農業情報研究所

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狂牛病の欧州化とグローバル化

WAPIC(農業情報研究所)・2001.4

(その後、若干の数字は更)

 目次

 はじめに

1.フランスの危機

 (1)フランスの危機の経緯

 感染牛が市場へ、牛肉不信の増幅と消費の激減

 政府の対策

 (2)フランスの危機の背景

 狂牛病確認の増加と検査の強化

 何故感染したのか

2.狂牛病の欧州化

 (1)危機の拡大

 ドイツ等での狂牛病発見でパニックが拡大

 (2)EUの対応

 「例外的事件には例外的対応」を

 対策実施の困難

 「工業的農業」、「グローバル化」の批判へ

 グローバル化の制御に向けて

3.狂牛病グローバル化の脅威

 終わりに

 (以上本文)

 全文掲載に当って

(本文)

はじめに目次へ


・・・草食動物たちに過度の動物性を付与する(かれらを肉食動物にするだけでなく共食い動物に変えてしまう)ことによって、われわれの「食料生産装置」を、死をつくりだす装置に変えてしまったのではないだろうか。
 (クロード・レヴィ・ストロース(川田順造訳)「狂牛病の教訓―人類が抱える肉食という病理」『中央公論』2001年4月号)

牛海綿状脳症(BSE)、別名「狂牛病」は、牛の脳組織にスポンジ状の変化を起こし、発症すれば2週間から6ヵ月で確実に死に至る伝達性海綿状脳症(TSE)の一つである。1985年末、世界でただ一国・英国において初めて確認された。その原因は十分に解明されていないが、通常のタンパクが異常化したプリオンといわれる得体のしれない「モノ」に帰する考えが広く受け入れられている。

 他方、ヒトについても、クールー、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)などのTSEが確認されていたが、1996年3月20日、英国の海綿状脳症諮問委員会(SEAC)が、比較的若年層で発生する新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)を確認、この発生は牛の特定内臓(SBO)の使用を禁止した1989年以前にこれらを食べたことに関連づけるのが最も説明しやすいと発表した。これを契機に最初の狂牛病危機が勃発した。

 しかし、これまでは、狂牛病もvCJDも、英国(及びアイルランド)に特有の病気とみなされていた。フランス、ポルトガルの土着の牛(輸入牛ではない)にも感染が確認されていたが、その数は非常にすくなかった。ところが、vCJDが確認された96年頃から、ポルトガルやフランスでの狂牛病確認が増え始め、数は少ないが、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグでも確認されるようになる。そして、昨年(2000年)には、フランスでの確認件数が急増、11月には、いままで狂牛病に無縁とされてきたスペイン、ドイツ、さらに今年に入りイタリアでも感染が発見された。これらの発見は、検査の強化の結果でもあったから、BSEがなかったのは、十分な検査をしていなかっただけという疑いが濃厚になり、牛肉の安全性に対する消費者の信頼は崩壊した。いまや、EU全域の牛肉消費が激減、価格も暴落している。

 それだけではない。2000年末以来、国連の世界保健機関(WHO)や世界農業食糧機関(FAO)が、BSEが欧州のみならず、世界に拡散する恐れがあると警告を発し、各国に対処を求め始めた。BSEの感染ルートと認められている英国の肉骨紛(MBM)が、1996年まで多くの国に輸出されており、英国を除くEU諸国は、96年以後も世界中にMBMを大量に輸出してきたからである。FAOは、少なくとも100カ国にBSE潜在の危険があるという。実際、EU域外諸国でも牛肉を食べることへの不安が広がり、牛肉消費の減少を招いている。

 EUでは、狂牛病危機を契機に、「工業的農業」を促進する共通農業政策(CAP)の見直し論議が高まっている。英国における口蹄疫の発生と急速な拡散はこの論議に拍車をかけ、食料供給のグローバリゼーションへの疑念にまで発展している。しかし、それは、またそれを支える西欧社会、グローバル社会はどこまで変わるのだろうか。

 レヴィ・ストロースが言うように(前掲)、既に肉の消費が自然発生的に低下しつつある西欧社会の変化を「加速」し、肉は「とっておきの宴会」のために、自由の身となり・野生に戻った家畜の「狩猟」によってしか手に入らなくなり、「人類の進化は、[グローバル文明と称するものの拡大による地球の]単一化に向かうのではなく、様々なものの対照を、新しいものさえ創出してきわだたせてゆき、多様性が支配する世界を再現する」ことになるのだろうか。

 狂牛病が提起する問題は十分に見つめるに値する。

1.フランスの危機目次へ

(1)フランスの危機の経緯目次へ

感染牛が市場へ、牛肉不信の増幅と消費の激減

 新たな狂牛病危機はフランスから始まった。その直接のきっかけは、狂牛病に感染した疑いのある牛の肉が、フランスのトップクラスのスーパーマーケット・チェーンである「カルフール」等を通して小売販売に出されたことにある。

 昨年(2000年)10月10日、一屠畜場で、検査官が一団の牛の中に異常な牛がいるのをみつけ、安楽死させた後、狂牛病の「ラピッド・テスト」にかけた。その結果、狂牛病に感染している疑いが確認され、20日にはフランス食品衛生機関(AFSSA)の試験所で最終的に感染が確認された。この牛そのものは商品化されなかったが、同じ養畜場からの他の17頭の牛にも疑いがかけられた。しかし、そのうちの11頭は、既に10月4日に屠畜場に入り、屠殺されていた。

 20日朝になって、1年前にカルフールに吸収された大規模小売店グループ・旧プロモードへの大規模供給業者であるSoviba社が、その顧客にミンチステーキなど問題の荷のナンバーを知らせ、これらの発送先である39の店に即時回収を要請した。22日には、カルフールは、「極端な予防原則」(Le Monde Interactif,10.23,16:12)を適用、グループのフランス国内の全店舗で、これらと無関係な牛肉(Soviva社のアドレスをもち、消費期限が10月10、11、12、13、14、15日とされているすべてのミンチステーキ、消費期限を問わず、Sovibaの記載があるすべての内臓)までも回収することを決定した。これが却ってパニックをあおることになる。

 牛肉販売は急減した。25日には、シラク大統領は、家畜廃物の飼料への利用の早期の全面停止、システマチックなBSE検査、遺伝子組み換え作物の厳格な統制など、経済よりも食品安全を優先するように要請した。これが、さらにパニックに拍車をかけることになる。同じ日、グラヴァニ農相はAFSSAの勧告に従い、反芻動物飼料に動物性脂肪を使うことを近々禁止すると発表したものの、屠殺場でのシステマチックな検査については、フランスで毎年屠殺される牛が500万から600万頭に達することから、それに必要な検査技師(獣医)・機器・貯蔵場所を確保できる状態にはなく不可能であり、また検査結果が100%信頼できるわけではないとして、消費用の健全に見える牛の無作為抽出検査による検査の拡大は確認するにとどめた。

 農相の検査拡大の発表に対し、農民団体は消費者の信頼回復に不可欠な措置と概ね歓迎した。しかし、農民的農業を主唱する「農民同盟」は、消費のために屠殺されるすべての牛のシステマチックな検査が必要とし、一頭に狂牛病が発見された場合にそれが属する牛群すべてを処分する現在の政策(年初以来、1頭当り2万-2.5万フランの費用で約1万頭が処分されている)を改め、この費用は検査の改善に向けるべきだ批判した。

こうした混乱のなかで、人間に感染した場合の責任を問われることを恐れる多くの自治体は、学校給食のメニューから牛肉をはずした。フランスの牛肉レストランのリーダーである「バッファロー・グリル」も、牛あばら肉の切り取りとTボーン・ステーキをメニューから外す決定をした。2月には狂牛病省庁間委員会が狂牛病の特定危険物質である脊髄を含む脊柱からの切り取りの禁止を勧告しているが、AFSSAは、その実施の条件を長々と研究中であり、農水省もその実施の日付を確認するのを拒んでいたから、このレストランの措置は、この実施を先取りするものであった。

11月6日には、未だ確認されていないものの、フランス第三のvCJD患者とみられる19歳の男性の姿がテレビ放映され、この病気に対する恐怖を国民に植え付けた(第1例は1996年4月、第2例は1999年12月に確認され、この二人は既に死亡している)。翌7日には、フランス最大の農民組合である全国農業経営者連盟(FNSEA)が、厳しい狂牛病防止措置が取られた1996年7月15日以前に生まれた牛の肉の食物連鎖からの排除を要求した。これが、4歳以上の牛は危険という観念を広め、パニックを一層あおることになる。農相は、FNSEAの提案は余りに費用が高くつき、消費者の「固定観念」を一層強めることになると非難した。

