++「SHADE AND DARKNESS」6−1++

SHADE AND DARKNESS

six
「風の意志」
(1)











「折角久しぶりにこうして全員揃ったんですから、キラさんのお見舞いに行ってみませんか? いいでしょう? アスラン」
 パーティーがお開きになった後、ニコルがそう持ちかけた。
「だが、キラはまだ眠ったままだ。お見舞いって言っても…」
「寝顔を見るだけでもお見舞いとは言うと思いますけど」
「大体お前、いつまで姫のこと眠らせてるつもりだよ。べつにどっか怪我したとかじゃないんだからさァ」
「いい加減起こしてやらないと、かえって衰弱するぞ。お前一体キラをどうするつもりだ?」
「………」

 本当は。
 ラクスとの婚約破棄が決定して、すぐにキラとの結婚へと事態を運ばせるようにしてから、キラを目覚めさせたかった。
 そこまで手回しできてからなら、誰にも邪魔をされる事はない。その準備の間眠らせておけば、彼女はずっと病院に篭らざるをえない のだから、誰にもどうしようもない。
 そんな自分の幼く狡猾な独占欲を見透かされた気がして、視線を逸らして床へ落としてしまう。

「僕達、キラさんが心配なんです。…アスラン」
 はっと顔を上げると、真摯なニコルの瞳とぶつかる。
「……」
 ディアッカとイザークへ視線を移すと、二人もいつになく真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「………………わかった」

 深い溜息をつきながら、しかしアスランは頷いた。



 今までイザーク達がキラの見舞いに行けなかったのは、アスランが保護の名目で彼女のいる病院を伏せていたからだ。
「お前さァ、独占欲強すぎ。キラが目ェ醒ましたら苦労するぜきっと」
 案内された病院が、医療レベルは勿論、セキュリティレベルが圧倒的に高い事でも知られる総合病院だったことから、ディアッカは 呆れて一言投げつけた。
 そんな彼にじろりと一睨みして、キラの眠る病室へ向かう。



 すぅ、っとサイレント仕様の自動扉が開く。
 それなりに広い一人部屋。そのベッドには、カーテンがかかっていたが。
「っ……」
 ぎく、とアスランの足が止まる。
 窓からの風にそよぐカーテンと、差し込む日差し。それによってベッドのカーテンに浮き上げられた影は、ベッドに横たわって いる筈の人物が、明らかに起き上がっている事を示していたから。
「……おい、入口で止まるな!」
 薬で眠らされているという話だったから簡単には起きないとわかってはいても、自然と声は潜められる。
「あれっ、誰? 先生? ちょっと待ってー」
 ベッドの上にあぐらをかいて座っているらしいキラから、嘘のように朗らかな声が飛んでくる。
「え…キラさん!?」
 その声に驚いたニコルが、思わずアスランを押し退けてベッドに歩み寄る。
「だから〜、キラはまだ寝てるってば〜。うわっ、危ねっ! っと」
「……」
 意味不明な返答に、カーテンを開けようとしていたニコルの手が止まり、思わずアスランを振り返ってしまう。だがアスランにして みても、キラの言動は混乱を深めるだけ。イザークとディアッカもお互い眉をひそめて顔を合わせた。
「………よおっし! ハイスコア更新〜! ねー先生、新しいゲーム………」
 シャッ、とカーテンが開けられ、キラの姿が現れる。

