SHADE AND DARKNESS
six
「風の意志」
(2)
「…いいかい、さっきも言ったが、僕も専門外だし、恐らくあまり例のないケースだから、君達の疑問に全て答えられるという保証はない。
それだけ最初に了承しておいてくれ」
応接室に通された四人は、まずセドリックにそう釘を刺された。
「キラは…一体どうしたんですか」
「オレ達の事、最初わかんなかったみたいだし…寝すぎて記憶喪失、とか?」
「……同一性障害の一種だと思われる。あまり聞いたことのない症例だがね」
言いながら、手元のノートパソコンからデータを引っ張り出す。
「…同一性障害?」
聞き慣れない言葉にイザークが一瞬眉を寄せ、言葉を零す。
「簡単に言うと、自分を『自分』と認識できなくなってしまうような精神障害の一種ですよ。断片的な記憶喪失を起こしたり、肉体的に
異常はないのに体が動かなくなってしまったり、それに…いわゆる二重人格も、同一性障害の一種です」
「…」
「…そう、なんですか?」
横からそっと説明したニコルの言葉に、思わず声を詰まらせてしまうイザーク。アスランはそれをそのままセドリックに問いかけ、彼は
難しい顔でしっかりと頷いた。
「今のところ私は、同一性解離性障害ではないかと思っているがね。主人格である『キラ・ヤマト』から解離したと思われる、多数の
人格が認められるのがその根拠だ」
「…それってやっぱり、こいつがずっと薬で眠らせてたから?」
じろっと横目でアスランを睨み、ディアッカが尋ねる。
だが、セドリックは今度は首を横に振った。
「いや。同一性障害は、幼い頃の恐怖体験…攫われかけたとか、虐待といったような記憶が原因となる場合や、精神が正常に保てない程の
ショックを受けた場合に発症する場合が殆どだ。過酷な前線から生還した屈強な軍人が退役後に発症することもあるね。で、問題のキラ
くんの場合だが、……後者だろうな」
「…ショックを受けるような何かを、目覚めてから見てしまった…?」
セドリックは頷き、言葉を続ける。
「今朝アスランが飲ませた薬を、飲み込まなかったようだ。ほとんど溶けていないカプセルが部屋に落ちてたよ」
「え…っ」
目を見開いて驚くアスラン。
確かにあの時、ちゃんと飲ませたと思ったのに。
「そして意識を浮上させた彼女は、部屋にあったノートパソコンから、さまざまな場所へアクセスして、戦争がどうなったかを調べた
らしい。…僕が彼女を発見した時、パソコンの画面には、AAクルーの処刑の様子を記録したデータベースが開いていたよ」
「おっ、おいおい!! 処刑の様子!? そんなデータ、ザフトのメインコンピューターにしか残ってねえだろ!? …あいつ、そんな
とこまでハッキングしたのかよ…」
「ディアッカ、今はそんな事を気にしてる場合じゃないと思いますけど」
「え?」
「つまりキラさんは、かつての仲間達が次々と処刑、いえ…殺されていく様子を見てしまったという事ですね?」
「そうだね」
息を飲むアスランとディアッカ。そして。
「ちょっと待て! 足付きの連中はキラを利用してたんだろう! それが何で仲間ってことになる?」
ぎろっとニコルを睨むイザーク。
「しかもそれで障害を起こすようなショックを受けたっていうのか? …ふざけるな! 何でそんなことになる!!」
「彼女が足付きの中でどんな状況だったか、僕達は知らなかったでしょう!?」
思わずニコルも声を荒げて言い返していた。
「それに、……今更こんなことを言うのはどうかと思ったから、言いませんでしたけど! 軍事法廷での彼らの様子、とてもただキラさん
を利用しているだけには見えませんでしたよ!」
「何ぃ!? お前、ナチュラルを弁護する気か!?」
「君達!! …いい加減にしなさい、ここは病院の中だ。防音機能があるからといって、過剰に頼られても困る」
セドリックが制止に入り、はっと口を噤む二人。
「………とにかく、…そもそも、どうしてキラさんが利用されなくちゃいけなかったんですか?」
「そりゃお前、唯一ストライクを乗りこなせるから、だろ? あんなもんナチュラルの手に負えるわけねぇからな」
「そういう意味じゃなくて。…キラさんはただ黙って利用されるような人じゃないでしょう? ご両親を盾に取られていたような形跡も
ありませんでしたし」
「だから、あのカレッジでの同級生だって連中が軍に入って」
「彼らがキラさんを戦わせるために自分をエサにするように見えましたか?」
「法廷でのことなんか、口裏を合わせればどうにでもなるだろう!」
「本当にそうしていたのかどうかなんて、もうわからないじゃないですか」
「何が言いたいっ!!」
「だから。…僕達は誰も、足付きの中でのキラさんを知りません。………そうですよね、アスラン」
そもそも。
キラは利用されている、と断言したのはアスランだ。
だからこそ彼らも、足付きのクルーを生け捕りにする事を選び、ただ沈めるだけで済むAAを、それなりに苦労して捕獲した。
「…おいアスラン。オレらもずっと頭に血ィ昇ってたけどさ」
俯いて表情の見えないアスランに、ディアッカが険悪な声をかける。
「そもそもお前、キラが利用されてるって、どこでどうやって知ったわけ? キラの事んなったら目の色変えるお前のことだ、最初っから
知ってたんなら、宇宙でストライクを捕獲しようとした時オレらにそう言うよな?」
「…………………」
「…内輪もめもいいが、こちらの話もまだ終わっていないよ」
そっと割り込んだセドリックの声によって、はっと全員の注目が彼に戻る。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
あまり例のないケース、とセドリック医師は言いましたが、同一性解離性障害が珍しいというわけではありません。
いわゆる二重人格、多重人格と呼ばれているこの症状で苦しんでいる方は、思っていたよりも多くおられるようです。
海原は元々オリジナルの話で取り上げようとしていたので、当時ちょろっと調べた程度でしかないのですが、自分を傷つけて本気で自殺
しようとする(『自分』の肉体を殺そうとする)人格が生まれることも珍しくないようで、「大変」の一言では片付けられないくらいに
大変な生活を強いられるそうです…。