++「SHADE AND DARKNESS」9−4++

SHADE AND DARKNESS

nine
「水の証」
(4)











 一歩下がったルナマリアに代わって、今度はメイリンが一歩進み出る。
「ラクス様、コンサート頑張って下さいね! 応援してます! あ、あの、この花束、ラクス様をイメージして自分で作ってみたんです」
「まあ、手作りですの? 素敵ですわ。ありがとうございます」
 中央に大きなピンクのチューリップが二輪。それをかすみ草とシロツメクサで包み、薄い不織布とパールピンクのリボンで結んだ花束だった。
「とっても可愛らしいですわ。…あら、ひょっとしてこのブローチも、ご自分で?」
「あっ、はい!!」
 ラクスに見つけてもらったのが嬉しいのだろう。ぱあっと顔を輝かせ、胸元につけたビーズの猫のブローチを指し示す。
「目のところに、ガーネットのパワーストーンを使ってみたんです。初めて自分で作ったアクセサリーで、私のお守りなんです」
「まあ…。思い出の詰まった品ですのね」
「はいっ!」
「今夜のコンサートも、メイリンさんの素晴らしい思い出のひとつになれるよう、頑張りますわね」
 にっこりと微笑んで、すっとメイリンの手を取るラクス。
「は、はいっ!! 楽しみにしてます!!」
 その手の感触を確かめるようにきゅっと握るメイリン。それから、さあ、とアイコンタクトされて、アスランが手を差し出す。
「いつも家内を応援してくれて、ありがとう」
「いっ、いえっ、そんな!! 私のほうこそ、いっつもラクス様の歌に元気付けられてますから! ありがとうございます!」
 顔を真っ赤にして、両手でアスランの手を握るメイリン。
「そうやって応援して下さる気持ちが、わたくしに力を下さるのですわ」
「どうかこれからも、よろしく」
「こ、こ、こちらこそ…!!」
 感極まって潤むメイリンの瞳。ラクスが二つの花束をそっと左手に抱え直してもまだ、時が止まったようにアスランを見つめ続けている。
「………さ、次のかた…ヤマトさん? どうぞ」
「あ、はいっ」
「! ごっ、ごめんなさいっ」
 マネージャーの言葉にはっと我に返ったメイリンは、アスランの手を握ったまま硬直していたことに気付き、慌ててルナマリアの隣に戻る。 代わりにキラがまだ緊張した様子で、一歩の距離を三歩使って進み出る。
「んも〜、何やってんのよあんたは」
「だぁってぇ…」
 後ろでヒソヒソと言い合うホーク姉妹のことは、一瞬でアスランの世界から消えた。

 はにかんだ笑顔で、顔を上げるキラ。
 間近にみる、ひどく懐かしい、けれど初めて見る表情。

「あ…あのっ、ラクス様の歌、本当に大好きです。いろんなイヤなことがあっても、ラクス様の歌を聴いたら全部忘れられて、すごく 暖かな気持ちになれるんです。これからもずっとずっと、歌い続けて下さい。応援してます」
 真剣に、思いを伝えようとする真っ直ぐな瞳。神聖なアメジストの輝きは、少しも変わっていない。
 胸がいっぱいになって、溢れてしまいそうになるのを必死で抑えるラクス。いつものように、他の二人へ向けたのと同じように、笑顔を キラに返した。
「ありがとうございます。わたくしの歌が、あなたの心を癒すことができているのであれば…、それは、とても嬉しいことですわ」
 他の二人と同じように、特別扱いにならないように。そう意識しなければ、つい親しく語りかけてしまいそう。そんなラクスの緊張が、 隣に立つアスランにだけは感じられた。
「わたくしの歌を聴いて下さっている時だけでも、辛いこと、苦しいことを忘れて、楽しんで下さいね」
「はい! ありがとうございます!!」
 ぱあっと輝く表情。差し出された花束を受け取り、そのままの流れで右手を差し出すと、キラは「し、失礼します」と言いながらおず おずと右手を重ねてきた。
 ラクスはその手を、きゅっと握った。もうMSのグリップを握る必要のない、年頃の少女らしい柔らかな感触。それを確かめ、心に刻み 付けるかのように。
 そのまま握っていたい衝動を抑え、そっと手を離すラクス。さあ、とアスランを促し、自分は半歩下がった。キラも雰囲気を察して、 アスランに向き直る。
「あの、ザラ国防委員長のご活躍、いつもテレビで見てます。素敵な街を造って下さって、ありがとうございました」
「―――……」

 ザラ、国防委員長。

 もう面と向かっては、ファーストネームで呼ばれることなど、ない。
 改めて突き付けられた現実に胸を刺される。

「ラクス様と、末永くお幸せになさって下さい。お二人は私の、理想のご夫婦なんです」
 嬉しそうに満面の笑みを見せるキラ。
 ああ、とアスランの顔にも笑顔が浮かぶ。
――――良かった…キラが、笑ってる………。

 五年の間蓄積し続けた罪悪感が、彼女のこの笑顔で全て洗い流された気がする。
 心からの、キラの幸せそうな笑顔。一体何年ぶりだろう。それを思い出すには、トリィを渡す少し前にまで記憶を遡らなくてはならない。
 今こうしてここにいる、記憶の中ではない同い年の生身のキラが、想像ではなく、笑っている。
 それだけで、救われた気がした。

