デマゴギーで米国産牛肉輸入再開を促す新聞広告 小沢氏は「金メダル」を返上すべきだ

農業情報研究所(WAPIC)

05.7.20

 昨日も触れたように(米国科学アカデミー 米国動物・公衆衛生システムの病気発見・診断能力に欠陥の報告,05.7.19)、19日付けの朝日新聞が”「食の安全」対談”と題する全面広告を掲載した。「国際獣疫事務局(OIE)名誉顧問。1988年よりOIE本部の科学最高顧問として努めBSE対策に携わる。2000年OIEより世界で最も貢献した獣医師に授与される金メダルを受賞。「食の安全」に関する国際的権威」と紹介される小沢義博氏と、「司会業、講演、執筆に多岐にわたり活動中」の酒井ゆきえ氏の対談を一面ぶちぬきで掲載したものだ。スポンサーは「米国食肉輸出連合」、米国産牛肉早期輸入再開を迫るキャンペーンの一環であることは明白だ。

 内容は陳腐、まともに取り上げるのがバカバカしいシロモノなのだが、これほどの権威者の言うことだから影響力は大変なものだろう。「日本でも、米国でも、ヨーロッパでも、牛肉は同じように安全です」ということを消費者に納得させるために「正確な情報」を知らせるというのがこの広告の眼目であり、消費者はこのような権威者が伝える情報を誰も文句がつけられない「正確な情報」と受け止めるだろう。しかし、ここで伝えらた情報は「正確」とはほど遠い。とりわけ重大なのは、

 @”今年の[OIE]総会では「たとえBSEに感染していたとしても、特定危険部位以外の部位は食べても安全である」ということがはっきりと示されました”と言い、

 A”特定危険部位は完全に取り除くことができるのでしょうか”(酒井)という問いには、”ヨーロッパでも最初の頃よりもこの10年間で技術も向上し、完全に取り除くことが可能になりました。さらに欧米ではそのチェックシステムが徹底しています”(日本については言及なし)と答えていることだ。

 もしそうならば、少なくとも欧米の牛の特定危険部位(SRM)以外の部位ならば感染牛由来のものでも食べて安全ということになる。だが、これらは事実を大きく曲げた情報だ。これほどの権威が正確な事実を知らないはずはないから、これは”デマゴギー”で米国産牛肉輸入再開に対する消費者の不安を取り払おうとする”犯罪行為”とさえ言えるものだ。

 第一の点については、OIE新基準(http://www.oie.int/downld/SC/2005/bse_2005.pdf)の中には、「たとえBSEに感染していたとしても、特定危険部位以外の部位は食べても安全である」であるという文言はもちろん、そのことを示唆する言葉もまったくない。小沢氏は、おそらく「脱骨骨格筋」が国・地域のBSEリスクステータス(無視できるリスク、管理されたリスク、決定されないリスクという3分類)と無関係に貿易できる物品に分類された(第2.3.13.1条の1)のg.)ことを念頭にこんな発言をしたのだろうが、この条項は次のように述べる。

 「と殺に先立ち、@頭蓋の穴に圧搾空気またはガスを注入する装置でスタンニングの処置、またはピッシングの処置を受けなかった、かつA生前・死後の検分を受け、BSEのケースと疑われなかったか確認されなかった、かつB第2.3.13.13条に掲げる組織[つまりSRM]による汚染を回避する方法で調整された30ヵ月齢以下の牛からの脱骨骨格筋(機械的分離肉は除く)。」(番号は便宜のために筆者が追加)

 @とBはSRM汚染を避けるための定めだ。しかし、Aは感染牛を可能なかぎり排除するための定めである。これは、感染牛が食料に入ることを防ぐために、原案になかった文言としてわざわざ追加されたものだ。BSE発見能力や検査の限界のために、それでも感染牛が紛れ込む可能性は排除できない。日本の農水省が、感染が確認された(confirmed)牛と感染(infected)牛を相も変わらず混同し、「感染牛」の脱骨骨格筋は排除できると喧伝したのはやはり「デマゴギー」に等しいが、だからといって、このAの定めが感染牛の肉を食べても安全と認めたものでないことは明らかだ。そうでないと考える国が多数派であったために、この文言の挿入が採択されたのだ。