8日には、ヨーロッパ最大の卸売市場・ランジスの食肉販売量が41.5%低下した。マクドナルドのフランス全体での売上は、40%低下、ハンバーガーの売上はさらに減少した。 

政府の対策

こうして、政府は、消費者と農民の不満を鎮めるために、無理を承知の対策を打ち出すことになる。14日には、ジョスパン首相自らが家畜飼料への肉紛・肉骨紛使用の「モラトリアム」などの狂牛病対策を発表する。

家畜廃物の全面使用を禁ずる措置は英国とポルトガルに次ぐもので、他のEU諸国は反芻動物からの肉骨紛を禁じているが、豚・家禽・魚の飼養には許容している。後に述べるように、この全面禁止は、家畜廃物のリサイクルの停止や代替蛋白源の確保など、相当なコストを伴うことになるが、それでも、敢えてこうした決定をせざるを得なかったのである。

同時に発表された対策には、Tボーン・ステーキの禁止、肉骨紛製造業者・飼料製造業者・屠畜場の立ち入り検査の強化、屠畜場で屠殺されるすべての牛を対象とする狂牛病のランダム検査の実施、狂牛病のリスクが特に高いカテゴリーの牛の販売の禁止(詳細は今後つめる)、血液製剤のリスクの再評価、研究活動の強化が含まれる。

それにもかかわらず、パニックはおさまらない。そればかりか、影響はフランス国内にとどまらなかった。11月初めには、ハンガリーがいち早くフランスとアイルランドのすべての牛肉と牛肉製品の輸入を停止し、ポーランドもフランスの牛肉と牛の輸入を停止していたし、スイスは、新たな2件の狂牛病発見の後、牛肉の学校給食を禁止し、スイス赤十字は英国に2ヵ月以上住んだ人の供血を拒否したが、これもフランスの危機に市民が影響を受けたことを反映している。その後、フランスに対する輸入制限や停止の措置を取る動きは、EU諸国にも広がった。スペイン、オーストリア、イタリア、ギリシャは、EU法違反を犯してフランスの成牛と卵子・受精卵の輸入を一時的に禁止した。ドイツはフランスの動物紛使用を禁止し、オランダは1歳以上のフランスの牛の検査を義務づけた。英国政府は、影の内閣農相などからフランス牛肉輸入停止の要求をたびたび突きつけられる。 

 こうしたなか、EUも危機への対応を迫られる。13日には、バーン保健・消費者保護担当欧州委員とフィシュラー農業・漁業・農村振興担当欧州委員が、リスクの高い30ヵ月齢以上のすべての牛の狂牛病検査の実施を提案すると表明した。EUは6月5日の決定(Decision 2000/374)で、2001年1月1日から、特に農場で死んだ牛、緊急屠殺された病気の牛、行動または神経にかかわる兆候を示す牛に焦点を当てたサンプル検査の実施を決めていたが、提案は、この検査をリスクの高いすべての牛に拡張しようとするものであった。20日のEU農相理事会は、2001年1月1日から30ヵ月月齢以上のリスクのあるすべての牛に検査を拡張し、食物連鎖に入る30ヵ月齢以上の牛についての検査計画の2001年7月1日からの実施に関する新たな決定をし、農場の家畜飼育における屠体使用を排除するという委員会の提案を受け入れた。

 しかし、その直後、22日はスペイン、24日はドイツで初の狂牛病が確認され、危機は、一挙にEUレベルに広がることになる。

 (2)フランスの危機の背景目次へ

狂牛病確認の増加と検査の強化

 このように、フランスの狂牛病危機は、偶発的事件を契機に始まった。しかし、それがこうも深まったのは、それ以前に危機の下地ができていたからである。狂牛病(とvCJD)は、長い間、イギリス特有の病気とみなされていた。しかし、人間への伝染の可能性が告げられた1996年頃から、アイルランド、ポルトガルでの狂牛病発見が増え、それに比べれば少ないとはいえ、フランスでも増加傾向が始まり、2000年には急増する(第1表参照)。vCJDに関しても、1996年4月、フランスで初の患者が発見され、1999年12月には2例目が出ている。イギリスでは、2000年10月2日の時点でのvCJDは73例を数えていた(2001年3月5日には85例)。(注)
 
(注)2001年9月初旬現在では、フランス4例(非公式情報による1例を含む)、イギリス106例。

 狂牛病の急増は、必ずしも狂牛病の発生自体が増えたことを意味しない。危機意識の高まりにより、従来は見過ごされていたケースが検査の網にかけれらるようになった結果と思われる。フランスについて言えば、従来は神経病の症候を示す2歳以上の牛のシステマチックな監視網が敷かれていたが、1999年5月には、緊急屠殺された牛のコントロールが強化がされているし、同年11月には更新される牛(生産の役目を終え、屠殺に出される牛)のサンプル検査も始まっている。

 2000年に入ると、6月2日からは、狂牛病有病率を推定すると同時に、従来の大規模な検査には向かない検査方法(脳組織の検査」)とそれに代わり得る「ラピッド・テスト」を比較するという二つの研究目的をもつ検査が開始され、11月からは、先に述べた2001年1月開始を規定したEUレベルでの研究目的のサンプル検査も始まった。前者は、感染が最も多いフランス西部の3州(ブルターニュ、バス・ノルマンディ、ペイ・ドゥ・ロワール)12県から自然死した牛、安楽死させられた牛、事故で緊急堵殺された牛から4万の標本を採取し、ラピッド・テストにかけ、陽性反応が出た場合には従来の方法で確認するというものである。第2表にフランスの狂牛病発見件数を示すが、こうした二つの(フランス独自のものとEUレベルのもの)研究計画の一環としての検査により2000年から2001年3月15日までに発見された件数は70件(全体で191件)に及んでいる。

 このことは、裏を返せば、従来は感染が見過ごされ、感染牛の肉が市場に出回っていた可能性を示唆する。実際、昨年(2000年)12月、AFSSAは、西部12県の1万5000頭についての検査結果を中間報告したが、自然死した牛、緊急屠殺した牛(食物連鎖に入る可能性がある)、安楽死した牛の1000頭あたり、それぞれ1.3頭、3.0頭、4.1頭、全体で2.1頭に狂牛病感染を確認した。12月14日は、ロンドン大学インペリアル・カレッジのC.DonnellyがNature誌で、フランスの狂牛病流行の規模と経過についての推定結果を発表、1987年以来、狂牛病病原体に感染した牛は1200頭以上に上り、今年食用に殺された牛のうち、100頭以上が感染していた可能性が高いと発表した(Nature,14 December 2000,pp.787-88)。

  何故感染したのか 

 しかし、このような感染が何故生じたのか。それが明確でないところに不安の根源がある。

現在広く認められている狂牛病の感染ルートは、伝達性のある病原体(プリオン)を含む感染家畜器官から製造された飼料(骨・肉紛のような)であるとされている。

英国は、1990年3月30日に、人間の食用にならない牛の特定のくず肉(SBO)や一定の器官のEU構成国への輸出禁止を発効させており、EUも同年4月9日に英国のSBOとその他の組織の輸出を禁止する決定を発効させている。しかし、それだけでは既に輸入されたものからの感染は防げない。これらを含む飼料を使用を禁止する必要があった。EUがすべての反芻動物の飼育と飼料製造における哺乳動物由来の蛋白の使用の禁止を決定し(Decision 94/381)、また廃物加工のための加圧熱処理システム(133℃、3気圧、20分)承認したのは1994年6月27日のことであった(Decision 94/382)。

しかし、フランスでは、EUに先立ち、1990年7月24日の省令(8月11日官報掲載)で乳製品・卵・魚または海産動物由来の蛋白を除く動物起源の肉・骨紛(FVO)及び蛋白による牛の飼育と牛用飼料の製造を禁止し(1993年に英国の研究者が、羊・山羊等小反芻動物への狂牛病感染の可能性を公表したために、1994年12月20日の省令は、この禁止を家畜・野生の反芻動物全体に拡張した)、同年9月26日の新たな省令(官報掲載10月7日)で、禁止対象の蛋白すべての回収・処理・隔離貯蔵の措置を取っている(但し、禁止の例外を家禽由来の蛋白に拡張)。

