++「砂時計」5−1++

砂時計
終章
(1)







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 更に一ヶ月。

「…………………………」

 メンデルに呼ばれたイザークは、案内された最奥の部屋の光景に絶句してしまう。

「…………………………………………」

 呆然としたまま、更に十数秒。
 部屋の中央にいた人物が、すっと人差し指をイザークに向ける。
「時間切れだ。お前は失格!」
「……なっ」
 ムカッと眉間にシワを寄せ、その口から怒号が響く直前。部屋の中央にいたもう一人の人物が、耐え切れずに声を上げて笑い出した。



 部屋を出てきたイザークは、不機嫌なアスランの顔を見て、思わず溜息をついた。
「あァ? 何、珍しい反応じゃん。で? どうだった?」
 その様子じゃ結果は見えてるな、とでも言いたげなディアッカを、ぎろっと一睨みして。
「失格だとさ」
「え…君も?」
「って事は、お前もか」
 サイとイザークが顔を見合わせ、…微妙に複雑な顔で視線を逸らした。ぷっ、と思わずマリューが小さく吹き出す。
「男性陣はほぼ全滅ね」
「え、ほぼって、誰か合格してるんですか?」
 ミリアリアの問いかけに、頷いて見せる。
「ええ。意外だと思うけど、一応ノイマン艦長がね」
「え!?」
「い、意外ってどういう意味ですか?」
 情けない顔で反論するノイマンだが、さあどういう意味かしらね、とクスクス微笑を返されるだけ。
「――――――で、どうして俺が一番最後なんですか」
 怒り心頭といった様子のアスランが、一歩あゆみ出る。
 マリューは苦笑して、どうぞ、と奥の部屋をアスランに示した。
「真打ち登場っていうでしょう?」
 よく意味がわからなかったが、問いただす気にもなれない。
 とにかく、本人にガツンと言ってやりたい。
 遠慮なく扉を開き、中へ。
 そして、おい! と怒鳴りつけようとした口は、え、という形のままぽかんとあいてしまった。

 金色の短い髪。しなやかな曲線を描く体のライン。明るいアンバーの瞳。
 オーブの姫の正装。

 全く同じ人物が、二人。

 人工の月明かりに照らされながら微笑を浮かべる二人の姿に、呆気に取られてしまう。
 そうだ、この二人は元々一卵性双生児として誕生したのだ。
 同じ髪色、同じ髪型、同じ装いにすれば、完全にシンメトリーが成立してしまう。
 だが、彼は迷わなかった。向かって左の人物に話し掛ける。
「…キラ…お前…、どうしたんだこの格好は。それに、髪も。それに、合格だの不合格だの…」
 そして今度は、右側の人物に。
「一体何のつもりなんだ、カガリ」
「…」
「…」
 二人は顔を見合わせ、ぷーっと吹き出した。全くの左右対称で。
「うわ、ほんとにカガリの言うとおりだね」
「だから言ったろ? 絶対こいつ、自信満々でお前に話し掛けてくるって」
 …これで声まで一緒だったら、本当に同じ人物が二人になるところだったが。
「正解おめでとう、アスラン」
「お前だけだな、正真正銘の合格は」
「…………」
 思わず頭を抱えてしまうアスラン。

 ひょっとして、この双子が意気投合すると一番たちが悪いかもしれない。


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 カラーコンタクトを外すと、元通りの美しいアメジストの瞳が現れた。スプレーのヘアマニキュアをザッと水で流すと、キラの髪の色は 天然グラデーションに変わる。これが今のキラの髪の地色だ。ある一筋は金髪、ある一筋は茶色。
「まあ、綺麗ですわね」
 多忙のスケジュールを縫って極秘にここを訪れたラクスが、着替えてきたキラを迎え、そう称賛する。
 はにかんだように俯く仕草に、どきんと高鳴るアスランの鼓動。
「……しかし、趣味の悪いことをさせるもんだな、お前も」
 イザークが毒づくと、キラは悪戯を注意された子供のように無邪気に微笑んだ。
「ごめんごめん。でもみんなのびっくりした顔、すっごく面白かったよ。ね」
「な」
 楽しそうに笑って頷き合う、キラとカガリ。
 まったく、と優しい苦笑に表情を変えたイザークは、そのまま椅子に腰を落ちつけて。
 ディアッカとミリアリアは顔を見合わせ、クスクス笑った。
 ラクスとマリューも、優しい眼差しで見守っている。



