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欧州委員会、CAP改革案を提案

農業情報研究所(WAPIC)

03.1.23

 1月22日、欧州委員会は、「農業者に対して持続可能な農業の長期的展望を与えるための農業改革」案1を採択した。提案は、昨年7月に出されたアジェンダ2000の枠内で改革された共通農業政策(CAP⇒アジェンダ2000のCAP改革)の「中間見直し案」の最終バージョンをなすもので、7月案に一定の修正を加えるとともに、改革の細部も明らかにしている。

提案の背景と狙い

 中間見直しは、2000年から2006年まで適用されるアジェンダ2000改革CAPの採択(1999年ベルリン・サミット)に際し、この期間の中間時点で、その後の市場の状況の変化に照らして政策を調整するとされたことに対応するものであり、一般的には、CAPの抜本的改革を意図するものとは考えられていなかった。しかし、欧州委員会は、差し迫ったWTO農業交渉とEU拡大に対応するためには、抜本的改革への道筋を早期に見出すことが不可欠と判断、「中間見直し」をそのための機会ととらえた。事実、7月案は「微調整」の域を超えた改革を提案したものとなった。これは、巨額のCAP支出(420億ユーロ)の大半をなす農業者直接支払いの最大の受益国であるフランスを始め、スペイン、アイルランドなどの激しい反発を招き、ドイツ、イギリスを中軸とする改革推進派との激突を生み出した。それは、EU拡大の見通しまで危うくする危機的状況に発展、フランスは、昨年秋、2007-2013年の市場関連支出と直接支払の年々の支出を1999年ベルリン合意による2006年のレベルから減らさないという独仏合意を勝ち取った(CAP財政で独仏が合意、遠のく改革,02.10.25欧州理事会(EUサミット)、CAP予算枠で合意,02.10.29)。続くブリュッセル・サミットがこの合意に基づく将来の財政フレームワークを承認、これにより、拡大の危機は回避できたが、CAP改革に制約が課されることになったのである。

 しかし、現在のEU対外政策の最優先事項の一つは、WTOドーハラウンドを成功に導くことである。その最大の障害の一つが、米・豪のみならず、大多数の途上国から集中砲火を浴びている現行CAPであり、このままでは農業交渉だけでなく、ドーハラウンドの瓦解の恐れさえある。そうなれば、EUの世界政治における影響力は地に落ち、貿易自由化がEUにもたらす(と欧州委員会が信じる)巨大な経済的利益も失うことになる。それを回避するために、欧州委員会は、昨年末、輸入関税の平均36%引き下げ、輸出補助金の45%削減、貿易歪曲的国内農業助成の55%削減、後発(最貧)途上国からのすべての輸出農産物の無税・無割当のアクセス、途上国からの輸入品の少なくとも50%についてのゼロ関税アクセスなどを内容とする農業交渉に向けての提案を行なった(EU:欧州委員会、WTO農業交渉に向けて提案,02.12.19)。しかし、その実現のためには、独仏合意による財政フレームワークの制約を乗り越え、中間見直し案の基本線を堅持せねばならない。欧州委員会の今回の提案は、実際、それを貫こうとするものである2

 欧州委員会は、今回の発表で、改革の根本的性格を「中間見直し」という言葉で濁すことさえ止めた。この発表に際し、フランツ・フィシュラー農業担当委員は、この提案について次のようにコメントしている。

 「この改革には、農業補助金をEUの農業者、消費者、納税者に納得させるという一つの目標がある。我々は改革を必要としており、今決定する必要がある。我々の計画は、農業者に対し、先々を計画するための明確な展望を与える。さらに、彼らは、助成を受けるために損失を出してまで生産することを強要されることもなくなるであろう。彼らは市場で所得を最大限にする機会をもつことになろう。諸研究3が農業所得は改革により改善されることを示している。待機と注視のアプローチは農業者の利益を損なうことになろう。それは農業政策と社会の期待との間のギャップを拡大するであろう。社会は、農業者が人々の望むものー安全な食品、動物福祉、健全な環境ーを与えるならば、農業を助成する用意ができている。農業者は、EUの環境・食品安全・動物福祉基準への適応を助け、高品質の食品と伝統的生産物を促進するための新たなEUの助成を当てにできる。ブリュッセル・サミットにおける首脳の決定の結果として、我々は、大規模農業者への直接支払いの減額により、支出を節約する必要がある」。「結果として、我々は農村開発の強化に向けてシフトさせることのできる支出を減らすことになる。それは第一段階である。私は、加盟国がブリュッセル・サミットでの約束を果たし、次の財政期間には農村開発への助成を一層増やすものと信じる。新たな単一農業支払は国際貿易を歪曲せず、途上国を傷つけることもない。これはWTOにおけるEUの交渉力を最大限にし、ヨーロッパ農業モデルの防衛を助ける」。

