危険水域に近づいた米国牛肉輸入再開問題

highlight

農業情報研究所(WAPIC)

04.3.22

 日本向け輸出牛の自主的「全頭検査」により日本の米国牛肉輸入解禁の可能性を探る米国食肉企業の動きが報道されている。例えば、22日付の日本経済新聞は、「米カンザス州の食肉加工会社クリークストーン・ファームズは最近、日本,向けに輸出を目指す牛肉についてBSEの全頭検査を自主的に実施する計画を承認するように米農務省に申請した」、ディへイブン主任獣医師も、農務省がこの申請を承認すべきかどうか、「現在、省内で積極的に検討中だ」(この発言については、既に述べておいた⇒米国、BSE検査拡大へ、サンプル確保の保証はなし,04.3.18)と伝えている。

 筆者は、上記の記事で、”もし米国政府がこのような提案を日本への輸出再開のために受け入れたとすれば、「全頭検査」を金科玉条のように主張してきた日本は、輸入再開の要求を受け入れざるを得なくなるかも知れない”、”これは・・・恐ろしいことだ”と述べておいた。どうやら、この恐れが現実のものとなりそうな雲行きになってきた。

 18日の記者会見で、石原農林水産事務次官は、その検査をアメリカ政府が認証すれば輸入解禁はあり得るかという記者の問いに対し、

 「それは、我々はそういうものが提案されれれば真剣に検討したいと思っています。要するにアメリカ政府がきちっと関与されているかですね。それがあればそのような新たな輸入につきましては、国民の、消費者の食の安全・安心を満たすんではないかと思われますのでですね、そこは真剣に考えなきゃならんと。  ただ、これはこれまでも何度もここで申し上げておりますように、最終的な決定までにはですね、食品安全委員会の方に諮る必要がありますし、それから、また消費者とのリスクコミュニケーションも必要でございますので、そういうことを経た上でということになりますけどね」と答えている(石原農林水産事務次官記者会見概要

 米国政府が民間業者の自主的全頭検査を認証しさえすれば、無条件で輸入再開に踏み切りたいという農水省の思惑がありありと見える。前記の 日本経済新聞の記事は、日米双方の選挙への影響を考慮して、「七月の日本の参院選以降で、十一月の米大統領選までの解禁との見方が出ている」と言う。この問題は、「危険水域」に近づいているようだ。

 問題は、米国政府が認証した検査があれば、「国民の、消費者の食の安全・安心を満たすんではないかと思われます」という認識にある。現在までに開発されている検査でBSE「陰性」と出たとしても、それが「感染なし」を意味しないことは、今までにいやというほど述べてきた。最近になってマスコミも、ようやくこの問題を真面目に取り上げるようになり、「専門家」の意見としても紹介するようになった。いまさら無責任な話だが、米国にBSEが存在することが否定できないかぎり、輸入再開のためには、肉骨粉禁止、特定危険部位除去、高リスク牛の厳格な監視・捕捉と食料・飼料連鎖からの排除、トレーサビリティー確立などの基本的リスク軽減策が「有効に」実施されていることが確認されねばならないことは、ますます多くの人が認めるところとなろう。この確認なしでは、「国民の、消費者の食の安全・安心を満たす」ことはできない。

 米国は、今年6月から8−12ヵ月をかけて、46万6千頭と推定される高リスク牛のできるだけ多数を検査する計画を発表した。とすれば、11月までに米国におけるBSE発生状況の正確な把握ができるわけがない。少なくとも、米国のBSEリスクがゼロという確認はできないだろう。その段階での解禁があり得るということは、それまでに、上記のような基本的なリスク軽減策の「有効な」実施が確認できるということでなければならない。だが、そんなことはあり得ない。

 米国政府は、国際専門家チームの報告を「科学的でない」とし、改めてハーバード・リスク分析センターにその見直しを委嘱する。これは、この報告が勧告した基本的リスク軽減策を忠実に実行するつもりがないことを意味する。トレーサビリティの確立にいたっては、今のところ実現の見通しはまったく立っていない。EUは、BSEの存在が否定できないと評価する(この4月には最新のデータに基づく新たな評価が出ることになっているが、リスクレベルが下がることはあり得ないだろう)米国やカナダからの輸入の条件として、「有効な」肉骨粉禁止と特定危険部位の除去の立証を課している。筆者もこれが輸入許可の最低限の条件と考える。しかし、食肉加工会社が全頭検査する牛がどこから来て、どこへ行ったかも分からない状態で、どうしてこれが立証できようか。

 輸入再開は、どんなに早くても、拡大される高リスク牛の検査が完了する8ヵ月から12ヵ月後のことだ。それで米国にはBSEが存在しないと確認された場合だ(十分なサンプルが集められないために、この検査でも米国のBSE発生状況が正確に把握できないことがあり得ることは前に述べたとおりだ)。食品安全委員会がこれを確認することなく、政府のいいなりに輸入再開にゴーサインを出すようなことがあれば、国民の信頼は完全に失墜、消費者とのまともなリスクコミュニケーションも成立しないだろう。

 繰り返すが、米国にBSEが存在しないと確認されないかぎり、国際的に認められ、国際専門家チームが勧告した基本的リスク軽減策(⇒米国BSE措置に関する国際専門家調査報告発表―肉骨粉全面禁止等を勧告,04.2.5)の有効な実施が確認されるまで、輸入再開を許してはならない。この場合、現状では、輸入再開の時期など見通しも立たない。

農業情報研究所(WAPIC)

グローバリゼーション 食品安全 遺伝子組み換え 狂牛病 農業・農村・食料 環境