 それはもう一ヶ月も眠らされていたとは思えない程の明るい笑顔。
 無防備にかかれたあぐらと、手に持っている携帯ゲーム機。

 だが、心配そうなニコル達の顔を見た途端、そのまま固まってしまった。
「……………あれっ、先生じゃない…。誰?」
 そのまま、きょとんと普通に続けられる言葉。

 誰、と。
 きみを知らないと突き付けられる四人。

「だ………誰って……」
 困惑するニコルと、苛立つイザーク。
 アスランが口を開こうとするが、その時一気にキラの表情が顰められた。
「あれっ……それ、ザフトの軍服じゃん。なに、ザフトの人?」
「っ」
 出端をくじかれ、そして嫌悪感を露わにされ、困惑してしまう。
「な…何言ってるんだキラ、俺だよ」
「…、おいアスラン、一ヶ月も寝かしてたから、さすがの姫も寝ぼけちまったんじゃねえか?」
 信じられない状況に、冗談めかしてアスランの背中を叩くディアッカ。
「オレ達だって。ほら、オーブで会った」
「ちょっと待ってくれよ」
 ゲーム機をベッドの上に放り出し、じろっと四人を睨むキラ。
「…今、アスランって言ったよな?」
「おいキラっ!! ふざけるのもいい加減にしろ!! こいつがアスランじゃなきゃ誰だってんだ! えぇっ!?」
 ついにキレたイザーク。
 だが、キラはキッと四人を、特にアスランを睨みつけると、そのままぷいっとそっぽを向いてしまった。
「帰れよ!」
「なにいっ!?」
「ちょっとイザーク、声が大きいですよ!」
「お前っ、散々人に心配させといて、帰れだとっ!?」
「知らねーよそんなの。とにかく、あんた達には絶対キラは会わせないからな!」
「はあ? お前、何わけわかんない事言ってんの!? それに、どうしたんだよその言葉遣いは!」
 さすがのディアッカも声を荒げてしまう。
「………」
「………」
 イザークとディアッカの後ろで、まさか、と思い当たったニコルとアスランが顔を見合わせてしまう。
「特に! アスラン・ザラ! お前には絶―っ対、二度とキラは会わせないから、覚えとけよ!」
「な……っ」
 別人のような口調で、でもキラの声と顔からそう宣言され、一瞬心臓が止まりそうになる。
「いい加減にしろって言ってるだろう!! どういうつもりだキラ!!」
「……」
 むすっと唇を尖らせたキラ。

 だが、何か言おうとした途端、ふっ、と表情が消えた。
 かくん。
 と、うたた寝しかけたようにからだが揺れて。

 ついっとあげられた顔は、別人のように厳しい。
 そのまますっと立ちあがり、四人とベッドを挟んだ状態で、ぴんと姿勢を伸ばして立つ。
 まるで軍人のように。

「…エリートコーディネイターのわりには、察しの悪い連中だな」
 違和感と、怒りと、疑問。
 どれからぶつけていいのか、イザークが迷った刹那の間を置いて。
「現在キラ・ヤマトはこの肉体を支配する能力を放棄し、意識の底で眠っている。こう言えばわかるだろう」

 まさか、と。
 ニコルが口を開きかけたところに、背後から扉の開く気配。
「君達、いつの間にここへ…何度も電話したんだぞ、アスラン」
「あ、………あ…」
 入ってきたのは、まだ歳若いキラの主治医。彼に肩を揺さぶられ、アスランは不意に我に返る。
「とにかくみんな、ちょっとこっちへ」
 ぐいぐいと四人を部屋の外へ押し出す。
「セドリック医師」
 だが、そんな主治医の背中から、厳しいキラの声が凛と響く。
「我々の前でその名を出さないでもらいたい。不愉快だ」
「っ………」

 錆びた包丁で刺されたような、鈍い痛みが心に走る。
 …よりによってキラの声で。


「…わかった。すまない」
 医師は短くそう答えて、病室から四人を押し出し、扉を閉めた。



「………アスラン…、さっきから何度も電話してたんだぞ」
 廊下に出るなり、苦々しげな表情でアスランに向かうセドリック。
「………あ………式典の時、電源を切って……」
 呆然とそう答えると、セドリックは重い溜息をついた。
「とにかく、ここじゃなんだから…こっちへ」
「あの、先生」
 踵を返したセドリックの足を、ニコルの声が止めた。
「…まさか…、キラさん、遁走を起こして………?」
「…いや、多分そっちじゃない。僕も専門外だから、断言はできないが」
「何だよそれは! どういう事なんだよ!」
「廊下でする話じゃない。いいから、まずは場所を変えよう」
 問い詰めるディアッカをぴしゃりと切って、セドリックは今度こそ歩き出した。





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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 一ヶ月も眠らされてた人がいきなりこんな元気に動けるのか? という疑問はありましたが。
 キラはコーディネイターなので。の一言で微妙に誤魔化せてしまう便利さ(^^;)←ダメじゃん
 まあ、でもナチュラルよりは回復早い筈ですし。
 …できればあんまり突っ込まないで下さい…。