改革の中心的要素

 改革の中心的狙いは、補助金と生産との関連を断つ(デカップル)ことである。改革案の詳細については別に紹介することとし、ここでは中心的要素を掲げておく。

A.デカップリング

 ・生産に対して中立的な、広範な部門をカバーする単一農場支払。農業者は、2000-2002年を基準期間とする耕種作物、牛肉・子牛肉、牛乳・乳製品、羊・山羊、スターチ・ポテト、穀粒マメ科植物、コメ、種子、乾し草に対する支払をカバーする基準額に基づく面積当りの単一農場支払を受け取る。(家畜頭数支払は廃止)

 ・この支払は受給権移転を容易にするために、複数の受給権に分割され、各受給権は基準額をこれを生じさせる面積で割って計算される。

 ・受給権は同一加盟国内で移転させることができる。

 なお、昨年7月の中間見直し案(当初案)では、モジュレーションとその免除を適用した上での一農場への支払額上限を30万ユーロとするとしていが、今回の案では上限については何も定めていない

B.クロス・コンプライアンス

 ・単一農場支払を受け取るためには、農業者は土地を良好な農業条件に維持しなければならない。

 ・それがなされない場合、援助は減額されるか、廃止される。

 ・農業者は食品安全、動物福祉、環境保護、安全な労働条件のEU基準を満たさねばならない。

 ・15,000ユーロ以上の援助を受け取る農業者、または100,000ユーロ以上の売上を持つ農業者は、農場監査に服さねばならない。

C.援助の強制減額調整(モジュレーション)と漸減

 ・直接援助は2006年から2012年までの間に削減される。

 ・最初の5,000ユーロまでは削減されない。

 ・モジュレーションで浮いた分は、農地面積・雇用・経済的必要性に基づき配分される農村開発に使われる。

 ・5,000−50,000ユーロの援助を受け取る農業者については、モジュレーションは2007年に1%から始めて、2012年には6.5%。

 ・50,000ユーロ以上の援助を受け取る農業者については、2007年に2%から始めて、2012年には13%に。

 D.農村開発措置

 ・食品品質改善計画のために、5年間にわたる年1,500ユーロまでの奨励金導入。

 ・新たな環境・食品安全・動物福祉・労働安全ルールに適応するのを助けるために、5年間にわたる年10,000ユーロまでの援助。

 ・動物福祉計画のための家畜飼育場当り500ユーロの追加援助。

 ・農場監査のために年1,500ユーロまでの支払が利用できる。

 なお、当初案では、支出の農場直接支払から農村開発措置へのシフトにより、支出の20%までを後者に当てることが目指されていたが、フィシュラー委員が指摘しているようにこの目標は当面後退を余儀なくされた。6%が農村開発措置に当てられるにすぎず、しかも、このシフトの開始時期は、当初案における2004年から2006年に遅らされた。さらに、農村開発措置のなかでも最優先されていた農業環境措置の優先順位も下げられている

E.市場制度の変更

a.酪農

 ・牛乳割当制度は2014/15年まで継続。

 ・改革はアジェンダ2000を1年前倒し、2004/05年から開始。

 ・バター介入価格は2004/05年と2008/09年の間に35%切り下げ。

 ・脱脂粉乳介入価格は、同期間に17.5%切り下げ。

 ・バターの買入れ介入の上限は年3万トンとし、それ以上については入札システムを導入。

 ・牛乳割当は、2007/08年、2008/09年に1%ずつ、計2%拡大。

 ・単一農場支払に合体され、1999年割当レベルに基づく追加補償。

b.その他耕種作物

 ・穀物/油料種子介入価格の2004/05年からの95.35ユーロ/トンへのさらに5%のカット。これに伴ない、単一農場支払に合体された面積当り援助を63ユーロ/トンから66ユーロ/トンに増額。

