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アイルランド:農民、危機対策を要求、ニース条約批准にも影響

農業情報研究所(WAPIC)

02.9.6

 価格低下と今夏の悪天候による収穫減少で苦境に曝されたアイルランド農民の不満が増幅、来月に予定されているEUの新基本条約(「ニース条約」)を批准するための国民投票の結果にも影響を与えかねない状況になってきた。

 9月3日、アイルランド農民協会(IFA)は、農産物価格低下と今夏の悪天候によるコスト増加のために、今年の農業所得は実質20%の低下が予想され、1万5千の家族農場の存続が危ぶまれるとして、農業所得救援と危機対応の一括措置を政府に要求した(IFA:DILLON WARNS VIABILITY OF 15,000 FARM FAMILIES AT RISK IN FARM INCOME CRISIS AS IFA DEMANDS GOVERNMENT RESPONSE,0293)。これらの措置には、酪農品や牛肉の輸出に対するEUの支援、狂牛病のために閉ざされたエジプトやサウジアラビアの牛肉主要市場再開に向けての政治的行動、EUの諸補助金(条件不利地域援助、農業環境政策補助金、耕種作物補償援助など)の支払の前倒しや改善が含まれる。悪天候による深刻な損害をこうむった農民への救済措置の導入、IFAがかねて実行困難と指摘してきた羊の識別・追跡システムの見直し、EUの硝酸塩指令の実施に関する交渉、共通農業政策見直しにおけるアイルランド農民の利益の防衛なども要求している。

 さらに、来月に迫った「ニース条約」批准国民投票で、IFAは賛成投票を決めているが、これらの要求に政府が応えなければ農民が反対投票に流れるであろうと脅かしている。ニース条約は東欧諸国などへのEU拡大に備えてEU機構の改革などを定めるもので、2001年2月に採択されたが、同年6月のアイルランド国民投票が批准を拒否したために発効が遅れている。今年末を期限とする拡大交渉の完結のためには、再投票によるアイルランドの批准が不可欠である。IFAは「農民は、政府の政策と農業危機への政府の対応の程度に判定を下す機会として国民投票を利用するだろう」と言う。

 共通農業政策の見直しをめぐるEU諸国の対立は、「拡大」という現在のEUの最重要課題の前に立ちはだかる最大の障害の一つになっている(EU:フィシュラー委員、野心的CAP改革案、実現の見通しは闇,02.6.26)。アイルランドの農業危機はこの障害を一層高めることになる。しかし、農業危機への政府の有効な対抗手段は限られている。この危機は、地球規模の気候変動との関連が疑われる激烈化し・頻繁化する「異常気象」やますますグローバル化・自由化・規制緩和が進む農業市場がもたらす一つの結果にほかならないからである。

 気候変動と異常気象の頻繁化・激烈化に対する組織化された対応手段は、未だどこの国でも未整備である。中東欧を襲った大洪水への対応ぶりがそれを象徴している。100年に一度の災害の「状態化」に備えた防災・救援制度など、どこも本気で考えてこなかったし、そのような制度が簡単に実現するはずもない。他方、グローバル化は、今や止めようのない勢いを得ている。

 先週末土曜日、400人の農民がイギリスからの安価な小麦の陸揚げを阻止しようと輸入港に押しかけ、成功した。輸入業者との間で、この小麦の無期限貯蔵が協定された(IFA:IFA SECURES AGREEMENT THAT IMPORTED WHEAT WILL REMAIN IN STORE AND NOT DISTORT MARKET FOR IRISH GROWERS,02.9.1)。しかし、すぐに競争当局が、この協定をカルテル行為の疑いで調査を始めている(Storming of grain ship sparks IFA cartel probe,The Irish Independent,9.4)。しかも、小麦価格の低落の原因はイギリスからの輸入にあるだけではない。IFAは、昨年、バルカン諸国からの小麦関税を廃止するEUの決定に空しい抗議を行なった。今冬は、東欧や旧ソ連圏諸国からの安価な小麦がEU市場になだれ込んだ。これはEUレベルの問題であるが、多少なりとも問題を緩和するであろうEU関税制度改訂に関するWTO交渉では、米国等が強力に反対している(EU:穀物輸入関税制度変更交渉を提案、米国が反発,02.7.3)。

 出口は簡単には見つからないであろう。これはアイルランドやEUだけの問題ではない。

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