 これとSRMを除く生鮮牛肉・牛肉製品の貿易条件はBSEリスクステータスに左右される。「管理されたリスク」の国からのものは、SRMや30ヵ月以上の牛の頭蓋と脊柱からの機械的分離肉を含まなければ貿易できる。ただし、輸出向けのこれら製品が由来する牛は生前・死後の検分を受けねばならないし、このステータスに分類されるためには、何よりもフィードバンが有効に実施されていることの実証(ただし、それが8年間以上続いていることは実証できない)を始めとするBSE感染防止措置や感染牛(と高リスク牛)廃棄措置が実施さていることを立証せねばならない。これも感染牛を可能なかぎり排除するための条件である。「決定できないリスク」の国については、当該牛肉・牛肉製品は、BSEと疑われないか確認されない、また肉骨粉と獣脂かすを与えられなかった牛由来のものでなければならないという条件を追加することで、やはり感染牛排除を担保しようとしている。

 要するに、SRM以外の部位は食べても安全とする要素は新基準のどこにも存在しないのだ。国際的権威である小沢氏がこれらのことを知らないはずがない。そうでなければ、彼は権威者でも何でもない。金メダルは返上すべきだろう。

 欧米ではSRM除去が完全にできるようになったという第二の点については、実情を正確に確認できる情報やデータはほとんど存在しない。しかし、世界で唯一、食肉のSRM汚染に関するシステマチックな検査を行い、その結果を毎月公表している英国の例を見るだけで、小沢氏が事実を曲げていることは実証できる。

 比較的最近、2004年以後の違反事例を掲げよう(英国食品基準庁=FSAの毎月公表データより。http://www.food.gov.uk/bse/)。すべてが検査されているわけではないから、これらは実際に起きている違反の一部にすぎないだろう。まして、他のヨーロッパ諸国では(筆者が今までに知りえたかぎりでは)データがないから、ヨーロッパ全体の違反事例の氷山の一角にすぎないかもしれない。

 20055月:ポーランドから輸入された52の生鮮四分体の後四分体1と前四分体4に脊髄が含まれることを発見。

 20054月:アイルランドから輸入され、英国でと殺された12ヵ月以上の牛の枝肉に脊柱が存在。

 20053月:アイルランドから輸入された192の生鮮牛舌が、規則に定める舌扁桃を残さない方法で切除されていなかった。

 200411月:@フランスの承認処理場を通して輸入されたポーランドからの後四分体6に脊髄断片。A英国内でと殺された牛の四分体に脊髄を発見。

 20048月:スコットランドの食肉工場が枝肉からSRMを除去しないで販売したことを発見。

 20047月:ポーランドからの四分体2に脊髄断片を発見。

 20046月:ポーランドから輸入された生鮮牛肉・前四分体21と後四分体3に脊髄断片を発見。

 20045月:ポーランドから輸入された生鮮牛肉四分体@1に脊髄を発見。

 20043月:フランスとスペインからの前四分体5と後四分体2に脊髄断片を発見。

 20042月:スペインからの後四分体3に脊髄断片を発見。

 2004年1月:スペインからの前四分体3に脊髄断片を発見。

 米国・カナダについては、実態はまったく不明だ(少なくとも筆者は、英国と同様なデータの存在を知らない)。ただ、カナダが新たな罰金制度でSRM規制の有効な執行手段を求めていることは、違反に手を焼いていることの反証かもしれない(カナダ フィードバンと人間食料からの特定危険部位除去義務への違反に罰金刑導入,05.7.6 )。

 関連情報
 
プリオン専門調査会 米加産牛肉輸入再開問題で実質審議へー消費者を煙に巻く定量リスク評価は有害無益ー,05.7.16