 ・義務的セット・アサイド(休耕)は、輪作に組み込まれない(休耕対象地を固定する)形で、10%とする(有機農業は免除)。

 ・支持価格の月次増額制度は廃止。

 ・バイオ燃料作物について、150万haまで、45ユーロ/haの特別援助。

 なお、提案全体を通して、途上国の農業生産と食糧自給に悪影響を与えると内外の批判が強い輸出補助金については、何も触れていない

改革案の影響評価と提案への反響

 フランスやアイルランドを先頭とする反対派グループは、このような生産補助の削減はEU農業の競争力の低下とさらなる後退・所得低迷につながると、かねて強く抵抗してきた。これに対して、フィシュラー委員は、中間見直し案の発表以来、ヨーロッパ社会内部や国際的な情勢は改革を不可避の要請としており、改革は決してEU農民の不利益となるものではなく、その存続と発展は改革にかかっていると勢力的な説得活動に明け暮れてきた。そして、15日には、デカップリングは生産調整を必要とする場合はあるが、生産放棄には必ずしも結びつくわけではない、改革は市場バランスを大きく改善しする一方、農村開発援助へのシフトは市場への影響は少ないから、全体的な農業所得にプラスの影響を与えるであろうという先に述べた評価報告を発表することになった。これらの報告は、既にデカップリングがある程度進んだ耕種作物部門への影響は小さいが、とりわけ牛肉部門での所得増加を強調するものであった。 しかし、これで反対派グループの説得ができたわけではない。

 改革案が発表されるや否や、EUレベルの最大の農業者運動団体・COPA・COGECAは、これがEUではなく、その主要貿易相手を利するものだと反対する声明を出した4)。それは、欧州委員会は、一方ではWTOで「ブルー・ボックス」国内助成を防衛すると言いながら、この提案では援助を生産からデカップルすると「ブルー・ボックス」を排除する矛盾を犯しており、この矛盾はWTOでのEUの立場を一層弱めると批判する。さらに、EU拡大交渉では、既存のCAPを前提に交渉を完成させながら、いまや新規加盟国抜きにそのCAPを改変しようとしているのもおかしなことであり、そもそも1999年のベルリン・サミットでは、アジェンダ2000のCAPは2006年まで実施するとはっきり決めたのだから、このタイムテーブルの変更には正当な理由がないと言う。このような批判は、とりわけフランス政府が強調するところでもあるし(フランス農相、CAP大改革に反対を再確認,03.1.9)、アイルランドでも同様な批判が高まっている。

 アイルランドでは、今年1月10日からの一週間、農業所得低迷に怒り心頭に達した農民が、全州からトラクタでダブリンに向かう一大抗議行動を展開したばかりである。その重要な要求の一つは、CAPの改善を通じて所得低迷の元凶である価格低迷を打ち破ることであった。抗議行動を主導したアイルランド農民協会(IFA)は、このとき、1995年以来、牛の価格は22%、牛乳価格は9%、豚肉価格は10%、穀物価格は30%も下落した(それにもかかわらず、消費者が食品に払う価格は、CAP改革が始まった1992年以来、38%増加した)が、これはCAP改革とアジェンダ2000に帰せられると言い、農業省に対して、来るべきWTOとCAP改革に関する交渉でアイルランド農業を強力に防衛するように要求した5。農業省は、CAP改革案の影響の評価研究を米国の研究機関・FARRIに委託していたが、20日に発表されたその結果によれば、アイルランドの農業所得は、価格上昇とコスト削減」により、2010年までに11%上昇するが、農業と加工部門の雇用は5%減り、特に5,000人を雇用する牛肉加工産業の雇用は25%失われる。これはIFAの改革反対の立場を一層強固にした。改革案が発表されると、IFAは、早速、全力をあげての改革反対を農業省に求めた。農業省もこれを無視することはできないであろう(1.24追記:23日、来週月曜日にブリュッセルで始まるEU閣僚理事会を前に主要農業団体と会合した農相は、欧州委員会の提案する改革はアイルランド農業の全容を変える可能性があり、「提案の深刻な影響について農業団体が表明した懸念を評価し、共有する」として、「今後数ヵ月続く濃密な交渉期間の開始を告げることになる理事会で彼の見解を強く提示するつもりであることを明確にした」ーアイルランド農業省Press Release,1.23)