この規制が厳格に守られていることを前提とすれば、この年以後にフランスで生まれた牛が感染している理由は説明できない。今までに感染が確認された牛は、第2表にみられるように、ほとんどが93年から95年にかけて生まれたものである。問題は、養豚・養禽・養魚などでの使用は禁止されなかったことである。また、1996年7月までは、豚と家禽に与えられる動物紛からは危険物質(脳・脊髄)が排除されていなかった。しかも、養豚・養禽・養魚に使われていた動物蛋白飼料には、本来禁止されているはずの英国産のものがこうした用途に使うと称する輸入業者により輸入されていた。

1996年10月、既に農民同盟はツールーズの税関文書から肉紛が非合法に輸入されている記録をみつけていたが、危機の最中、昨年(2000年)11月初め、France Soir紙は、「農民同盟」が入手した税関文書により1993−96年に英国の骨肉紛が1000トンも不法に輸入されたと報じ、6日にはこれを明らかにした農民同盟のリーダーの一人であるジョゼ・ボベとvCJDの若い犠牲者の両親がこうした不法輸入の罪で過去の政府を告訴している。

今年1月には、英国税関当局者も、1990年から96年にかけて大量の肉またはくず肉の粉・ミール・ペレットがフランスを含む世界16カ国に輸出されていたことを明らかにした(第3表参照)。

 この事実から、考えられる有力な感染原因は、こうして反芻動物以外の家畜に使用されている動物蛋白が牛の飼料に混入していることである。農民同盟は、1996年3月にこうした事実を発見し、告発しているが、フランス農水省も、新たな狂牛病確認の度ごとに出されるプレス・コミュニケで、感染原因をそのように推定していた。EUは、1996年3月27日、英国からの哺乳動物由来の肉・骨紛の輸出を禁止し、以後、フランスにもこれは入らなくなっている。また、既に述べたように、7月には危険物質を完全に排除する追加措置もとった。その後生まれた牛には、狂牛病は確認されていなかった(ただし、AFSSAは、これは潜伏期間内にあるだけという可能性を排除していなかった)。このことも、この推測をもっともらしくした。もしそうであるならば、感染を絶つためには動物蛋白飼料を全面禁止にすればよい。政府当局も、この可能性を疑い、AFSSAに研究を要請していた。しかし、AFSSAの結論はなかなか出なかった。

 昨年10月30日、ル・モンド紙インターネット版は、「AFSSA、動物紛の全面禁止の可能性を研究」と題してAFSSA局長との会見内容を報じているが、局長は「科学者は、何故この禁止を長い間勧告しなかったのか」という質問に対して、感染が牛用の飼料の安全性確保が不十分なために生じたのかどうか、あるいは他種の家畜飼料の混入のためなのかどうか見極め難い、また病気の潜伏期間があるために、取られた措置、特に1996年以後の措置が実際に有効なのかどうか判断に必要な時間が足りないと答えている(注)

 (注)今年(2001年)4月6日、フランス農水省が1997年8月生まれの牛に狂牛病を確認したことを発表した。1996年7月に豚と家禽に与えられていた動物紛中の危険物質(脳髄、脊髄)を排除して後に生まれた牛に狂牛病が確認された最初のケースである。これは、狂牛病の感染ルートに関する通説とそれに基づく従来の狂牛病防止措置の妥当性を覆す可能性がある。ル・モンド紙によれば、農水省関係当局と食品衛生安全機関(AFSSA)は、牛の死体から抽出された脂肪を含むミルク代用品か、1年前にグラヴァニ農相が示唆した未だ神秘に包まれた「第三のルート」を仮説として研究を深めるという(Vache folle:un premier cas d'animal "super-naif" diagnostique en France,Le Monde,2001.4.7,13:08.)。しかし、リベラシオン紙は、動物紛に関する安全確保規制の実施の間違いから説明するのがもっと説明しやすいという(Interrogations sur la vache supernaive,Liberation,2001.4.10)。この間違いとは、1990年以来の反芻動物飼育への肉紛使用の禁止には、実際には飼料中0.3%までの「許容量」があったということであり、リベラシオンは、昨年11月、これを消費・競争・不正行為取締り総局(DGCCRF)が認めた(Liberation,2001.10.21/22)と報じている。ただし、グラヴァニィ農相は、この事実を直ちに否定した。議論は一層複雑になった。

 こうした「科学」上の問題と同時に、経済的な問題もあった。動物蛋白を全面禁止すれば、代替植物蛋白の確保の問題が生じる。動物蛋白の全面禁止となれば、EUの生産事情からして、大量の大豆粕の輸入が必要になる。1998/99年のEUの蛋白消費量は2400万トンであったが、EUの大豆生産から供給された蛋白は60万トンにすぎなかった。もし大豆を使用するとなると、輸入(ほとんどは米国に頼ることになる)は20倍にも増え、1400万トンに達する(フランス農水省、Agreste Premier,No.87)。しかも、米国からの輸入品の多くは、欧州の消費者が受け付けない遺伝子組み換え大豆になるであろう。その確保には多大の困難が予想された。全面禁止による家畜廃物のリサイクルの停止も大きなコストを伴う。再利用不能となる百万トン規模の廃物の貯蔵スペースや焼却能力の確保をどうするのか。それは、1996年にこの措置を取った英国が経験済みの難題であった。

 このような事情が、動物蛋白全面禁止をためらわせてきた。しかし、危機の沈静のために、フランスは、これら一切を無視して、これに踏み切らざるをえなくなったのである。ただ、他のEU諸国は(既に禁止している英国とポルトガルを除けば)、当然ながら同調しないであろう。フランス一国での実施は大変な困難を伴ったであろう。しかし、スペイン、ドイツでの初の狂牛病確認が状況を一変させる。それは、たちまちEUレベルでの措置となる。

2.狂牛病の欧州化目次へ

 (1)危機の拡大目次へ

ドイツ等での狂牛病発見でパニックが拡大

 EUの科学運営委員会(SSC)は、2000年8月、狂牛病の地理的リスクに関する最終的意見を発表しているが、それによれば、狂牛病がほとんどないと評価されるレベル1の国はEUには一つもなく、ありそうもないが、全くないとは言えないレベル2の国にもオーストリア、フィンランド、スウェーデンが含まれるだけであった。高レベルで確認されるハイ・リスクの英国とポルトガルを除く他のEU諸国は、すべてフランスと同等のレベル3の国(ありそうだが確認されていないか、低レベルの確認がある国)に含まれていた。それより前、3月には、ドイツに対して狂牛病を免れていないと警告を発したが、無視されていた。フランスの危機がEU全体に広がる気配をみせるなか、欧州委員会が検査の強化を求めたのはこのような背景においてである。11月10日には、バーン保健・消費者保護担当委員委員は、2001年1月1日から始めるように義務づけられたリスクがある牛のランダム・テストを緊急に導入するようにEU構成国に要請した。さらに、前に述べたような検査強化策を提案することになる。20日には農相理事会も委員会提案を受け入れた。

 その僅か2日後、22日にスペインで初めて狂牛病2例が発見された。それは、まさしく農相理事会が命じた新たな検査の結果であった。それまで、スペインは、フランスの牛と牛肉製品の輸入を停止し、スペイン牛肉の安全を強調していた。さらに、その二日後には、政府が厳格な食品基準の故に狂牛病はない(BSE-free)と繰り返し保証してきたドイツでも2例がみつかる。そして、翌年(2001年)1月9日には、イタリア・ロンバルジアで飼育されていた6歳の乳牛の狂牛病検査で陽性反応が出る。イタリアもまた、ドイツ同様、BSE-freeを主張してきた国である。1月12日のBBC News Onlineによれば、感染牛は北イタリアの食品コングロマリット・Cremonini Groupeに属する食肉加工工場で発見されたもので、このグループはヨーロッパ中のマクドナルド・レストランに食肉を供給している。これらの国での狂牛病発見は、その後も相次ぎ、既にみた第1表に示したような数字になるわけである。特にドイツでの発見のペースは非常に速い。1月15日付けのニュー・ヨーク・タイムズ紙は、"German Researcher:Mad Cow Possible"と題して、ドイツ政府機関の研究者が、今までに検査された数と確認された数、他の欧州諸国の経験に基づき、年末までに200から500のケースが発見される得るとドイツの新聞に語ったと報じている。

