++「SHADE AND DARKNESS」9−1++

SHADE AND DARKNESS

nine
「水の証」
(1)











 からっぽの笑顔。
 だが、それを見抜けるのは、イザーク達三人と、ラクスだけだろう。

 誰もが前途を祝す、コーディネイターの未来の希望。その象徴として、自分の立場を意識した、完璧なポーカーフェイス。
 ザラ議長が満足するだけのカリスマ性をもって。クライン前議長が安心するだけの愛情をもって。
 そしてそれは、ラクスも同じ。


「アスラン・ザラとラクス・ザラ・クラインに、新たなる人類の先駆けとなる栄光を」

 親同士で取り決められた結婚という名の契約。そこには、歌姫であるラクスはクライン姓を引き続き名乗るという項目も盛り込まれていた。
 何を狙ってのことかは知らないし、今のアスランはもう、特に知りたいとも思わない。
 都合があるというのなら、勝手に決めればいい。結局、自分とラクスは形だけ入籍をしても、決して『夫婦』になるわけではないのだ。
 互いが看守であり、また囚人でもある。そんな関係でしかない。
 周囲が満足するような態度を取って、ひたすらに誤魔化す。

 未だキラを求める自分の心を、誤魔化し続ける。






 華やかな披露宴が行われている頃、キラを連れたヤマト夫妻は、セドリック医師に紹介された施設へと旅立った。家族三人だけで。



 終戦から、五年。
 アスランは二十一歳になった。そしてキラも、同じ歳になっているはず。
 …こうやって、何かあるごとにキラを連想してしまうことも、変わらない。
 自分の役職がエースパイロットからディセンベル代表議員兼国防委員長へと変わっても。

 そう、今やアスランは、かつての父の役職を完全に引き継ぐ形になっていた。

 ラクスは歌姫でありザラ国防委員長の良き妻として、全プラント国民の憧れの的。
 夫婦で出かければ、必ずロイヤルスマイルを見せてくれる。普段は壇上から厳しい表情ばかりのアスランも、この時ばかりは穏やかな 笑顔を見せてくれると、女性達がその関心を失うことはなかった。

 唯一この理想的夫婦に注文をつけるとすれば、そろそろ第三世代の顔が見たい、というただ一点だけ。






「ただいま帰りました」
 厳しいセキュリティをくぐって、牢獄たる我が家へ戻るアスラン。
「お帰りなさいませ、アスラン。すぐにリビングへいらして下さいな」
「え?」
 妻という名の看守であるラクスとは、普段家であまり話をすることはない。アスランは政務で疲れて帰宅する。まず部屋に荷物とコート を仕舞い、それから風呂と、食事がまだなら夕食を摂って、休む。その間にすれ違うことがあれば、簡単に言葉を交わすくらいだ。
 ラクスのほうからこんな風に声をかけてくるなんて、初めてかもしれない。
 …そういえば、来月の彼女のコンサートにゲストとして同行するんだった。ゲストといっても、基本的にVIP席で鑑賞して、一度目の アンコールの時に簡単にコメントを求められる程度のゲストだが。そのことで何か、打ち合わせが必要になったのだろうか。
 呼ばれるままリビングへ入る。広々としたフローリングのリビングには、壁面に大きなモニターと、それを鑑賞できるよう配置された ゲストテーブルとソファ。アスランの趣味でもラクスの好みでもないシャンデリアと、二人がそれぞれ授与された勲章やクリスタルカップ 等がずらりと並べられたアンティークの棚は、ザラ家の指定で配置されたものだ。
 そのゲストテーブルで、ラクスが待ち構えている。
「何か、急ぎの用事でも?」
「ええ。少しでも早いほうがよろしいかと思いまして」
 言いながらカタカタとキーボードを打ち、画面がテレビのニュースからラクスの使っているファイルの表示へと切り替わった。
 コートを脱いでソファの背にかけ、一人分の間を空けて隣に座る。
 パッ、と画面いっぱいに映し出されたのは。

「………っ!!」

 息を飲み、目を見開く。
 テーブルに手をついて、身を乗り出すように立ち上がってしまった。


 長く伸びた栗色の髪。
 淡い水色のワンピースと、つばの広い白い帽子。
 背後に広がるのは、色とりどりの花が咲き乱れた野原。

 輝くばかりの、笑顔。


「…先日、ご家族で地球にご旅行にいかれた時の写真だそうですわ」
 嬉しそうに説明しながら、ラクスは次の写真へ画面を切り換えた。

 両親と食事を楽しむ様子。
 高原ではしゃいで転んだ瞬間。
 それから、別の私服で鞄を持ち、正面を向いた写真。

「…今年から、ハイスクールへ通っているそうです」
「……ハイスクール?」
「ええ」
 五年前に三歳前後の状態だったことを考えれば、早過ぎる気もしたのだが。
「ずっと学校には行かずにいたのだそうですけれど、ハイスクールなら単位制ですから、二十一歳の生徒が在籍していてもおかしくはありません。 キラは十七、八歳くらいにまで、新しい人格が成熟しているそうですから、そろそろ社会復帰を考える時期ということでしょう」
「…新しい…人格…」
「生まれ変わった新しいキラ、と言い換えたほうが正しいかもしれません。今はもう、テレビでわたくし達の姿を見ても、何の反応も 示さないとか」
 ずき、と。
 普段は心の底に押し込めている想いが、痛んだ。

 目の前で、次々にキラの写真が表示されていく。
「後でアスランのファイルにもコピーしておきますわね」
「………ラクス…、一体」
「どこからこの写真を、とお尋ねになりたいのでしょう?」
 ラクスを責めるような声を出しながら、モニターから視線を少しも外そうとしないアスランに、小さく苦笑してしまう。
「セドリック先生から頂いたんですのよ。今日のお昼頃、メールが届いて。本当ならあなたのアドレスにお送りしたかったそうですけれど、 国防委員長であるあなたのところへ届くまでには、いろいろなチェックが入りますから。それでわたくしのほうに」
「……」
「キラはわたくし達のファンなのですって」
 え、と振り返ったアスランに、ラクスも手を止めた。
「………来月、あなたのいらっしゃるコンサートに、キラも来られるそうですわ」
 少し、複雑な微笑みを浮かべて。
「花束贈呈の抽選にも当たったそうですから」

 久しぶりに、言葉を交わすことができますわ。



 そう続けたラクスの言葉に、アスランは眩暈を覚えた。



 逢える。

 キラに逢える。


 ………………何も知らない、憶えていない、他人のキラに……。…それでも逢うことができる。





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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 ザフトの圧倒的勝利で戦争が終結していますから、恐らく五年もしたら地球に旅行できるくらいには落ち着いて… るといいな…。
 多分地球連合の力はすっごく抑え付けられてるはずですし、ひょっとしたら抑止力としてのジェネシス(すっげーヤな一文だ)は存在 しているかもしれないわけで。
 プラントの独立政権も完全に認められて、プラントはプラント、地球は地球、で、ナチュラルは戦争に負けたわけですから、それなりに 弱い立場に追い込まれてる…のかな?
 まあこのへんは話の筋的に出す必要ないのでカットしてますし、それをいいことに何も考えてませんが( ̄v ̄;;)
 そうは言っても、誰でも彼でもプラントから地球旅行に行けるわけではないでしょうから、やっぱり施設から申し込んで行ってきた のかな、とは思います。…多分。