様子に、キラもまた笑って。
『でね。「エヴィデンス01」は、最初に月が回っていた宇宙に住んでいた生命体』
「…月は元々、別の星の衛星だったということか?」
『うーん、ハレー彗星みたいな感じ。ぐるーっとあちこちの太陽系を回ってたみたい』
なるほど、と頷くアスラン。
『彼女の種族は旅が大好きで、遠くの宇宙まで旅することも珍しくなかった。そして彼女の恋人も、その天体と一緒に旅に出てしまった
んだ。故郷に彼女を置いてね。……けれど、その天体は突然、帰ってこなくなってしまった。彼女は恋人のことを心配して、天体を追って
独りで旅に出た。長い長い旅に』
「………」
『そして辿りついた、地球と月。…丁度、月が完成した頃だった。……彼女には一目で判ってしまったんだ。恋人が、その能力と命
すべてを使って、衝突してしまった天体と地球の両方を生き残らせようとしたことを。……彼女はね…すっごく泣いた。自分の知らない
ところで、全然何の関係もない星のために、死んでしまった恋人のことが辛くて。すごく悲しくて。……それでも恋人の救った地球は
美しい星になっていったから、今度は地球から目が離せなくなってしまって。でも、見ればどうしても恋人のことを思い出す………。
…繰り返してる間に、彼女は泣き疲れて、自分の身を石に変えてしまったんだ』
「…それが、木星で発見されたくじら石…。『エヴィデンス01』…か」
頷くキラ。
『やっぱり、遺伝情報だけを収めた物質じゃないのかもね。僕に組み込まれた、「エヴィデンスDNA」って。…遠い遠い彼女の記憶の夢、
よく…見るんだ』
「………」
『僕にもできるかなって。あの戦いが思い出話になった頃に、彼女みたいにどこかでひっそりと石になってしまえたら、僕のこともそのまま
うやむやになっちゃうかな…とか、さ』
「キラ」
子供に怒るように名前を呼ぶと、困ったように微笑する。
「俺達は生きてる。つまり、生きなくちゃいけないんだ。…ムウさんの言葉なんだろ。忘れるなよ」
『…うん。わかってるよ』
「大体、こんなところに閉じ篭ってるから、そんなペシミズムじみた発想になるんだ」
『…でも、だからっておちおちそのへん散歩できないし』
だが、己の身を己の意思で石化できるくらいなら、……ひょっとして。
「………? …キラ…お前」
アスランがその可能性に気付いた時、続いて、はっとある違和感に気付いた。いや、正確には、あるべき違和感がないことに。
『? …なに?』
「お前…浮いてない」
『え?』
「体が、浮いてない」
アスランを見つめたまま、ぱちくりと目をしばたたかせるキラ。
その視線は平行で、どちらかが見下ろす構図にはなっていない。
ひょっとして自分が抱き締めているせいかと腕を解いてみるアスランだが、それでも互いの視線は平行なまま。
『………』
ふ、と腕をごそごそと動かすキラ。ごそごそと音がするのは、シーツとの衣擦れの音。
さっきまで、立っても座っても数センチほど浮いていたキラの体は、しっかりとベッドに受け止められていた。
『え……?? な、なんで? さっきまで…』
戸惑うキラ。
そこへ、ルームコールが響いた。
「…入っても、いいかしら」
『!!』
スピーカーから穏やかなマリューの声。
そうだ、彼女がいたことをすっかり忘れてしまっていた。
思わず顔を見合わせるキラとアスラン。流石に同じベッドで横になっている姿を彼女に見られるのは微妙だ。お互いそう思っている
ことを一瞬で確認すると、反射的にベッドを飛び降りた。
『…あ』
久しぶりに、足の裏にひんやりとした床の感触。
『…ど、どうぞ』
その感触に戸惑いながら答えると、シュンと扉が開いてマリューが入ってきた。
「……どうやら、落ち付いたみたいね」
穏やかにその場に佇む二人の様子に、マリューは優しく苦笑を浮かべた。
「…もう、あんなことしないでね。キラくん」
『…はい…』
「それからアスランくん、ラクスさんから伝言よ」
「えっ?」
突然自分に話を振られて、顔を上げる。
「そこからキラを引きずり出すまで、戻って来なくて結構です。…ですって」
「……………え…」
「あなたがここに寄るって連絡した時点で、いつでも休暇を出す用意をしたから、だから、とにかくキラにバカな真似はさせないで…って」
「……ラクスが…?」
「ええ。…でも、一度戻って、ちゃんとキラくんを引き戻したって報告してから、改めて休暇を申請したほうがいいでしょうね。
口には出さなかったけど、すごく心配していたもの。詳しい話、聞きたいんじゃないかしら」
「…そうですね」
このまましばらくキラの傍にいたいと言えば、きっとラクスはにっこり微笑んで頷いてくれるだろう。けれど、彼女だって心の底から
キラを心配しているのだ。勿論、カガリも。
彼女達に今日のことを知らせたい。
もう大丈夫だと。キラには俺がついていると伝えたい。
そして、カガリとは………けじめをつけなくては。
「…キラ、一度…」
振り返ると、その声にはっと顔を上げたキラが、どこか苦しそうな笑顔を浮かべた。
『…う、うん……。僕からも、連絡するけど…やっぱり、アスランは一度戻って…手続…』
「おい、キラ?」
「キラくん、どうしたの」
駆け寄る二人。
『………っ』
キラはたまらずアスランに縋りついた。
『…背中……痛…くて………』
「背中?」
痛みを和らげてやろうと、そっとその背に手を滑らせるが。
『い…っっ!!』
「! キラっ」
「キラくん、寝台に横になって。検査をしましょう」
『……は…い』
返事をした途端、がくり、と。
「キラ!!」
そのままアスランの腕の中で意識を失った。