 これらの国は、今までBSE-freeを主張し続け、それだけに狂牛病コントロールも、政府の主張とは反対にズサンであると思われたから、また発見後の対応も稚拙であったから、消費者の受けた衝撃と不安は、フランス以上に深刻であった。スペイン、ドイツでの初の発見後、EUのバーン委員は、スペイン、ドイツは「リスクについて余りにひとりよがり」であった、科学的警告にもかかわらず、「これらの国の狂牛病防御は不十分であったようにみえる」と語っている(Germany 'too complacent' over BSE,FT com,2000.11.26)。ドイツのフンケ農相は、欧州委員会の3月の警告を無視したことについて、後に、1999年半ば、この問題について権限を有する16の州が検査の強化、EU全体での動物紛の禁止のアッピールなどの彼の提案を拒否したと弁明することになる(AP,2001.1.8,19:24)。また、EUは、2000年6月、10月1日から、家畜と人間の食料からの特定危険物質(SRM、脊髄、脳など病原体による汚染の危険度が高い組織)の除去、肉骨紛の適正な加圧加熱処理を全構成国に義務付ける決定(注)を行なったが、ドイツとスペインはこれにも反対していた。 

 (注)2000年6月29日の決定(Decision2000/418)に基づくEUレベルでのSRMリストは次の通り。
    ・12ヵ月齢以上の牛・羊・山羊の脳髄と眼球を含む頭蓋・扁桃腺・脊髄
    ・12ヵ月齢以上の牛の回腸、
    ・すべての羊・山羊の脾臓。
    さらに、リスクの大きいイギリスとポルトガルについては、次のものがこのリストに追加される。
    ・6ヵ月齢以上の牛の頭全体(脳漿、眼球、三叉神経節、扁桃腺を含む、但し舌は除外)・胸腺・腸(十二指腸から回腸まで)・脊髄、
    ・30ヵ月齢以上の牛の脊柱(神経節を含む)。

   ついでに言えば、フランスSRMリストは次のように定めている。
    ・12ヵ月齢以上の牛・羊・山羊の脳髄・眼球を含む頭蓋・扁桃腺・脊髄、
    ・イギリスで生まれ・育てられたすべての羊・山羊の脳髄と眼球を含む頭蓋、
    ・すべての牛の回腸、
    ・91年7月31日以前に生まれた牛及びすべての羊・山羊の脾臓、
    ・91年7月31日以前に生まれた牛及び91年12月1日以前に生まれたスイス牛の胸腺と腸、
    ・痒疹衛生警察の枠内で屠殺されたすべての羊と山羊の頭と胸部・腹部の内臓。

 ドイツは11月25日、29日から動物紛使用を全面禁止すると発表する。さらに、30日には、感染の危険度が高い30ヵ月齢以上の牛からの牛肉の販売を、検査を受けない限り禁止する。しかし、ドイツがこうしたコントロールをどこまで実施するのか、実施能力があるのか、深刻な疑念が残った(こうした権限は、ドイツでは連邦ではなく、州にある)。

 こうしたなか、27日には、EU科学運営委員会のAlbert Osterhaus博士が、既に数ダースの牛が食料チェーンに入っている可能性があると計算する。ドイツの国民食ともいうべきソーセージに対する不安が広まった。多くのソーセージには牛肉が使われており、その牛肉には特定危険物質が含まれる可能性が高かったからである。政府の電話ホットラインは、安全性の問い合わせの殺到でパンクした。牛肉の売上は、最初の発見から1週間で20−30%減少した。それでも、政府の対応は鈍かった。12月18日、ババリアでの狂牛病発見に関連して、EUのバーン委員は、ドイツは公衆の健康保護と市民への情報提供に必要なすべての措置を取らねばならない、肉骨紛による反芻動物飼育は、1994年以来、EUレベルで禁止されているが、これが遵守されているかどうか深刻な疑問があると発言している。

 20日には、一タブロイド新聞が、ソーセージの成分を詳しく調べ、市場に出された数百の標本中、牛肉とまったく無縁なのは二つだけと結論づけた。22日には、バーン委員が、狂牛病リスクのある物質を含む製品をEU及び第三国市場から撤収するように要求する。ドイツ保健相・フィッシャーが(特定危険物質の食物連鎖からの排除を全構成国に義務づけたEU決定が発効した)10月1日よりも前に製造されたソーセージのような機械的回収(背骨から取った)牛肉製品のリコールを命じたのは、この警告の後であった。(そのすぐ後、欧州委員会はこれを輸出市場全体に拡張した。続いて、オランダ、ベルギー、オーストリアは、ドイツの牛肉すべてを廃棄した。) かくて、クリスマス・イブのご馳走はソーセージに代わって海産物や鶏肉になった。シュレーダー首相も新聞インタビューで「今夜、私の妻はスパゲッティを作る」と言うあり様となる。

 年が明けて1月5日、保健及び農業大臣は、連邦議会議員から時宜を得た狂牛病対策を講じなかったとして激しく非難され、昨年11月のドイツ初の狂牛病発見後の危機管理に誤りがあったことを認めたが、責任を州政府や保守派支配下の旧政府に転嫁しようと試みた。その上で、義務的検査の対象を現在の30ヶ月以上の牛から24ヶ月以上の牛に拡張、脳や脊髄のようなすべての危険物質を食品流通から排除、有機畜産奨励など、狂牛病食い止めのための提案を示す。しかし、とりわけ、有機畜産奨励については、これを推進しようとする緑の党のフィッシャー保健相と懐疑的な社民党のフンケ農相の間で確執があった。この提案の僅か二日後、保健相が辞意を示し、農相もこれに続く。10日には、シュレーダー首相は、辞任した二閣僚の後任として、農業相にレナーテ・キュナスト「連合90・緑の党」共同代表、保健相にウラ・シュミット社民党議員を指名し、「消費者の観点」から農業政策を方向づける必要性を強調、「我々はより自然で、環境を尊重する農業によって食料の安全性を獲得する必要がある」と言明した。このために、農業省は、消費者保護も担当する巨大官庁に再編成された。

 スペイン、イタリアの状況も似たようなものであった。スペインの牛肉販売は、最初の狂牛病発見後1週間で25%減少した。政府は、すべての家畜について骨肉紛の使用を禁止、すべての家畜廃棄物の焼却も決めた。2001年7月1日から30ヶ月以上の牛の検査を義務化するEUの決定(後述)も前倒しして開始した。しかし、検査のための獣医や施設は十分でない。地方当局は、家畜廃棄物を処理できる焼却施設が全土で五つしかなく、政府の新たな措置に応える手段がないと不満を漏らしている。ガリシアでは、州政府が、悪臭で住民の文句が出るまで、罹病した死体を使用されていない鉱山の縦坑に投棄していたというスキャンダルで州農務長官が辞職している。

 イタリア人の牛肉への信頼は、自国での狂牛病発見以前、既にフランスのケースへの反応で崩壊していた。昨年11月、フランスからの輸入は禁止されたが、1月12日にはイタリアの検査が適切に行なわれているからその必要はないとして、禁止は解かれた。しかし、FT com(1.16)によれば、消費者団体は、イタリアの安全措置は遅れており、ある新聞はEUの監視官が屠殺場でのコントロールは不適切で、時には存在しないと結論したと報じている。イタリアでは年に400万頭が屠殺されるが、30ヵ月齢以上の60万頭につき3000の検査しか行なってこなかった。狂牛病拡散への不安から、牛肉消費は最近数カ月で40%減った。

 これらの国は、いずれも真剣な取り組みの姿勢を示しながらも、狂牛病コントロールに成功していないようである。3月に入っても、英国食品規格機関は、これらの国から発送された牛肉の中に、禁止された「脊髄」を発見している(農業情報研究所)。消費者の牛肉に対する信頼の回復にはほど遠い。

 こうして、危機はEU全体に拡大した。いまや、BSE−freeのEU構成国は、スウェーデン、フィンランド、オーストリアだけとなった。牛肉消費の減少はEU全体に広がっている。3月19日の農相理事会の際に出された欧州委員会の牛肉市場の状況に関する報告によれば、EUの牛肉消費は、昨年10月に比べて、全体で25%減少、とりわけドイツ、イタリア、スペインの減少率は、それぞれ50、42、35%に達する。今のところ狂牛病に無縁なオーストリアでさえ、15%減っている。それだけではない。後にみるように、狂牛病のEU全体への拡散とともに、EU域外の多くの国々が、次々とEU諸国からの牛肉や牛肉製品の輸入の停止措置を取っていった。そして、これらの国の中にも、狂牛病(とvCJD)への不安から、牛肉消費が激減する国が現れている。

