SHADE AND DARKNESS
one
「想いで」〜Kira's side image〜
アークエンジェルの消息を探して陽が昇る前にオーブへ潜入したが、今はもうそれが沈み始めようとしている。
急ごしらえのIDで入れる場所は限られており、警備はこの上なく厳重。これ以上は無理がある。…そう、誰もが感じ始めていた。
「…通れる人間を捕まえた方が早いかもしれない」
溜息まじりのアスランの言葉は、全員の本音を表したものだ。
そこへ、不意に。
「………!」
見覚えのある懐かしい鳥が舞い降りてくる。
トリィ、と優しく鳴くロボット鳥。
周りでニコル達が何か言っているが、もうアスランの耳には入っていなかった。
急速に、過去へと意識が遡ってしまったから。
首傾げて鳴いて、肩に乗って。飛ぶよ?
言いながら、そのロボット鳥を渡す。
ボーイッシュなのに泣き虫で、年上ぶりたがるのに甘えん坊で。
………そんな彼女の瞳は、悲しそうに潤んでいた。
「…本当に戦争になるなんてことはないよ。プラントと地球で。避難なんて、意味ないと思うけど…。…キラも、そのうちプラントに
来るんだろ?」
優しく尋ねたアスランに、しかしキラは言葉を返すことができなかった。
涙が溢れてしまいそうで。
やっぱり行かないで、と叫んでしまいそうで。
そんなキラに優しく微笑んで、アスランは一歩、後ろへ下がった。
「!」
「………そろそろ……シャトルの時間だから…行くよ。キラ」
「……………」
「メールするから。ね」
「………」
「…………………さよなら、キラ」
別れを宣言され、後ろを向かれて。そして、遠ざかる背中。
「………………………アスラン!!!」
振り返ると、ついに瞳から涙をあふれさせたキラが、走ってくる。
抱き付かれて、優しく抱き返す。トリィがそっと、キラの肩にとまった。
「…アスランっ……」
「キラ………」
首筋にうめていた顔をはがして涙を拭い、アスランの顔を見るキラ。
「…アスラン、…僕………僕ね、ずっと、…君のこと、好きだった」
本当は、もうずっと気付いていた。
お互いに気付いていて、言葉にするのが怖かった。
今までの関係が、壊れてしまいそうで。
だけど。
今は言葉にしないと、自分達の意志とは別に壊されてしまう。
だから伝えたかった。
この気持ちを、ちゃんと伝えたかった。
「キラ………。…だった、って、過去形なの?」
ちょっとだけ意地悪をしてみる。
そうしたらキラはまた涙をこぼして、ぶんぶんと顔を横に振ってしがみついてきた。
「今も好き! これからも、ずっとずっと、アスランだけが好きだよ!」
「…良かった。僕だって、キラが好きだよ。ずっと、一生」
そっと柔らかい髪に指を通して、抱き締める。
「………ねえキラ。コーディネイターは、十三歳で大人とみなされるって知ってるよね?」
「? うん…」
「じゃあ、コーディネイター同士なら十五歳で結婚できるっていうのも…知ってるよね?」
えっ、と顔を上げる。
アスランはにっこりと微笑んだ。
「…結婚しよう、キラ。次に僕達が再会した時、十五歳になってたら」
驚きで見開かれた目から、また涙が溢れ出す。
そっとその筋を指で拭って、優しくキスをした。
頬や額にではなくて、ちゃんと唇に。
幼いけれど、神聖なキス。
「約束だよ、キラ」
「…うん…! 約束したからね、アスラン…!!」
誓いの儀式は成された。
―――――――その再会がどんな形で訪れるのかなど、知る由も無く。
「トリィ―――!」
呼ぶ、声に。
弾かれたように顔を上げた。
そして、そこにキラの姿を見つける。
彼女もまた、自分を確認して、固まっていた。
「うわっ、めっちゃめちゃ可愛いじゃねーか!」
「おい…目の色を変えるなディアッカ! みっともないぞ」
「いーじゃんいーじゃん、目の保養だぜ」
「あれっ、でもこのフェンスの向こうって、一番立入が規制されている区域じゃないですか。僕達とそう変わらない歳でしょうに…彼女、
あんな最重要セクションで働いているんですね…」
ニコルの言葉に、ディアッカが何やら考えるようなそぶりを見せたのは気付いた。
でもそんなこと、どうでもいい。
そっと歩み寄る。
キラも、ゆっくりとフェンスへ近付いてくる。
…キラ。
ラクスを受け取ったときは、パイロットスーツでコクピットに座ったままだったから、見て取ることはできなかったけれど…。
女性らしさを増した体のライン。記憶に残る彼女とは明らかに違う、柔らかな胸の丸み。細い腕、細い足腰。あの頃よりも少し幼さが
とれた顔立ちと、変わらぬ大きな双眸。
さらさらと流れる髪。
動揺、してしまう。
キラはキラで、同じように男らしさを増したアスランに………改めて、心臓が高鳴っていた。
だが同時に、抜けない棘が彼女の心臓に鈍い痛みを送るけれど。
「………君、の?」
「…………………うん……………」
ぎこちない会話。
ぎこちない視線。
…潤む瞳。
手を伸ばして、トリィを差し出す。
あの時と、全く同じ光景。
受け取るために、手を伸ばす。
これも、あの時と同じで。
――――――――――しかし。
「ちょお〜っと待った!」
キラの手へ移ろうとしたトリィは、ディアッカの手で掴まれてしまった。
「!?」
