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フランス:「草奨励金」に代えて「放牧奨励金」を導入へ

農業情報研究所(WAPIC)

02.12.7

 12月5日、フランス農業・食料・漁業・農村問題省は、2003年3月をもって廃止される「粗放的養畜システム維持奨励金(PMSEE、俗に「草奨励金」と呼ばれる)に代えて、「農業環境放牧奨励金(PHAE)」を導入すると発表した(Hervé Gaymard présente la Prime Herbagère Agro-Environnementale,12.5)。

 PMSEEは、1992年のEU共通農業政策(CAP)改革により導入された農業環境政策をフランスが適用した制度である。1993年に導入され、フランス農業環境政策の中心手段をなしてきた。5年を期限とするこの制度は1988年に満期を迎え、EUの欧州委員会は、この制度の環境効果は疑問として廃止を求めた。しかし、フランス政府は、援助条件に若干の修正を加えることで、この制度の5年間の延長を勝ち取っていた。その期限が切れるのである。

 現在の制度の下では、この奨励金は、5年間にわたり次のことを約束する農業者に与えられる。

 ・飼養密度が飼料用地1ha当り1.4大家畜単位(UGB、注)を上回らないこと。

 ・草地への専門化の率が利用農地面積の75%以上であること。

 ・草地面積、及び自然草地面積を減少させず、同一農地片での一時草地は3年間、同一農地片の自然草地は5年間維持すること。

 ・鉱物窒素の面積当り投入量が定められた上限を超えず、生垣・水路・水源を維持すること。

 (注)2歳以上の牛=1UGB、6ヵ月以上2歳未満の牛=0.6UGB、6ヵ月以上の馬=1UGB、母羊(母山羊)=0.15UGBとして計算。

 奨励金額は、飼養密度がha当り0.6-1.4UGBの場合にha当り300フランとし、飼養密度が0.6未満の場合には300フランに飼養密度を乗じた額を加算。1経営当りの援助上限は3万フランとされている。

 現在のこの援助の受給者は7万にのぼる。

 この制度は、特に中央山塊などの山村地域の草地の維持や、放棄地の草地への回復に貢献、とりわけ景観の維持を可能にしたと評価されている。また、特に肉用繁殖母牛経営の維持・発展を通じて、山村地域経済にも大きな役割を演じていると評価されている。この制度の維持が多くの関係者から要請されていた。

 新たな制度は、この要請に応えたものである。その詳細はなお不明であるが、農業者には、乾燥地域の高地放牧場と草地に宛てた「粗放的に管理される開放的空間の維持」と、その他の放牧地域の農業者に宛てた「飼料作または放牧による草地の粗放的管理」の二つのタイプの措置が提示される。奨励金額は2002年の「草奨励金」に比べて70%増え、全国平均でha当り68ユーロ(約8,000円)となる。このために国家予算1億3,500万ユーロが当てられ、同額予算をEUにも求める。援助受給者は6万人以上にするという。従来の援助受給者と最近自立した青年農業者が措置の対象となる。

 援助受給者は減るが、他の農業環境措置や費用が余りに高すぎるとしてCTEにとって代えられる「持続的農業契約(CAD)」(参照:フランス:CTE改め、CAD(持続的農業契約)へ,02.12.2)の経済関係部分の契約ができる。農業者のなかには、PMSEEの廃止をにらみ、既にCTEへの移行への動きが現れていた(Audit CTE)。

 このような変化がどのような影響を生むかについては、制度の詳細が不明な現在、予想できない。ただ、従来のPMSEEについて指摘されていた様々な問題が増幅される可能性があるのか、ないのか、その点に注意して今後を見守りたい。PMSEEが山村地域の美しい景観の維持に貢献し、また場所によっては集約的畜産・耕作から粗放的畜産への転換を促し、環境保全に貢献したことも確かである(Laurence Ulmann,La prime a l'herbe,une aide a l'agriculture multifonctionelle?=草奨励金、多機能的農業への援助?,Universite Balaise Pascal,Clermont-Ferant)。しかし、奨励金を受け取るために進められた面積規模拡大の動きが、短期的には農地面積の維持をもたらしたとしても、この拡大(それはPMSEEだけが促進したものではなく、PMSEEはこれを促す政策全体のごく一部をなすにすぎないが)は、長期的には新たな農業者の自立を犠牲にし、農業人口更新と農村社会の維持にマイナスの影響を与えたという側面も指摘されている。規模拡大による労働量の増大のために空間維持工事が機械化されt、環境悪化を招いている例もあれば、また従来の耕作地を犠牲にした過度の専門化が、景観と生物の多様性や地域社会の食料自給を損なう結果になっているという指摘もある。

 このようなPMSEEの維持のために、高い財政費用を要するCTE(それは、実態はともかく、建前は農業の多面的機能の維持と発展を正面から追求する制度である)を後退させる姿勢から考えると、このようなマイナス面が一層増幅される可能性もあるのではないかと恐れる。CTEは、農業を、専ら経済・生産機能を担う「生産性至上主義」ともいわれる農業と、専ら社会的・環境的機能を果たす小規模農業、あるいは条件不利地域農業に二重化する路線を否定し、農業全体を経済的・社会的(雇用の維持と拡大)・環境的機能を果たすように再編成する目的をもっていた。もし、それを貫こうとするならば、PMSEEは、一部の農業者が既に移行を考えていたように、むしろCTEに統合されるべきものであったであろう。CTEを後退させ、農業環境政策を強調することは、「二重化」路線への逆戻りを意味する。

 ちなみに、新たなPHAEに対する主流農民組合・FNSEAと対抗組合・農民同盟(CP)の評価は対照的である。FNSEAは、奨励金の70%の引き上げと、すべての畜産農家のCADへの応募の可能性を与えたことは、広大な国土のサバイバルを確保し、生産物の品質、国土整備、景観維持に関する社会の期待に応える養畜農民を勇気づけると称賛する(Un encouragement pour les éleveurs en systèmes herbagers,12.5)。他方、CPは、生産物の品質改善、国土整備、環境保護、景観維持に配慮して草地による養畜方式を促進するという言説にもかかわらず、大臣が告げるところでは、PHAE受給者数はPMSEE受給者数より少しも多くはなく、既存契約者と最近自立した青年農業者に限られているし、1経営がPHAEとCADの両方の援助を受けることができるとすれば、援助の上限は事実上存在せず、規模拡大を刺激する上に、国土全体の様々な受益者間の不平等な待遇につながると批判する。CPは、これは基本的には規模拡大を推進するものであり、この性格を弱め、小規模養畜農家を支えるために、奨励金引き上げは一定の上限内の面積のみを対象とすべきだと要求している(Une PHAE pour tous,12.6)。

 関連情報
 フランス中央山塊印象記ー日本との比較でー,02.11.6