 (2)EUの対応目次へ

「例外的事件には例外的対応」を

 この事態を前に、EUも、先にみたような措置にとどまっていることはできなかった。フランスが動物蛋白飼料の全面禁止、Tボーン・ステーキの禁止など、EUの規制を超えて進んだことは前にみた通りである。最も厳しい措置を取ってきた英国でも、さらに厳しい規制を求める動きが始まっていた。2000年10月31日、英国食品規格局(FSA)は、家畜飼料における同一種内のリサイクル利用(要するに共食い強要)の完全禁止(従来の禁止を血液・ゼラチン・獣脂にまで拡張)、英国牛の追跡システムの強化を勧告するとともに、EUに対しても豚や家禽の飼料による反芻動物飼料の汚染防止措置を講ずるように要請するレポートを出している(FSA News releases,2000.10.31) 。FSAは、機械的回収肉(MRM、高圧で骨から篩い取った取った原料肉で、安価なバーガー、ソーセージ、パイ、こまぎれ肉などに使われている)輸入チェックの困難にも目を向けていた。

 こうした安全規制とともに、狂牛病による経済的損失の補償を求める農民運動の要請にもEUレベルで応える必要があったし、価格の暴落を防ぐ牛肉市場の均衡回復措置も要請されていた。

 スペイン、ドイツでの新たな狂牛病発見により危機が拡大・深化するなか、11月29日には、欧州委員会が「例外的事件には例外的対応」として、以前ならば到底容認されなかったであろう新たな狂牛病対策を承認する。これに基づき、12月4日の農相理事会は、以下の措置を承認した。

 ・農場のすべての家畜の肉骨紛による飼育を2001年1月1日から禁止する。この禁止は2001年6月30日まで有効とする。フィッシュ・ミールによる養魚・養豚・養禽は許され、非反芻動物由来のゼラチンの使用も禁止の例外とする。また、獣脂は、2001年1月1日から濾過により取り除かれることになっているために、禁止対象に含まない。

 ・30ヵ月齢以上のすべての牛について、狂牛病検査をして陰性でない限り屠殺・廃棄する「廃棄のための購入」計画を導入する。この措置は、牛肉に対する消費者の信頼を回復し、減少した消費の結果としての過剰供給に挑戦しようとするものである。牛肉生産者は、廃棄される牛につき、可能なかぎり市場価格に近い価格を受け取り、その費用の70%はEU、残りを構成国が負担する。この措置の詳細は、12月13日に委員会決定された。生産者に支払われる価格は、廃棄計画が有効に機能するようなレベルに定められねばならない(低すぎれば、生産者は計画に応じないであろう)。関係家畜が人間の消費に使われないように保証するために、屠体は着色され、隔離貯蔵される。委員会は、構成国により計画が適切に実施され、コントロールされるように、スポット・チェックを行なう。なお、狂牛病リスクが低いフィンランド、スウェーデン、オーストリアは、検査なしでの国内市場向けの屠殺が許されたが、輸出肉はすべて検査されねばならないとされた。

 ・牛肉生産者の財政逼迫を救うために、牛肉プレミアムの前払いの60%から80%への引き上げる。

 ・現在の生産者価格の低下に対処するための公的介入の柔軟な取り扱い、 

 ・すべての「リスクのある」牛の検査を2001年1月1日から実施する。2001年7月1日から、この検査は30ヵ月齢以上のすべての牛に拡張する。

 なお、構成国が取っている一方的措置については、次のことが承認された。第一に、スペイン、イタリア、オーストリアのフランスからの生きた牛の輸入禁止措置の取り扱いについては、2001年1月1日以前に、常設科学委員会(SSC)の意見に基づいて委員会が提案を行なう。第二に、牛の胸腺・脊髄・脾臓・Tボーンの食物連鎖からの排除及び肉骨紛からの獣脂の排除については、2001年1月15日以前にSSCに諮問し、その後、これらの措置が廃止されるべきか、EU全体に拡張されるべきか、再びSSCに提案する。 

 11月29日の委員会提案は、除去され、廃棄されねばならない特定危険物質(SRM)の現在のリストに全年齢の牛の腸全体を含めるべきことも提案していたが、これは12月27日の委員会決定(官報掲載2001年1月4日)で正式に実施された。先の(注)に掲げたEUのSRMリストには、「全年齢の牛の十二指腸から直腸までの腸」が含まれることになる。

 Tボーン、MRMの禁止は、2001年2月7日に欧州委員会が正式に承認した。

対策実施の困難

 しかし、このような措置の実施は、既にドイツ等についてみたSRMの排除などの以前からの措置を含め、必ずしも順調に進んでいるわけではない。今年(2001年)1月5日、EUのバーン委員は、狂牛病コントロールに関する最近の措置の実施状況に関する質問状を構成国に送った。その回答の結果に関するレポートが1月29日に発表されている。それが指摘する主要な問題点は次のとおりである。

 ・屠殺時の特定危険物質(SRM)の除去:SRMに腸が追加されたことで、若干の国は精製・焼却能力が追いつかず、貯蔵したり、処理のために他の構成国にSRMを輸出している。加圧煮沸せずに土に埋めている国もある(地下水汚染の危険)。機械的回収肉の除去には大きな問題は報告されていないが、屠畜場レベルでの脊椎除去に関しては、小規模屠畜場での安全性確保が難しいことを報告する国がある。

 ・検査:30ヵ月齢以上のすべての牛の検査により、ほとんどの国が検査能力(検査器具、要員、検査所)の確保に苦闘している、フランスは、2001年1月2日から開始したが(ここでも多くの問題がある−後述)、多くの国は2月半ばまでに開始する予定で、ギリシャとポルトガルは3月末まで能力を確保できない。

 ・動物蛋白飼料の禁止:ほとんどの国が短期的な困難を報告している。いくつかの国は、ゼラチンを含む廃物が飼料に含まれることが禁止されるのかどうか、あらたな規制の直前に第三国(EU域外国)輸入された魚粉をどう扱うかなど、措置の一定が側面が不確かなことを報告している。既存の飼料の回収は進んでいるが、完全回収には時間がかかる。加工動物蛋白と回収された飼料の貯蔵と処分の方法は構成国により様々で、焼却、個々の加工事業者による特定の方法での廃棄、非食料生産家畜の飼料への利用などが行なわれている。加工工場に関しては、特にペット・フードや養魚飼料を同じ生産ラインで生産している小規模業者が、ラインの分離のコストの大きさから打撃を受けている。多くの構成国は、最近年に第三国に輸出された加工動物蛋白の量に関する詳細な情報を提供している。

 ここに指摘されているような問題に加え、以下の点を指摘しておきたい。

 検査の拡大のために導入された「ラピッド・テスト」が必ずしも信頼できないことである。欧州委員会は自信を示しているが(Europena Commission,Frequently asked questions about BSE-tests)、多くの専門家は、検出の限界を指摘している。たとえば、Ouest-France(2000.12.23)は、30ヵ月齢以上の牛の検診は狂牛病を検出できる試薬のメーカー間の競争を加速するが、これらの診断は絶対的に信頼できるのかと疑問を投じ、陽性の結果が出たときには問題はないが、陰性の場合には、病気はその最終局面、すなわち最後の9ヶ月、もっと一般的には最後の3ヶ月にしか検出できないから誤診を免れないというAFSSAウィルス学者のコメントを紹介している。フランスは、前述のように30ヵ月齢以上のすべての牛の検査を今年1月2日から開始したが、この開始にあたり出されたAFSSAの意見も、現在の検査が中枢神経組織内の病原体が発見可能なレベルまで成長した牛を確認できるだけであり、「陰性の結果は検査された牛が狂牛病をもたないことを意味しない」として、現在の予防原則の堅持の必要性を強調する一方、「消費者情報はこれらの限界を喚起せねばならない」と述べている。ドイツやスペインは、消費者の信頼回復のために、検査を24ヵ月齢以上の牛にも拡張しようとしているが、この場合には検出は一層難しくなる(プリオンは検出可能なレベルまで成長していない)。検査の強化にもかかわらず、特定危険物質の食物連鎖からの排除の規制は厳格に実施されねばならないということである。しかし、違反事件が後を絶たないことは前に述べたとおりである。

 動物蛋白の全面禁止については、オーストリアなどが永久化を要求しており、6ヵ月の禁止にはとどまらない可能性が高い。先に述べたように、代替植物蛋白の確保は困難が予想される。しかし、2000年3月、欧州委員会のレポートは楽観的展望を明らかにした。それは、植物蛋白作物栽培のEUにおける促進は、特に生産拡大を促すような助成を規制するWTOの制約もあり、非常に高くつくので選択肢とするべきではない、大豆ミールの輸入量は比較的僅かで済み、蛋白不足は域内穀物、輸入大豆、飼料利用の効率改善を組み合わせることでカバーできる、という。この点については、今後の推移をみるほかない。口蹄疫の影響も加わり、肉離れが長期に続けば、特別の代替蛋白確保策が無用になるかもしれない。

