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アイルランド農民は不信ーCAP改革とWTO農業交渉への反応

農業情報研究所(WAPIC)

03.2.13

 共通農業政策(CAP)の「中間見直し」に伴うCAP改革案の経済的影響について、フィシュラー農業担当委員は、独立機関に委託した評価の結果等に基づき、改革は市場バランスを大きく改善し、全体的な農業所得にプラスの影響を与えるあろうと主張している。この評価は、特に家畜部門における直接支払のデカップリングの実施は生産システム粗放化を促がすことで牛肉と羊肉の生産の減少と市場価格の上昇を生み出し、家畜農民の所得にプラスの影響を与だろうと言う(欧州委員会、CAP改革案を提案.03.1.23(1.24追記);EU共通農業政策改革案に関する欧州委員会メモランダム(その1),03.2.6)。

 しかし、これを信用するアイルランド農民は少ないようだ。300の農民へのアンケートによると、大部分は、改革案とWTO農業交渉提案により小農民の離農が余儀なくされ、南米、オーストラリア、ニュージーランドなどのEU域外諸国からの牛肉・羊肉・乳製品の輸入が急増、所得押し下げ圧力が一層強まることを恐れている。

 彼らの指摘では、現在の1ポンド当り83£の関税の下で、既に6万トンの南米牛肉が輸入されている。EUのWTO農業交渉提案(EU:欧州委員会、WTO農業交渉に向けて提案,02.12.19)により、これが36%カットされてポンド当り53%になれば、輸入が急増すると見るのが当然である。また、域外諸国のバター、チーズ、粉乳もガロン相当70£でEU市場に参入、EU価格を世界市場価格のレベルに押し下げるだろうと言う。全体として、調査された農民の63%が、委員会提案により所得が増加するとは考えていない。CAP改革とWTO提案で所得が増加すると予想するのは22%だけである。

 しかし、デカップリングについては、農民の意見は混乱しているようである。直接援助を生産と切り離し、単一農場支払を導入することには48%が賛成する一方、反対者も38%に達する。直接援助を減額調整し(モジュレーション)、その分を農村開発・農業環境措置に振り向けることには回答者の58%が賛同していない。賛同するのは28%だけである。

 CAP改革案については、その他、

 −繁殖用(授乳)母牛(サックラー・カウ)をもつ牛肉農家の55%は子牛価格が低下すると見ているが、47%が頭数は減らさないと解答している、

 −酪農民の3分の2は、提案が実施されれば、牛乳生産では生き残れないと見ている、

 −穀作農民の55%は、部分的補償しか伴わないさらなる5%の保証価格切り下げにより、生き残れないと見ている、

などの結果となっている。

 アイルランドは、フランスと共に、EUのWTO農業交渉提案の承認に最後まで抵抗した。CAP改革には強硬な反対の姿勢を貫いている。WTO農業交渉を委任された欧州委員会は、ここにも容易な譲歩ができない理由を抱えている。アイルランドは小国とはいえ、EU拡大の前提となるニース条約批准を拒み、拡大交渉を危機的状況に追い込んだ実績がある。他方、欧州委員会はWTO交渉をCAP改革のための外圧として利用するであろう。農業交渉におけるモダリティ決定は、昨日から始まった東京会合で大詰めを迎えている。しかし、EU内の調整はこれからが本番である。

 関連情報
 
WTO農業交渉モダリティ第一次案への最初の反応ーフランス、ノルウェー,03.2.14

 資料
 
Irish Farmers Journal,03.2.15