 他方、少数派農民団体・CPEは、別の視点からこの改革案に反対している。提案を受け、それは農企業、大規模流通業、多国籍企業のための農産物価格引き下げと奨励金引き下げをミックスした欧州委員会の手段は、中小経営者の将来を破滅に導くことで人々の経済的・社会的・環境的利益に逆らうものだから、フィシュラー委員の「デマゴギー的」提案以外の何ものでもないと激しく攻撃、別のCAPの改革を要求した8。これは彼らがかねてから要求してきたものである(フランス:農民・エコロジスト・消費者連合のEU新農業政策に向けての提案,02.8.2)。環境団体・「地球の友ヨーロッパ」は、政策重点の農村開発へのシフトが不十分、クロス・コンプライアンスにおいて守るべき基準の寛大さ、直接援助における上限の欠如輸出補助金への言及の欠如を指摘、中間見直しにおける食品の品質改善、持続可能な農業、ローカリゼーションと地方的多様性という新たな目標は大きく弱められたと批判する9)。

  もちろん、反対ばかりではない。イギリスの環境・食糧・農村問題省(DEFRA)や全国農民連盟(NFU)は、改革案を基本的に支持する意見を表明した10。ドイツ・スウェーデン・イタリア等も間違いなく支持するであろう。しかし、フィシュラー委員が強調するように、改革案の命は採択のタイミングにある。先の農業交渉提案も、フランス、アイルランドの強硬な反対で正式採択ができていない。それを裏打ちするこの改革案も、3月末のWTO農業交渉のモダリティ決定までには、採択に向けての何らかの見通しを得る必要がある。現在の紛糾が今年9月に予定されているメキシコでのWTO閣僚会議まで続けば、シアトルの二の舞になる恐れがある。

 1Commission Press release(IP/03/99):Commission tables farm reform to give farmers a long-term perspective for sustainable agriculture
   Commission Press release(MEMO/03/11):CAP Reform

 (2)提案と同時に発表されたQ & A("CAP reform - a long term perspective for sustainable agriculture" - Questions and Answers )において、「3.2002年10月のブリュッセル欧州理事会(サミット)はさらなるCAP改革を排除したのではないか?」の問いに次のように答えている。「2002年10月のブリュッセル欧州理事会で、政府首脳は加盟申請国への直接援助導入に関する委員会提案を採択し、CAPのための予算規律と効率的支出に関する合意に達した。議長国結論は、この合意は、CAPに関しても、2007-13年の財政展望に関しても将来の諸決定、あるいはCAP改革の文脈またはドーハ開発ラウンドのようなEUの国際的約束における諸決定(の権利)を侵害するものではないと強調している。ヨーロッパ全体での農業システムの多様性を保存し、また持続可能で、市民が望む品質指向農業を促進するために利用できる資源を活用することは、かつてなく必要性を増している」と。

 (3)欧州委員会は、今月15日、CAP改革(基本的には中間見直し案に基づく)の影響に関する7つの研究を報告している。フィシュラー委員が言うのはこれらの研究のことである。⇒CAP reform: Impact analyses of the mid-term review proposals

 (4)First reaction from COPA and COGECA to MTR,1.23

 (5)Dillon spells out five principles to solve farm incomes dispute,1.10

 (6)FAPRI-Ireland - An Analysis of the Effects of Decoupling ,1.20

 (7)Government Must resist Fischler Plan,1.23

 (8)COMMUNIQUE DE PRESSE,1.23

 (9)EUROPEAN COMMISSION LACKS COURAGE TO REFORM CAP,1.22

 (10)DEFRAFARMING REFORM PROPOSALS HEADING IN RIGHT DIRECTION - BECKETT,1.22
    NFU:CAP REFORMS HEADING IN RIGHT DIRECTION: NFU,1.22