 委員会の報告にも触れられているが、検査の拡大と大量の廃棄計画がもつ問題についても補足しておきたい。多くの国は、検査の能力だけでなく、短期間に大量の牛を屠殺し、適切な処理をし、廃棄する能力をもちあわせていない。たとえば、フランス・グラヴァニ農相は、昨年12月21日、1月2日からの30ヵ月齢以上の牛の義務的検査の計画大綱を発表したが、その際、Ouest-France(2000.12.22)が報じたところでは、現在の13の検査所では能力が足りず、緊急に他の検査所(26ヵ所が必要)を承認する必要があるが、検査の質が落ちないように、政府は慎重でなくてはならない、検査された肉を一時的に保管し、また廃棄されねばならない部分の「追跡」のための屠畜場内の適切な組織の設置も簡単な課題ではない、屠体の解体の際に検査されない牛、あるいは狂牛病陽性の牛を物理的に排除する能力がフランスにあるのかについても、現状では答えは「ノン」、政府は、動物粉の排除により激増する廃棄物対策(従来はリサイクルされていた廃物が、すべて廃棄の対象となる)に手を着けたばかりである。

 廃棄される牛についての農民への補償も問題になる。たとえば、1月15日、数百の農民が、狂牛病への対処のための政府援助の欠如に抗議して、スペイン中の屠殺場と食肉パッキング工場を閉鎖したが、これら農民は、廃棄される牛一頭当たりの補償額(4万ペセタ)余りに低く、飼育者が病気を隠すことになるという(Farmers protest at lack of government help,FT com,2001.1.16,00:00)。検査のための費用を含め、これらの直接の狂牛病対策費用は、構成国とEUが共同ファイナンスすることとなったわけであるが、1999年にベルリン首脳会議で承認されたアジェンダ2000のEUの農業政策予算枠は、こうした事態をまったく想定していない。2001年1月31日、EU第一次補整予算で、当面の牛肉市場支持・30ヵ月齢以上の牛の廃棄・検査のための費用として、農業予算枠外から9億7100万ユーロの支出が決まったが、今後、一切の追加支出はできないとされた。今後、このために必要になる費用は、定まった農業予算の組替えによって捻出するほかない。その展望はどうなのか。

「工業的農業」、「グローバル化」の批判へ

 既に述べたように、ドイツ政府は狂牛病の根本原因はEU共通農業政策(CAP)が促進した「工業的農業」にあるとして、1月初めから、有機農業等エコロジカルな農業の奨励に向けてCAPを改革するように求めていた。EU農業担当委員・フランツ・フィシュラーは、アジェンダ2000のCAP改革は、既に構成国がそのような選択をする余地を与えているとしながらも、農業予算の90%が大規模な工業的農業のための市場支持措置に当てられ、農村振興予算が10%しかないアジェンダ2000の決定は、定められた2002年の中間見直しで包括的に再検討すべきという意図を明らかにしている。ここに言う市場支持措置とは、保証価格引き下げにより減少するであろう農業者所得を補償する直接支払いを意味し、多くは穀作等の大規模耕種農家の、また一部は条件不利地域を中心とする養牛の奨励金に当てられている。狂牛病は、まさにEU財政の問題との関連で、CAP見直しの大きな契機を提供したことになる。狂牛病対策も、市場支持措置の費用を削って賄うほかないであろう。

 (注)アジェンダ2000による改革CAPは、市場措置全体にかかわる農家への直接支払いについて、構成国は経営における雇用数、経営の全体的繁栄度、あるいは経営に支払われる援助の総額に関連して、一定限度内(20%)内でこの直接支払いを減額し、この減額により利用可能になる資金は、農村振興にかかわる一定の措置、すなわち農業環境措置・条件不利地域や環境保全地域への援助・早期離農・農地植林などの措のための共同体追加支援として利用することができるとしていた。実際、フランスは、「モジュレーション」と称されるこの措置により浮いたEU資金により、1999年農業基本法により定められた地方経営契約(CTE、経済的・社会的・環境的な多面的機能を実 現する経営計画を立て、その実行を約束する経営に、その代価として援助を与える国と個別経営者または経営者団体との契約制度)を実施している。

 しかし、大規模耕種農家への援助の削減はパリ盆地を拠点とし、フランスではもちろん、EUでも大きな影響力を振るう農業経営者連盟(FNSEA)の反発を免れない。改革姿勢を鮮明にしたドイツも、いざとなれば旧東独の大規模経営への援助の減少を恐れて後退するかもしれないる。それは、大規模経営への援助をできるかぎり減らそうとする1992年以来のCAP改革案を常に後退させてきた中心的要因であった。また、条件不利地域(英国、アイルランド、フランス等に多い)における養牛奨励の減少も改革を阻む大きな要因になる。この改革の困難を予想させたのが、その前触れとなる欧州委員会の牛肉危機に挑戦する「7-poit plan」に関する農相理事会の討議であった。

 このプランは、欧州委員会が2月13日に決めたもので、有機農業助成の強化、粗放化(家畜密度の引き下げ)促進のための各種養牛奨励金の削減措置、「廃棄のための購入計画」を「特別購入計画」に置き換えなどの内容を含んでいた。「特別購入計画」は、「廃棄のための購入計画」への反発を和らげるために、30ヵ月齢以上の牛の肉を市場に出せるようになるまでストックするか、即時廃棄するかの選択を構成国に許すものである(ドイツは、「倫理的」理由から「廃棄」に反対してきたが、市場バランスの回復のために、屠殺される40万頭にのぼる牛のうち、5万頭分の牛の検査済みの肉を北朝鮮への援助に振り向けることを決定した)。しかし、この提案を討議した2月26日の農相理事会での構成国の利害対立は激しく、何の合意も得られなかった。

 ところで、「工業的農業」あるいは「集約的農業」をもたらし、促進したのは、何もCAPだけではない。それは、一層の豊かさ−経済成長を求める農業社会も含めた「社会全体」がもたらしたものである。従来のCAPそのものも、その帰結にすぎない。市民はできるかぎり安価で潤沢な食料を求め、農民はそれに応えることで自らの生活条件を改善しようとした。グローバル化はこうした要請に応える最も効率的な手段であった。

 狂牛病は、このような社会全体を揺さぶることになる。グローバル化、それがもたらす競争圧力の増加が迫る工業化された食料経済システムこそ病気の真因だという論調が高まる。1月初め、ドイツ・フィッシャー保健相は、辞任に際し、「危機の真の原因は工業化された農業経済にある。経済的利益が支配的で、消費者の利益の上に置かれている」、食料価格をどこまでも押し下げる(競争)圧力が問題だと語る(Two Germans Quit Cabinet for Handling of Beef Scare,The New York Times,2001.1.10)。1月16日、アイルランド農業者協会(IFA)の会長は、ダブリンで、スーパーマーケットの食品価格引き下げの圧力により安全な食品を生産し、最善の農法を維持することが、不可能ではないとしても、非常に困難になっているという。彼によれば、イギリスの狂牛病の起源は科学者による研究にかかわることだが、経済的には、狂牛病が食品価格のコンスタントな低下と消費者により支払われる価格からの農民受け取り分の絶えざる低下から生じたことは疑い得ない。今や、スーパーマーケットと多国籍小売業者は、食品安全、高度な品質、最善の農法が農民にとっての公正な価格から来るのだということを思い起こすべきときである(Price wars endangering food safety-IFA,The Irish Times,01.1.17)。

 こうした論調は、2月下旬に英国で口蹄疫が発生、急速に拡大すると一層強まる。多くの専門家が、口蹄疫のかつてない、ほとんど制御不能にみえる拡大が、余りに集約化された農業、家畜や肉の急速な移動・流通を引き起こす食料システムのグローバル化に起因すると論じる。英国の緑の党の議員・キャロライン・ルーカスは、口蹄疫のかつてない速度での広域への広がりは、病気が容易に伝染するように組織された農業であり、グローバルな食品流通システムであるとして、過去10年間に地方の小規模屠畜場の大部分が閉鎖された趨勢を覆し、家畜は農場近くで屠殺できるようにしなければなrない、食料は生産される場所により近いところで消費されるべきだと、「ローカリゼーション」を主張する(BBC News Online,2001.3.6)。ブレア首相までが、この論調に加担する( British Prime Minister questions 'intensive' farming,e-markets/AFP,2001.3.2)。 

