農業情報研究所


EU:フィシュラー委員、野心的CAP改革案、実現の見通しは闇

農業情報研究所(WAPIC)

02.6.26

 欧州委員会は1999年に改革された共通農業政策(CAP)の中間見直し案を7月10日までに提出しなければならない(参照:EU:欧州右傾化・米国保護主義でCAP改革に暗雲,02.5.30)。そのために欧州委員会内部で討議に付されるフィシュラー農業担当委員の草案について25日付けのFinancial Times紙が報じている(Fischler's bluprint for Europe's agriculture takes bull by the horns,Financial Times,6.25,p.4)。委員の立場は既に知られたことではあるが、改革をめぐる対立が深まる現状を考えると、その内容は、同紙が言うように、まさしく誰をも驚かすような「野心」に満ちたものである。

 この案によれば、農業者に対する直接援助(補助金)は生産との関連を断たれる。保有する家畜の頭数あるいは耕作する面積に応じて支払われている現在のこの援助は、最近数年間に農業者が受け取った額を基準とする支払いに換えられる。しかも、これらの支払いは、環境・動物福祉・食料品質に関する基準と一層緊密に関連づけられる。

 支払いは6年ないしは7年をかけて20%漸減させ、その分をより広範な農村開発措置に振り向ける。個別農場への年間の支払い額に30万ユーロの上限を設ける。これは、1999年改革の際に左翼政権時代のフランスが提案していた「漸減性」の考え方に沿うもので、とりわけ旧東ドイツの大規模経営を直撃する。

 このような改革が実現すれば、目下のWTO農業交渉において、新農業法によりまったく逆方向に歩み出した米国に対する強い圧力となる。しかし、これは国際的農業交渉におけるEUの立場を強めるためだけのものではない。一つには、2004年には中東欧8ヶ国とキプロス・マルタの10ヶ国をEUのメンバーに迎え入れねばならない(EU拡大)という状況がある。

 2004年までに新たな加盟国を迎え入れるためには、加盟交渉は今年末までに終えねばならない。この交渉における最大の焦点の一つが、新たな加盟国の農民に対する直接援助をどうするのかということである。2006年までの予算枠を定めた1999年の改革は、新たな加盟国の農民への直接援助を想定していない。この直接援助は保障価格引き下げに伴なう損失を補償するためのものであるから、それは当然のことのようではある。その上、ドイツは1999年に合意した予算枠の変更は絶対に認めない。しかし、新規加盟国といえども、同じEUの一員である以上、既加盟国農民が受け取る援助から排除されるのは納得のいく話ではない。欧州委員会は、現行の予算枠を維持するという拘束の中で、新規加盟国農民への直接援助を2004年には現行制度による受取額の25%とし、この比率を段階的に高め、2013年には満額支払うという妥協案を提案している。しかし、ドイツにしてみれば、これは将来の予算枠の拡大がないことを保障するものではない。従って、新規加盟国農民への直接援助の決定を現行制度の抜本的改革に関連づけようとしてきた。ドイツの妥協を導くためには、今回の中間見直しが2006年以降のCAPの抜本的改革を予想させるものでなければならないであろう。

 同時に、このような改革は、農業政策に対する欧州市民の反発を和らげ、支持を獲得するためにも要請されている。最近の世論調査(Eurobarometer57.0 Euroepans and the Common Agriccultural Policy 2001-2002)によれば、60%のEU市民が生産援助から農業者・農村地域直接援助へのシフトを "very good"または "fairly good"と答えている。また、大部分の市民は、食品の健全性と安全性(90%)・環境尊重(88%)・中小農民の保護(81%)・消費者の期待への生産の適応の支援(80%)を農業政策の優先事項とすべきだと考えている。

 しかし、このような改革の実現の見通しは相当に厳しい。改革をめぐる前哨戦が既に始まっている。ドイツ・イギリス・オランダ・スウェーデン政府は、各々思惑は違っても、改革を強く支持している。中小農民の諸団体も改革を後押しする。しかし、612日には、欧州議会の本拠であるストラスブールに15,000(主催者発表)の農業者が結集、現行CAPの改変反対を訴えて激しいデモを展開した。この中には、加盟後も現行制度による援助を強硬に主張しているポーランド等、加盟候補国から参集した農業者も含まれている。フランス新政権は、このような農業者支持の姿勢をいち早く打ち出している。米国新農業法と継続する穀物価格の下落がこのような動きに拍車をかけている(フランス:政府交代で農政逆戻りの兆しー「モジュレーション」停止,02.5.25)。緑の党のキュナーストを農業消費者保護相に据えたドイツ左派政権も、9月の総選挙では別の路線が予想される右中道政権に取って代わられる可能性がある。

 国際情勢(WTO、拡大)は改革を不可避にしているようにみえる。市民も圧倒的に改革を支持するであろう。それにもかかわらず、CAPの将来のビジョンは混乱したままである。それは、EU拡大という至上命題にまで影響を及ぼしつつある。

 617日の外相会議では、拡大後の農業者直接援助の問題について独仏の妥協が成立したかに見えたが、最終決定をドイツの選挙後の11月に先延ばしするという玉虫色の妥協の化けの皮はすぐにはがれた。22日からのセルビアでのEUサミットの後、ドイツのシュレーダー首相は、(最終決定の)日付には合意していないと語る。新たな加盟国の農業者援助の方法が定まらないのでは、加盟交渉も完結しようがない。拡大の日程表が狂いかねない状態となっている。

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