 キラの肉体は、人間に戻っていた。
 正確には、『エヴィデンスDNA』の作用によって、再び『ヒトDNA』が活性化され、コーディネイターに戻ったのである。
 胎児の段階で起こったホルモン異常も正常化し、本来あるべきであった女性としての姿に変化している。

「けれど、油断は禁物よ。…『エヴィデンスDNA』は、自然死の機能を持たない。そのかわりに自分の意志の力で、肉体の状態を コントロールすることが可能なの。今キラくんを人間に戻しているのも、間接的に『エヴィデンスDNA』を利用しているから。人間の 姿に戻ったからといって、『エヴィデンスDNA』の機能が停止したというわけではないのよ。だから…キラくんの意志が働けば前の ような状態に戻るかもしれないし、男性体に戻る可能性もあるわ。…そして、自然には死ねない代わりに…というのも変だけど、とにかく、 死にたいと本気で願えば、生命活動を停止させて、死んでしまうでしょうね」

 キラの体に治療を拒絶された、ヒビキ博士のAIが弾き出した答えを読み上げるマリューの説明に、キラの体内ではまだ変化が続いて いることを思い知らされる。
 いつ、何がおこるかわからない。その時すぐに対処できる施設はここしかなく、キラがメンデルを離れられない状況に、あまり変わりは ない。
 だが、少なくとも本人からみんなに会いたいと言い出すくらいには、元気を取り戻していた。



「けど、ミリィよくわかったよなァ」
「そりゃあわかるわよ、カガリとは最近よく仕事で会うし、キラとは三年間ずーっと一緒だったんだから」
「にしたって、いきなりアレだぜ?」
 くいっとディアッカが示した先は、キラと同じ長さに髪を切り揃えたカガリ。
「あんだけうりふたつにされちゃわっかんねェだろ、普通」
「まあ、ここまで似てるとは、さすがに思わなかったけど…でも、ねえ」
「そうですわね」
「わかるわよね、普通」
 勝利を手にした女性陣が目を合わせ、余裕で微笑み合う。
「…」
「…」
「…」
「……… え?」
 一方失格の烙印を押されたディアッカ、イザーク、サイの三人は、アスランを通り越してノイマンをじろっと睨む。
「ま、アスランは一発で見抜くだろうなァとは思ったけどさ。キラバカだし、こいつ」
「そうだな。だが問題はあんただ」
「ノイマンさん、どうしてわかったんですか、どっちがキラか」
「え、えっ?」
「ああ、ノイマンはキラを見抜いたんじゃないから」
 三人に囲まれてたじっと一歩下がったノイマンに助け舟を入れたのは、カガリ。
「だから正解は正解だけど、合格ってわけじゃない」
「カガリを見た途端、目を丸くして『ど、どうしたんですか、カガリさん、その髪の毛!』…だったもんね」
 クスクス笑いながら言うキラ。その言葉に、マリューが面白そうに微笑む。
「あら、カガリさんを先に見分けたの?」
「ってことは…あ〜、ノイマンさんもしかして〜!!」
「え、ええっ!?」
 意味深なミリアリアの反応に、皆の視線がノイマンに集中する。
「へえ…、そうだったんですか? 全然気が付かなかったな。オレてっきり、……えと、やっぱ、戦争が終わってから一緒に仕事してる からですか?」
 てっきりバジルール中尉のことが好きなんだと思ってた、とは言わず、言葉を変えるサイ。ノイマンは更に挙動不審に陥っていく。
「え!? いや、だから! …そのっっ!!」
「けどさー、結構年の差あるんじゃねェの? それに既に彼アリじゃん」
「? お前ら何言ってるんだ?」
 顔を真っ赤にしてしまうノイマンと、対称的にきょとんとしているカガリ。
 自分も茶化してやろうと人だかりに入りこむキラ。
「……………カガリ、ちょっと」
「…。ああ」
 それを確認して、アスランはカガリを部屋の外へ連れ出した。




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