 しかし、こうした論調には、当然ながら反論も多い(一例は、Martin Wolf,Farmers shoud go to market,Financial Times,2001.4.4,p.15)。ドイツのキュナストは、現在2、3%の有機農産物のシェアを10年で20%にするという。しかし、それだけでも幻想的なのに、有機農業で食料需要を十分に満たすのは、さらに夢物語であろう。それは、現在の技術では、食料の必要量を確保できないだろうし、有機故にプレミアム(高価格)が当然とする現状では、一部の裕福な層を満足させるだけであろう。「ローカリゼーション」により、地域住民のすべての食料需要を満たせるはずもない。問題は、安価で潤沢な食料か、それとも安全で高品質な食料かの二者択一ではなく、両方が目指されねばならないことである。グローバル化は否定されねばならないのではなく、統御されねばならないであろう。

グローバル化の統御に向けて

 フランス農民同盟は、早くからこれを問題にしてきた。EUのホルモン牛肉禁輸に対して米国はWTO公認の制裁措置を取ったが、その制裁品目には、フランス最古の原産地チーズ「ロックフォール」も含まれていた。南仏、1970年代初めからの基地拡張反対闘争に勝利して配分された「ラルザック」の地でこのチーズの生産に携わるジョゼ・ボベ等を含む農民同盟は、1999年8月、周辺農民やフランス全土の市民団体・労組員とともに、グローバル化の象徴としての「マクドナルド」の建設中の店舗前で抗議行動を組織した。このとき、ジョゼ・ボベがとっさに口にした「マル・ブッフ(malbouffe)」なる造語は、たちまちフランス中の流行語となる。ボベにとっての「マル・ブッフ」とは、世界の隅々まで画一化された味・規格化された食料の問題、食料の選択・安全性の問題、すなわち文化と保健の問題であった。それは、同時に「工業的農業、流れ作業で生産される食料」の問題であった(Jose Bove et Francois Dufour,Le monde n'est pas une marchandise-世界は商品に非ず-,La Decouverte,Pris,2000,p.78)(注)。要するに、食料の生産から消費にまで至る連鎖のシステムの問題であった。
 
(注)本書は紀伊国屋書店から『地球は売り物じゃない−ジャンクフードと闘う農民たち−』(新谷淳一訳)として2001年4月に翻訳出版された。ただし、訳者により省略・要約された部分がかなりあり、訳語も必ずしも適切でないと思われるものがある。
 マクドナルドに対する行動について地方官憲の発表を鵜呑みにしたAFPは、これを「略奪」と派手に報じた。メディア時代、この情報は、一瞬にして世界を駆け巡った。組合潰しを狙ったともみられる法外な保釈金の支払いを拒否してWTOへの獄中での闘いを宣言したジョゼ・ボベは、獄中で出会った多くの囚人たちの喝采を浴びただけではない。保釈金を支払い、ボベを解放したのは、米国農民団体であった(
アメリカの農業組合、ジョゼ・ボベの保釈金支払いを提案)。彼と農民同盟の一行は、かれらの闘いが反米闘争ではなく、「マル・ブッフ」との闘いであること訴えるために、米国を行脚する。彼らの行く集会は、回を重ねるごとに多くの人を呼ぶ。そして、これらの人々は、1999年11月末、WTOの下での新たな多角的貿易交渉の開始を宣言するはずであったシアトルの閣僚会合の場に終結する。こうして、ボベは、(小ざかしい地方役人のお陰で)一躍、世界の「反グローバリゼーション」の顔になる。2000年6月の南仏・ミヨーでの彼らの裁判には、世界中から数万の人々が駆けつけた(Le Monde,ミヨーのボベ,ボベに「抑制した刑罰」を求刑)。

 注)ボベによれば、内部のいくつかの仕切り板、ドア、配電盤ボックス、そして、すべて飾り用のキットであるから容易にはずれる釘付けの鉄板(参加した子供たちが「タンタン」をしながら役場まで行進)を取り外しただけである。地方官憲は、実際の10倍もの被害を認め、この発表を鵜呑みにしたAFPは「略奪」と報じた(前掲書、p.16による)。

 しかし、ボベは決して「反グローバリニスト」ではない。「ロックフォール」は米国にも輸出しなければならない。それは、条件に恵まれない土地の小農民たちが、営々たる努力を重ねて造り出した生活の糧であり、小農民として生きる権利を保障するものである。彼は「グローバリゼーション」の「権利」に基づく制御を求めているのである。「経済的力関係ではなく、権利に基づく国際貿易はよいことだ。シアトルの街で横断幕に明言したように、我々はWTOを人権に従わせることに賛同する。貿易が、何故国連の枠内で諸国家により調印された法、条約、憲章、協定から逃れるのか。これらのテキスト(人権、子供の権利、生物多様性、社会・経済的諸協定等)は各国の代表者により採択されたものだ。それらは合法的で、市場に対する政治の優位の根拠となる。WTOは規則を布告し、執行し、紛争を裁くシステムを与えられている。・・・それは立法機関であり、執行機関であり、司法機関である。啓蒙の世紀以来、この混合は反民主的であることが分かっている。この完全な混合を絶つために、我々は、WTOから独立した職業的裁判官で構成され、その規則が[前記のような]基本的テキストに従う国際裁判所の観念を擁護する」(前掲書、p.217-18)。

 このような論調と運動は、いまや世界の大波となっている。しかし、WTOにも言い分がある(10 common misunderstandings about the WTO)。要するに、このようなWTOを生み出したのはWTOそのものではなく、ウルグアイ・ラウンドに参加した世界各国の政府ではないかということである。それは事実である。しかし、それが「国連の枠内で諸国家により調印された法・・・」と齟齬をきたしていることも事実である。ホルモン牛肉のリスクを回避するために「予防原則」を適用したEUに対して、科学的確証がないかぎり輸入規制を許さない衛生植物検疫協定(SPS)に基づき米国の制裁を認めたWTOは、米国農民団体がいうように、「自分の選択に従って食べる民衆の権利」を奪い、またボベのような小農民が世界で生きる権利を脅かす。ACP諸国(アフリカ・カリブ・太平洋諸国)のバナナを優遇するEUの輸入制度をWTO協定違反とするチキータ等の多国籍大企業の訴えを認めて、これも米国による制裁措置を認めたWTOの決定は、カリブのバナナ小農民を楽園から追放し、プランテーション労働者の地位におとしめる。遺伝子組み換え体(GMO)の貿易における「予防原則」の適用を認めない米国やオーストラリアの主張がWTOのルールとなれば、それは再び「市民」の「遺伝子組み換え体を拒否する権利」を奪い、また生物多様性条約の枠内での「バイオセイフティ・プロトコル」と齟齬をきたす。 

 しかし、グローバル化の統御への道ははるかに遠い。

3.狂牛病グローバル化の脅威目次へ

 EUにおける狂牛病の拡散とともに、EU域外の各国も、その国内への侵入を防ぐために、相次いでEUからの禁輸措置を取った。

 これらの措置は、狂牛病の世界への拡散の脅威を消し去るものではない。狂牛病のEUの大部分の国への拡散の直接のルートが、英国からの肉骨紛の輸入によるものとすれば、これを大量に輸入していた他の国々へも拡散していると考えるのが自然であろう。既に第3表に示したように、英国は1990年から96年まで、日本も含めたEU域外諸国に、自国で禁止した肉骨紛を大量に輸出し続けていた。それだけではない。狂牛病の感染ルートは、英国以外のEUの狂牛病発生国からの肉骨紛にもあり得ると考えねばならない。ところが、EU諸国は、今次の危機に至るまで、大量の肉骨紛を世界中に輸出していた。EU統計が示すところでは、その輸出先は98カ国に及ぶ。第4表には、このうち、比較的輸出量が多い国と輸出量を示す。

 昨年(2000年)12月22日、世界保健機関(WHO)が狂牛病とvCVDの世界化への懸念を表明、すべての地域の専門家と官職者の大規模な国際会議を召集していると語った(Germany orders recall of BSE scare sausages,FT com,2000.12.22,19:14:36)のは、このような事情を反映している。La Tribuneによれば、同機関が心配するのは、輸出される牛肉製品はハンバーガーのような製品に加工されることで追跡可能性が弱まること、一定の途上国は、近年、肉を基調とする家畜飼料を輸入しており、イギリスはEUだけでなく中東やアフリカに肉紛を輸出しており、またEUも東欧・アジア・米国に50万トンの飼料を輸出していること、多くの途上国は狂牛病感染の監視システムをもたないことである。また、動物粉の大量の貯蔵が環境汚染を生むことも懸念している(L’OMS redoute la mondialisation de crise de la “vache folle”, La Tribune,00.12.26)。

