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日本:BSE対策検討会、擬似患畜の範囲縮小にお墨付

農業情報研究所(WAPIC)

03.6.21

 農水省は20日、BSE対策検討会を開き、BSEが確認された際に感染の疑いがあるとして殺処分(屠殺し、病原体が環境や動物飼料・人間食料から排除されるように廃棄処分すること)される「擬似患畜」の範囲を大幅に縮小することを決めた。13日の専門家による技術検討会で了承されたとされる措置であり、同省畜産部はマニュアルの改訂など、実施のための手続を直ちに始めるという。

 この問題については、既に、7月に設置される食品安全委員会に諮るべきだし、そうでなくても決定の根拠を国民が納得のいくように説明するのが最低限必要だと述べておいた(日本:農水省、BSE擬似患畜の範囲改訂へ,03.6.12)。しかし、農水省は、これは食品安全にかかわる問題ではないと勝手に決めて食品安全委員会に諮らず、納得のいく説明もしていない。食品安全にかかわる問題ではないという理由は全頭検査しているから感染牛が人間の食用に利用されることはないということのようである(それ以外の説明は聞かない)。決定の根拠については、国際獣疫事務局(OIE)が新基準として認めたこと、及び「1.EUにおいては、これまでに毎年数万頭の擬似患畜をと殺し、BSE検査を実施してきたが、新たな感染牛が確認されるのは僅かであり、それらは患畜の生前及び生後1年以内に生まれた牛であるとの報告がある。2.我が国においても、これまでに擬似患畜360頭をと殺し、BSE検査を実施したが、すべて陰性であった」ことをあげるだけである(第5回BSE対策検討会会議資料(15. 6.20)。少なくとも国民が一般的に触れることができる情報としてはこれだけしかない。

 「擬似患畜」の処分は、BSEが動物と人間に拡散するのを防止するとともに、究極的にはBSEを根絶するための最も基本的な手段の一つである。このような目的を達成するためには感染牛をすべて処分し、また新たな感染源を完璧に排除するのが最も簡単な方法である。しかし、現在、発症前の生きている牛のBSE感染を発見することのできる手段はない。発症後の感染牛の監視システムと、と殺後の脳組織の検査だけがBSE発見の手段である。しかし、前者においては見逃されたり、故意に報告を怠る場合があり得る。後者の検査も、発症直前にまで病気が発達した感染牛を発見できるだけである。感染牛を100%発見する実用的技術は、いまのところない。そのために、感染が確認された牛だけでなく、感染している可能性が比較的高いと思われる牛の群を処分するのが有力な代替策となっているのであり、そのなかの重要な一つの措置が擬似患畜の処分なのである。

 従って、擬似患畜の処分は、現在の検査が感染牛を100%発見できない、検査結果は100%信頼できるわけではないという事実を前提にした措置なのである。全頭検査をしているから、食品安全の問題ではないと言うとすれば、擬似患畜処分の意義をまったく理解していないと考えざるを得ない。それは食品安全を確保するための基本的手段の一つなのである。それを大幅に変更することがリスクをどれだけ高めるのか、これは、まさに食品安全委員会のリスク評価に値する問題である。同じ日、農水省は「食の安全・安心のための政策大綱」も発表、「政策展開の基本的考え方」として、国民が「安心」、「信頼」を実感できるように、食品安全基本法の下、リスク評価を担当する食品安全委員会と連携して、リスク管理を担当すると述べている。しかし、食品安全委員会のリスク評価に何を諮るのかを自らの判断で勝手に決めるのでは、食品安全委員会は飾りにしかならない。今回の決定が委員会ができる前の駆け込みを狙ったものだとすれば、ますますその可能性が高まる。