「え………っ」
ぎょっとするアスランと、思いもよらなかった出来事に目を丸くするキラ。
「ねえ彼女、今晩ヒマじゃない?」
「…は??」
「おっ、おい! どういうつもりだ!?」
まるっきりナンパでしかないディアッカの言動に眉をひそめる。
だが。
「いーじゃんいーじゃん、固いこと言いっこなしだぜ」
悪戯っぽい視線の中には、明らかな含み。
中に入れる人間を捕まえた方が早い。その『中に入れる人間』が、目の前にいるだろ。…と。
しかも、超絶美少女であったことが彼のポイントを最高ランクにまで引き上げていた事は間違い無いだろう。
「オレ達最近ここのバイト入ったばっかでさー、知り合いいないんだよね。コンパとかやんない?」
「え? え??」
あまりの展開に、キラも目を白黒。
「女の子の友達何人か誘ってよ。ま、君だけでも全然オッケーだけど? 超レベル高いもんねぇ。オレ達全員でエスコートするぜ?」
「………」
もはや声も出ない。
「じゃ、決まりね」
「おい…!!」
「名前は?」
「え? キ、キラ…だけど」
「キラちゃんか。名前も可愛いなァ。上がるの何時?」
「……え……っと………多分、八時…には…」
有無を言わせぬ口調に、うっかり正直に答えてしまう。そして流されるアスランの抗議。
「よっし! んじゃ、八時半に本島サウスポート前、ウォーターヴィジョン前ね。帰りはちゃんと送るから、心配しなくていいぜ」
「あ、あの、トリィを……」
「だからー、そん時に返すって言ってんじゃん。じゃ、後でな。ほら行こうぜ」
「え!?」
「おい! そんな勝手に…!」
ぐいぐいとアスランを引っ張って車へ戻ってしまうディアッカ。
キラはどこか呆然とした瞳のまま、自分を見送っている。
二人が戻ってくると同時に、イザークが車を発進させた。
「ディアッカ! 一体どういうつもりだ!」
くってかかるアスランに、ディアッカはひらひらと手を振って見せる。
「タイチョーが言ったんじゃないですかァ? 中に入れるヤツ捕まえた方が早いって」
「だからって、こんな脅すような真似!」
「脅しじゃなくて、ナンパだって」
自分で言いますか、とニコルは溜息をついてしまう。
「ま、これだけのメンツが揃ってりゃ、並のナチュラルの女なんかイチコロだろ」
「!」
キラを侮辱した発言に、アスランの視線はきつくなるが。
「さァて、そうなると次はオレ達の準備だな。私服調達しておかないと」
…口でどうのこうの言っておきながら、ディアッカは楽しむ気まんまんの様子。
「それで? 情報を引き出すだけで済ませるのか」
イザークの意外な言葉に、全員の注目が集まる。
「あんな重要部に入って行けて、しかもオレ達と同年代。うまくこちら側に取り込めば、後々にも役に立つんじゃないか?」
「おっ、名案! いいこと言うねェイザーク」
「いい加減にして下さいよ! イザークまで悪乗りしないで下さい! 僕達はあくまで情報を集めるために来たのであって、女の子を
丸め込みに来たわけじゃないんですからね!!」
ニコルの言葉に。
すとん、と何かが降りてきて囁いた。
……………このままキラを連れて帰ってしまえばいい……………と。
もう一度、自分の傍に。
そうすればナチュラルの友達のことなど忘れられる。
キラを利用しているだけのナチュラル達から、助け出すことができる。
アスランの気持ちを知ってか知らずか、ディアッカの作業着のポケットへ押しこまれたトリィが小さく鳴いた。
…ヘンな事になってしまった。
ストライクのコクピットに戻り、再びキーボードを常人離れした早さで叩きながら、キラは何度目かの溜息をつく。
…アスラン。
MS越しとか、パイロットスーツじゃない彼を見たのは、月で別れてから初めて。
幼い頃の男の子特有の可愛らしさは消えて、引き締まった顔つき。軍人として訓練されたのであろう、広くなった肩と胸。でも、
変わらぬ綺麗なエメラルドグリーンの瞳。
胸が、痛い。
まだ、彼をこんなに想っているから。
……行くべきではない。
アスランと共に居た三人の少年は、どう考えてもザフトの軍人だろう。
恐らくアークエンジェルを探しているのだ。そして、警備の厳重な最奥にまで入れる自分に目を付けた。
情報を引き出す為に。
行くべきでは、ないのだ。
だけど。
……困らせないから。
もう充分困らせているのは分かってる。だから、これ以上は困らせないから。
だからせめてトリィだけは、君との思い出に…ずっと持っていてもいいよね。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
…ごめんなさい。
アスランのプロポーズよりもディアッカのナンパが書きたかった!!(笑)
←所詮関西人
ていうか、本編ですっげーやってほしかった!!
キラを女の子と間違えてナンパするディアッカ!!! めっちゃ見たかった!!(爆笑)
この一連のシーンをディアッカボイスで聴きたい……!
も、正直、ここが一番書きたかったとこです。
折角キラ帰ってきたことだし、今週か来週あたりやってくんないかな。AAで。
……………無理か。今の本編中でやったら浮くかな…。
ディアッカ結構お気に入りなので、本編じゃ最近すっかり忘れ去られているのが哀しい……。