「…ありがとう」
 にこりと微笑むと、キラは照れながら手を差し出してきた。
 その手を、そっと握る。
 暖かい体温。柔らかなキラの手の感触。絶対に、一生忘れはしない。
「………ヘブンズパレスが、君に…君達に長く愛される場所になるように、俺も努力を続けるよ」
「はい! こちらこそ、これからもお世話になります!」
 きらきらと、眩しいくらいの笑顔。
 こちらも微笑み返して、………これでキラとの触れ合いはおしまい。
 離し難い手を、それでも、自然な流れのように離した。
 隣からラクスの視線を感じる。そう、忘れてはいけない。自分達はこれが初対面。キラは一般市民で、こちらは政府の要人。距離感を 間違えてはいけない。
 キラの平穏な日常を、守るために。
 今度こそ、彼女の幸せを奪い、壊すことのないように。

「でもさ、一番にヘブンズパレスを出て行きそうなのってキラだよね〜」
 自分達のもとへ戻ってきたキラに、くすくすと悪戯っぽく囁くルナマリア。その声にはっと我に返り、アスランは同じ部屋の中にいる ホーク姉妹とラクスのマネージャーの存在を思い出した。
「あ、ホントだ。そういえばそうだよね」
「ラクス様とアスラン様のこと、一番のお手本にしたがるのも、やっぱ…ねぇ?」
 何やら含みのあるルナマリアの笑い顔に、キラは更に顔をぼんっと真っ赤にさせた。
「も、もうっ! やめてよ、ルナはすぐそれ言う!! からかい過ぎ!! 毎日みたいに言ってるじゃない!」
「そりゃあ、あたし達のグループではキラが唯一のフィアンセ持ちなんだから。そのくらいのことは覚悟してもらわなくちゃね」

 きゃっきゃっとはしゃぐ少女達の声が、一瞬にして遠ざかった。



 キラに…………………フィアンセ?
 婚約者?



「もうっ、そういうルナだって、シンとはどうなってるのよ!」
「あたしの話は今はいいじゃない。ほら、折角なんだから、お二人に新婚時代のお話とか伺って、参考にしたら?」
「あっ、それ私もお聞きした〜い! お姉ちゃん、たまにはいいこと言うね」
「ちょっと、たまにはって何よ。たまにはって」
「コホン! よろしいかしら。皆さん、こちらの席へおかけになって。ラクス様、ご主人様、どうぞ」
 マネージャーに席を進められ、はっと我に返るアスラン。
 思わずラクスに問うような視線を送るが、彼女も一瞬だけ当惑した瞳を見せたものの、すぐにいつものロイヤルスマイルでにこりと 微笑んだ。
「…」
 ぎこちなく微笑みを返す。キラ達には、夫婦が仲睦まじく微笑み合うように見えただろう。
 ラクスのために椅子を引いてやって、彼女を座らせる。それから自分が席につくと、マネージャーが紅茶と茶菓子を運んできた。
 花束の贈呈が終わり、茶話会に移ったのだ。

 皆に紅茶が行き渡ると、ラクスがカップを持ち上げた。
「それでは、今日の素敵な出会いに、乾杯」
 優雅に音頭を取るラクスに、少女達もカップを持ち上げる。
 アスランもそれに合わせながら、どうしても視線がキラに集中してしまう。

 婚約とは、一体どういう事なのだ。そんな話までは聞いていない。
 …いや、確かに自分に知る権利はないのだ。本来ならこうして直に顔を見ることができただけで、感謝しなければならない。
 でも、とどうしても思ってしまう。
 キラの隣に立つのは、一体どんな男なのか、どうしても知りたい。いや、誰であろうと許せない。本当なら自分がキラの隣にいるはず だったのに、それを横からさらっていくなんて。あんなことにさえ、あの時自分が誤解したまま動いたりしなければ、キラが心を失うことも なく、平和になった世界で二人、穏やかに暮らしていたはずなのに。

「ハロハロッ、アッスラーン! オマエ、ゲンキカ〜??」
 ぴょんぴょんとテーブルの上を跳ねるピンクハロに、また現実へと引き戻される。
 いけない、と小さく息をつく。
 動揺している。
 油断していると、すぐに思考の底へ沈んでしまいそうだ。
「これ、ピンクちゃん。お茶をいただいている時にテーブルの上を跳ねてはいけませんわよ」
「ハロ!」
 両手でハロを受けとめて叱るラクスの仕草に、少女達は可愛いと声を揃えた。そして、普段家の中でもハロは跳ねているのかとか、 ラクスが身に付けている服やアクセサリーの話、歌のことなどに盛り上がる。


 そうだ。
 キラの人生にはもう干渉できない、それはとっくに思い知らされていたはずのこと。
 だからこそこの五年、ラクスと互いを監視しながら、キラのいない世界に耐えて来た。
 これが最後なら、どこの誰とも知らない婚約者に嫉妬をしている暇などない。

 彼女の笑顔を、声を、この心に刻み付けること。
 それが、この先の長い人生の糧になる。





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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 ええと、穏やかなようでいてその実キラへの想い(悪く言えば執着心)は全然おさまっていないようでザラ国防 委員長殿。
 どーにもこーにも、どうにかしてキラを取り戻そうとなされてしまうので、婚約者の存在が必要になりました。
 彼氏じゃなくて、婚約者。恋人だと奪おうとしやがるんですよこの人(汗)
 で、その相手もヘタな男だと「キラには相応しくない!」とか火に油なので…。どう逆立ちしてもかなわない、とアスランがショックを 受けるようなインパクトの強い方にご登場頂くことになりました。
 次回あたりで舞台に上がってもらうことになりそうです。