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日本:消えない狂牛病リスク

農業情報研究所(WAPIC)

2002.9.5

 日本初の狂牛病確認からほぼ1年が経とうとしてしている。先月22日には5頭目の狂牛病感染が確認されたが、「日本ハムの牛肉偽装・隠ぺい問題など企業の不祥事続出で」牛肉に対する消費者の不安感は「ぬぐい去れていない」ものの、「牛肉需要はほぼ発生前に近い水準まで回復している」という(「BSE発生1年、本社消費者調査 牛肉需要はほぼ回復 偽装事件、不信残す」、日本経済新聞、02.9.3)。マスコミは偽装問題を大々的に報道するが、偽装そのものは牛肉の安全性に直接関係するものではない。安全性そのものにかかわる報道は、すっかり偽装問題の陰に隠れてしまった。需要回復は、このような社会全体を覆う雰囲気のなかで、なお牛肉嗜好を棄てきれない消費者の警戒心が和らいでいることの結果であろう。しかし、狂牛病のリスクは決して消え去ったわけではない。現状では永遠に消え去ることもないであろう。狂牛病対応をめぐる様々な問題点については、既に繰り返し指摘してきたが一向に改善される様子はない。もはや何を言っても無駄と諦めているのであるが、狂牛病発生1年を機に気を取り直し、多少の発言をしておきたい。

 間違っている狂牛病検査

 「全頭検査」は無駄なことだと最初から主張してきた。今年7月に来日した国際獣疫事務局(OIE)の専門家も、24ヵ月に達しない牛の検査は病原体が検出できないのだから無意味だと指摘したが、やめる気配はない。その一方で、施設や人員の不足を理由に、狂牛病が発見される可能性の高い病牛・死亡牛の全頭検査が先延ばしされている。野党も含めた政治家が自賛する「牛海綿状脳症特別措置法」も、24ヵ月以上の死亡牛の検査義務化を来年に延ばした。廃用乳牛を検査から遠ざける動きも止まってはいない。既に、これらの牛の多くが、検査されることなく葬られてきたし、死亡牛の全頭検査が始まるころには、狂牛病「発覚」が危ぶまれる類の牛はほとんど処分されてしまっているであろう。

 このことから生じる問題は、感染牛の分布状況の正確な把握ができなくなることである。それは適確な狂牛病対応のための最も基本的なデータを提供するものである。それが不可能になってしまうということである。狂牛病「隠し」を求める社会的雰囲気は、一人の獣医師の命を奪うほどにまで強いようだ。確かに、狂牛病が発見されなければ、社会的不安は鎮まるかもしれない。しかし、それでは狂牛病のリスクから決して解放されない。検査が不十分である以上、狂牛病清浄国と国際的に認められる日は遠のくばかりである。未だに特定できない感染経路の解明も遠のく。そればかりではない。肉骨粉に加工された廃用牛・病牛・死亡牛は、肉骨粉のズサンな扱いにより、新たな感染源を広げている恐れさえある。最も危険に曝されているのは、肉骨粉を直接扱う作業者たちである。

 病牛・死亡牛検査は一刻も早く始めねばならない。

 不適切な食肉処理

 9月3日、イギリス食品基準庁(FSA)は、フランス・ドイツからの輸入冷凍牛肉に最も感染性が高いとされる特定危険部位・脊髄が発見されたと発表した(FSASpinal cord found in imported French and German frozen beef)。フランスでは、予め、脊髄を吸引除去することが義務化されている。それにもかかわらず、脊髄が残っていたということは、食肉処理の現場での規則執行がいかに困難なものであるかを物語る。9月2日には、イギリスの二つの羊屠殺場を監査した欧州委員会の監視員が、どちらの労働者も脊髄を除去した手を洗うことなく食肉部分に触れている実態を発見、危機が始まって16年経っても、なお基本的な狂牛病対応措置が遵守されていないと報告している(Final report of a mission carried out in the United Kingdom (Great Britain) from 23 to 31 May 2002 in order to evaluate the implementation of certain EC measures aimed at the eradication, control and prevention of Transmissible Spongiform Encephalopathies (TSE) and amendments proposed by the UK as regards the data based export scheme (DBES))。

 現在の検査は発症間近な感染牛しか発見できないために、特定危険部位の完全な除去が安全性を高める確実な手段とされている。それにもかかわらず、狂牛病対策の最先進国でさえ、特定危険部位による食肉汚染の完全な排除に成功していないのである。まして日本はどうなのか。食肉への脊髄の附着は報告されていない。しかし、監視が十分に行なわれていないだけではないのかとも疑うことができる。脊髄や脳が食肉に附着するのを防ぐために、厚生労働省は解体前の脊髄除去や金属製ワイヤで脳神経組織を破壊する「ピッシング」の中止を「指導」しているが、本日付けの『朝日新聞』が厚生労働省の調査結果として報じるところでは、これらを実施している施設は、165施設中、前者で73施設、後者で47施設にすぎないという(「BSE全国調査 脊髄除去してから背割り 実施は半数未満」、朝日新聞、02.9.5)。

 食肉処理過程での交叉汚染の防止措置が徹底されねばならない。

 不十分な飼料への肉骨粉混入防止措置

 イギリスは、1996年8月以降、動物蛋白飼料を全面禁止した。それにもかかわらず、それ以後生まれた牛17頭に狂牛病が確認され、他の7頭にも疑いがかけられている。飼料が唯一の感染源であるとすれば、未だ不明な動物蛋白混入源があると考えざるを得ない。今年2月、研究者は、船や港で肉骨粉が混入した輸入飼料が感染源だという研究結果を発表した(イギリス:研究者、輸入飼料がBSE感染源)。今年2月、フランス農水省の食料総局は、輸送の際に人間または動物の食料用途の原料が肉骨粉に汚染される危険性を防ぐためのトラック洗浄の義務を一部輸送業者がほとんど守っていないことを抜き打ち監査で確認、規制強化が必要かどうか検討に乗り出している(フランス:トラックでの肉骨粉混入の危険性、改めて調査へ)。飼料製造者から農業生産者に至るすべて経路で万全な混入防止措置を講じたと思われるこれらの国でも、完全な混入防止には成功していない可能性があるということである。

 わが国では、こうした法的措置さえ未確立である。農水省は、2001年6月になって、漸く、混入防止のための「ガイドライン」を策定したにすぎない。現在でも混入の危険性は否定できないが、それ以前では危険性は一層高かったであろう。しかし、それが感染源であったかどうか、現在までの5頭の確認例だけでは到底確定できない。『日本農業新聞』によると、農水省は、飼料工場に対して、牛用配合飼料の製造工程をほかの家畜用と分離するように義務づける方針を決めた(「BSE対策 配合飼料で牛と豚・鶏用の製造工程分離義務付け」、日本農業新聞、02,9.2)。ただし、そのための省令改正は来年4月で、一定の猶予機関を設けるという。義務づけが製造工程に限られるならば、それも問題だ。

 混入への危機意識は、国際的常識に比べて余りに低い。

 要するに、食品安全を重視し、「生産者」から「消費者」に軸足を移すと言い張る行政の実態は何も変わっていないということである。

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