 監視や検査によって感染牛を100%発見できないということは、リスク評価の前提でもある。100%発見できれば、リスク評価は無用である。そのためにこそ、様々な科学的知見や実証的検証を動因した様々な角度からのリスク評価が行なわれるのである。ところが、今回の決定に当たっては、「1.EUにおいては、これまでに毎年数万頭の擬似患畜をと殺し、BSE検査を実施してきたが、新たな感染牛が確認されるのは僅かであり、それらは患畜の生前及び生後1年以内に生まれた牛であるとの報告がある。2.我が国においても、これまでに擬似患畜360頭をと殺し、BSE検査を実施したが、すべて陰性であった」ということが考慮されているだけである(それ以外にも考慮されているのかもしれないが、それは公表されていない)。検査の信頼性を考慮すれば、360頭の検査からはとても信頼できる結論は導けない。EUに関して言われていることは間違ってはいないが、それだけでは安全が保証できるわけではない。

 BSE感染のメカニズムの解明が科学的に完全にはできていない現状では(1歳未満で感染するということには、ある程度の科学的根拠があるが完全ではないし、1歳以上の牛でも消化管壁にが何らかの理由で傷があれば、そこからアミノ酸にまで分解されない病原体が侵入する可能性は考えられる)、多数の検査結果を示す統計は、確かに一つの有力な根拠をなす。しかし、これは検査が感染を見逃す可能性(確率)を合わせてリスク評価をしなければ強力な根拠とはならない。このようなリスク評価でなお不安が残れば、別の安全確保策の有効性も合わせてリスク評価を行なう必要がある。このような評価によってリスクが微小と判断される場合にのみ、措置の妥当性が認められることになる。

 EUの科学運営委員会(SSC)は、農水省の今回のような措置を正当化するための条件として、感染源となった飼料の正確な認定が可能個別の牛のトレーングが完全に可能肉骨粉禁止・特定危険部位禁止・レンダリングに入り得る感染性の量的削減の制度の導入とその実効(例えば、故意または事故や偶然による肉骨粉や特定危険部位の混入の防止が実際に確保されていること)をあげている(EU:科学運営委員会、BSE確認に伴う措置などで意見公表,02.1.25)。フランスが今回のような措置を取るに際して、食品衛生安全機関(AFSSA)が、ほとんどが検査で陰性とされた擬似患畜の中に検査が発見できるまでに病気が進展していない感染牛が含まれる可能性を考慮、このような牛が人間の食用に供される量が非常に微小と判断してこの措置にゴーサインを出したこと、それにもかかわらず擬似患畜のBSE発生率の今後の高まりの可能性も考慮して、その場合の対応を可能にする措置を提言し、さらに特定危険部位の確実な除去を求めたことは、先に報告したとおりである(日本:農水省、BSE擬似患畜の範囲改訂へ,03.6.12)。

 現在、イギリスでは、1996年以来の30ヵ月以上の牛をほとんどすべて処分する制度を、検査の導入を理由に廃止しようとしている。食品基準庁(FSA)は、この制度の廃止に向けての見直し方針を昨年打ち出した。しかし、廃止の実現のためには、それによってこれらの牛を感染源とする変異型ヤコブ病(vCJD)のケースがどれほど増えるのかについての不確実性、BSE検査の精度と潜伏期のBSE感染牛が食用に供される頻度に関する不確実性が解消されねばならない。この不確実性解消のための研究が行われてきた。つい先日も、インペリアル・カレッジ・ロンドンの独立研究者が、30ヵ月以上の牛におけるBSE発生率を計算し、検査によりどれほどの感染牛が食用から排除できるかを評価した(ロイヤル・ソサイエティー雑誌に発表)。これらの要因について悲観的な仮定をしても、vCJD死者の増加は今後60年間で1人以下にとどまるとされている。この結果はともかく、ここでも検査結果の信頼性が最大の問題なのである。

 農水省の決定において、これらの問題はどう考慮されたのか、されなかったのか、部外者は何もしらない。先の「食の安全・安心のための政策大綱」は、「施策づくりの過程で、適切に情報を提供するとともに、選択肢を示しながら、関係者と情報・意見を交換し、施策に反映」するとしている。これもリップ・サービスだけなのかと疑われる。

 なお、この検討会は、同時に、肉骨粉を給与されたことが確認され、出荷が自粛されていた牛の出荷解禁、アルカリ処理された有機質入り液状肥料の一時停止措置の解除も決めた。その根拠となる「客観的」リスク評価もどこまでなされたのか、筆者が確認することはできない。