SHADE AND DARKNESS
eight
「Nephilim」
(2)
ベッドに座る影は二つ。
こちらに背を向けて、窓から外を見ているようだった。
「…あ、あそこボールあそびしてる! いいなぁ、おそといってあそびたいなぁ」
「そうね。パパが戻ったら、みんなで行きましょ」
「わあ、やったぁ! ねーねぇママぁ、チョコレートちょうだい〜」
「はいはい、ちょっと待って」
よいしょ、と体を折って足元の鞄を取り、そこから菓子の箱をキラに差し出す、少しウェーブがかった長い髪の女性。
「……えへへへへ。はい、あーん」
「あら、私? あーん。……うん、甘くておいし〜い。ありがとう、キラ」
「うん!」
クスクス微笑み合う二人。
キラの傍にいる女性が誰なのか。…後姿でも、アスランにはすぐにわかった。
「………おばさん…カリダおばさん…………?」
ぴく、と彼女の顔がこちらを振り返る。
「………………」
複雑な表情を向けられ、部屋へ入ろうとしていたアスランの足が止まってしまう。
「…」
後の三人も顔を見合わせ、小さく頷く。
彼女がキラの母親だろう、と。
「…? ママ、どうしたの?」
「えっ? ううん、何でもないの」
笑顔に戻ってキラの肩を抱き、前を向かせる。
アスランの姿を見せまいとするように。
あらアスランくんいらっしゃい、こっちにどうぞ。…と言ってくれたカリダは、もうここにはいない。
自分がしてきたことを思えば当然だ。
大事な娘をこんな状態にされて、それでもまだ以前と同じように接してくれるなんて、そんな虫のいいこと。
あるわけない。
「……アスランくん……か」
今度は自分達が来た方向から、男性の声。
「…ハルマおじさん…………」
林檎を手に持ったスーツ姿の男性は、厳しい表情でゆっくり歩み寄って来る。
「…色々…あったようだね」
「…」
「………今更起こった事をどうこう言うつもりはないよ。君は、よかれと思ったんだろう」
「………申し訳ありませんでした………」
キラの父に向き直り、頭を下げる。
「悪意はありませんでした。…キラを…こんなふうにさせるつもりでは…」
「…ああ。わかっているよ」
ぽん、と頭に軽く手を置かれて。
そのまま彼は、すっとアスランを通りすぎ、病室に入ってゆく。
それは、もういいから関わってくれるな…という拒絶のように感じた。
「キラ! ほら、林檎買ってきたぞ」
「うん! ありがと、パパ! …ねえねえ、あの人たちだあれ? パパとママのしってる人?」
「…、ええ、パパの会社のひとよ」
「ふぅ〜ん」
「あっ、これキラ! ちゃんと剥いてあげるから! かじるんじゃないの!」
「えーっ! だって、いっぺんテレビみたいにりんごのしんだけにしてみたいんだもん! ダメ?」
「だ〜め。お行儀悪いでしょう?」
病室で繰り広げられる団らん。
踏み込んでいけるわけもない。
横からすっとセドリックが現れて、アスラン達を外へ押し出し、病室の扉を閉じた。
「…大体、察してくれたかな」
「………」
「…行こう」
促され、昨日と同じ応接室へ通される。ラクスも共に。
何故ラクスがここに、とは尋ねなかった。
彼女がキラと、アークエンジェルで親交があったことを、アスランは知っている。
さすがにイザーク達はそこまでは知らないが、ラクスがアークエンジェルクルーに人質として利用されたことは知っている。その時に
何か、キラと交流があってもおかしくないとは察して、今は黙っていた。
「……まあ、なんというか。…見てのとおりだ」
「……………」
「君と出会う前まで、戻ってしまったよ。どうやら君と会ったことが引き金になって、『キラ』が君のことを思い出そうとしたらしい」
えっ、と顔を上げる。
…キラが、俺のことを…。
アークエンジェルの友人達ではなく、真っ先に、『俺』のことを?
何かが胸に込み上げて来る。けれど、それはただただ切ないばかりで。
「だが、『三年前のアスラン』はそれを阻止するために、『キラ』を無理矢理深い眠りに落としてしまったらしい」
「眠り…って、それじゃ…」
「詳しくはわからない。キラがああなってしまう直前に現れた人格の一人が言うには、『三年前のアスラン』はキラを過去の記憶から守る
為に、彼女を眠らせている間に『記憶のカタマリ』を消去したそうだ。だから自分ももう消えると言っていた」
「…え…って、それじゃ…」
「ああ。『三年前のアスラン』も、消えている」
ぞく、とディアッカの背中を寒気が走った。
それではまるで、心中のようではないか。
キラを守るためなら、自分も他の人格も消えてもかまわない。彼らにとってそれは、自己という存在が消えるということ。
ならば、これはまるでと言うまでもなく、心中。
その壮絶な発想に、ディアッカは思わずちらっとアスランを見た。
彼の中にも、そんな壮絶な一面があるのだろうか。…いや、何を今更。その壮絶さを、自分は見てきたはず。
足付きのクルーを生け捕りにするという無茶な作戦を実行に移し、成功させ、彼らを死刑台へ送り出したのは、他ならぬアスランなのだ。
それはすべて、キラのために。
ならば心中も辞さないだろう。キラを守るためならば、恐らく。
……だがそれは、キラの意志を置き去りにしたエゴだ。『三年前のアスラン』は、現在のアスランと同じ事をしたと言えないだろうか。
「…自分の人格の元である『記憶のカタマリ』を消去されて、それぞれの人格も順に消えて…残ったのは、『記憶のカタマリ』以前の
記憶だけを持つ、キラ…というわけだ」
誰も、何も言えない。
「ご心配なく。アスラン」
その沈黙を破ったのは、美しいラクスの声。
「キラはご両親と一緒に、プラントにある専門の治療施設で暮らすそうです。ご家族と過ごすうち、きっと傷は癒えるでしょう。あなたが
今度こそ、キラを刺激したりなさらなければ」
「………」
柔らかな物言いなのに、その内容は辛辣。
イザーク達も口を挟めず、意外な一面を見せた歌姫をじっと見入ってしまう。
「……もう、キラには会うなと……そういうことですか」
「お忘れになることです。キラのいない日々を日常とすることには、慣れているはずでしょう?」
「………」
表情を歪めて、アスランは俯いた。
月からプラントに来た最初の夜。キラのいない、最初の夜。
隣を見てもキラはいない。手を伸ばしても触れられない。明日の朝になっても起こしにいけない。アスラン、もう寝た? とそっと尋ねる
声もない。
淋しくて悲しくて切なくて、胸が潰れそうで。きっと明日の朝までに体も心もおかしくなって死んでしまうと思った。
けれど、朝が来てもアスランは普通に新たな一日を迎えた。
キラのいない新しい生活。キラのいない新しい環境。
淋しくて、恋しくて。
けれど、キラの顔を見れない日々にも慣れていった。声を聞けない日々に、慣れていった。いつか会える。キラは必ずいつかプラントに
来る。そう信じて、日々を消化していった。
だから、きっと今回も。
…本当に?
いつか必ず会える?
いつか、とは、いつ?
………会えるのか? 他ならぬ、この俺が。
「………ラクス……俺は…」
「ご安心下さいアスラン。悪いニュースばかりではありませんわ」
「…え?」
穏やかに微笑むラクスの表情。しかし、その優しい笑顔と語りかけられた内容に、逆に何か嫌な予感を感じた。
にっこりと、妖精の微笑みをうかべて。
「わたくしとあなたの結婚披露宴の日取りが正式に決まりました」
宣告する。
終わりを。
自由な時間の終焉を。
「………結婚…披露宴………………?」
「ええ」
「……………………結婚……………?」
誰と、誰が?
俺と、ラクスが?
周囲によって定められた婚約者は、得体の知れない優しい微笑を浮かべ、しっかりと頷いた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
ラクス、黒入ってます。
かなり黒入ってます。
…黒ラクス好きですね。ふふふふふ。