 今年、1月24日、英国の研究者が、インドネシア、タイ、台湾、スリランカを名指しで、病原体に汚染された肉骨紛を英国から大量に輸入したために、狂牛病の次の犠牲国になる可能性を指摘した。タイ、インドネシアの当局は、狂牛病が存在する可能性はないと懸命に火消しに出たが、国民の不安を打ち消すことはできなかった。25日には、ロイターは、国連食糧農業機関(FAO)高官とのインタビューとして、中東、東欧、北アフリカ、インドは狂牛病リスクが非常に高いと報じる(INTERVIEW-FAO see mad cow risks in M..East,E.Europe,India,2001.1.25)。翌26日には、同機関が世界中の国に狂牛病とvCJDのリスクへの対処を呼びかけた。同機関は、1980年代以来、西欧、特に英国から牛または肉骨紛(MBM)を輸入したすべての国にリスクがあり、いくつかの国は、最近年、大量のMBMを輸入したと警告した(FAO Press releases,2001.1.26)。

 こうして、狂牛病不安はEU以外の国々でも次第に高まっていった。とりわけ、タイ、フィリピン、韓国では、肉骨紛使用の情報やvCJD発見の報道(いずれも最終的には否定された)により、牛肉販売が急減した。オーストリア・ニュージーランド、米国、カナダなども、飼料の生産や使用に関する規制の見直しや強化、検査の強化などの動きが始まった。中東欧諸国、中国も含むアジア諸国の対策強化も進んでいる(検査、飼料規制、リスクのある食品の消費や血液利用に関する規制など)。

 2月7日には、FAOが少なくも100カ国に狂牛病リスクがあるとして、欧州以外の国に反芻動物への肉骨紛使用禁止を要請し、とりわけ途上国の対処能力の向上への協力を表明した(FAO News Highlights,2001.2.8)。しかし、過去に大量の欧州産動物蛋白を輸入し、使用してきた事実とそこから来る不安は消えない。EUは世界各国の狂牛病リスクの評価を続けているが、今年2月13日に公表されたボツワナ、ナミビア、ニカラグア、スワジランドに関する科学運営委員会(SSC)の意見は、リトアニアには狂牛病がありそうだ(レベル3)と結論している。また、4月2日に公表されたアルバニア、ブラジル、コロンビア、キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、インド、モーリシャス、パキスタン、ポーランド、シンガポール、スロバキアに関する意見では、狂牛病がありそうもないのはブラジルとシンガポールだけで、インド、パキスタン、コロンビア、モーリシャスではありそうもないが可能性がまったくないわけではない(レベル2)、アルバニア、キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ポーランド、スロバキアでは十分にあり得る(レベル3)と結論している(SSC Opinions)。

 この意見でレベル3とされた国々は怒りをあらわにしているが(Eastern Europe 'must tighten BSE rules',Financial Times,2001.4.3.p.3;Czechs Angered at Being on List of Countries With High BSE Risk,Central Europe ONlLINE,2001.4.4;Warsaw Protests EU Labeling Poland Risk Country for Mad Cow Disease,Central Europe ONlLINE,2001.4.6,Prodi Seeks to Soothe Hungarian Anger Over Mad Cow Embargo,Central Europe ONlLINE,2001.4.6)、ドイツの二の舞になることを恐れる。

 いまや、世界の多くの国が狂牛病を対岸の火事とみる態度の修正を迫られている。

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 1999年農業基本法法の提案理由を説明するなかで、当時のフランス農相・ルイ・ル・パンセックは、狂牛病は、複雑・精巧な技術を用い、それがもたらす結果を統御できないほどに人工化された農業に対する深刻な不安を市民の間に生み出したと述べている(北林寿信「方向転換目指すフランス農政−新農業基本法制定に向けて−」『レファレンス』1999年3月号、p.57))。狂牛病を生み出す技術を開発した人間は、未だそれを統御する術をもたないし、今後ももたないであろう。

 唯一の確実な方法は、肉食文化との「訣別」であろう。狂牛病に続いて口蹄疫に襲われた欧州では、食肉消費は大きく減退している。マスコミはにわか菜食主義者の発生を騒騒しく伝えている(たとえば、「さらば牛肉、欧州は菜食王国」『ニューズウィーク日本版』2001.3.7)。しかし、それは、肉食を「食人風俗のほんのわずかに弱められた一形態」(レヴィ・ストロース、前掲、p.97)とみなした記憶が蘇ったからであろうか。そうであれば、この「訣別」に進むであろう。 しかし、一過性(ただし、相当長期にわたる)の現象に終わる気配もある。いち早く厳格な安全措置を取った英国の牛肉消費は1995年のレベルに近いところまで回復している。フランスでも、2000年11月に基準年(1995−98年)平均に対して42%も減った牛肉消費は、2001年1月半ば以降、不断に上昇し、基準年平均を15%下回るにすぎないところまで回復している(ただし、80年代以降の長期的減少傾向は続いている。Consommation de viande:une reprise tourmentee pour la viande bovine(avril 2001,Agreste Conjoncture,La note No.4,2001.4.4)。牛肉の代わりにカンガルーやワニなど(Europe places first crocodile meat order,Bangkok Post,2001.3.6,Kangaroo Export to Europe Rise,Yahoo!AP,2001.3.14,9:30PM)、フィリピンでは禁止された犬の肉まで需要が増えている('Mad cow' spurs demand for dog,carabao meat,Philippine Daily Inquirer,2001.3.3)。とても肉食との「訣別」の雰囲気ではない。

 ただ、どれほど進むかは別として、「生産性至上主義」的農畜産業・食品産業の一定の見直しは進むであろう。また、狂牛病と口蹄疫の侵入を防止するために、米国・オーストラリアをはじめ、多くの国が「予防原則」を適用した。各国の禁輸対象国・地域は、狂牛病や口蹄疫の発生国・地域を超えているし、対象品目も様々である。なかには、穀物や魚まで禁輸した国もある。それでも「予防原則」ではなく、「科学的確証」に基づく規制だといえようか。EUは、「予防原則」をWTOのルールに盛り込むことを次期WTO交渉の最初からの課題としている。その実際の適用に関しては、EU自身が困難をかかえている。EUは、英国の狂牛病対策を認めてEU諸国への牛肉等の禁輸措置を解いたが、フランスは「予防原則」により未だに輸入禁止を貫いている。それでも、狂牛病は、少なくとも、SPS協定の見直しに大きな動機を与えよう。

 ただし、狂牛病が世界中に蔓延し、vCJDの犠牲者が増えつづけることになれば、それだけではすまないかもしれない。

(以上で本文終わり)

全文掲載に当たって

 この報告は、2001年3月に国立国会図書館調査局職員の「研修」の席で行なったレクチャーを基に整理したものである。従来、このホームページでは「要旨」だけを紹介しており、全文は希望者のみに配布していた。全文を掲載したのは、わが国の狂牛病騒動がほぼ治まりつつある現在、この問題が忘れ去られることのないように、今一度注意を喚起しておきたかったからである。

 国会図書館でのレクチャーの意図は、欧州での騒動を相も変わらず「対岸の火事」としてしかみていない日本(マスコミも含めて)の状況に警告を発することにあった。しかし、「研修」参加者でさえ、これが差し迫った日本の問題と受け止めることができなかったようである。筆者は、一人の議員でもこの問題に関心をもてば、議員に対する情報提供をサービスとする調査局を通じて警告が伝わることを期待した。しかし、半年後に最初の狂牛病のケースが発見されるまで、この問題での議員の質問はなかったと聞く。6月には、農水省がEUの日本に関する狂牛病リスク評価の公表を押しとどめたというニュースが流れた(日本:EUの狂牛病リスク評価に反発、報告書公表を阻止)。このニュースも大した話題にならなかった。政府も、議員も、マスコミも、多くの国民も、日本にも狂牛病が、などと、夢想だにしなかった。筆者の心配は世間を惑わす杞憂であり、これをまともに取り上げるマスコミなどあるはずもなかった。それは「狂気の沙汰」と相手にされなかったであろう。

 その後の展開は周知のとおりである。様々な対策・規制が実施された。しかし、日本の狂牛病対策には、なお多くの重大な欠陥がある。「健康」牛の全頭検査はいち早く導入されたが、狂牛病の発生状況把握のために不可欠な死亡牛の検査は遅れに遅れ、今年4月から、漸く30都府県で開始せれる見通しだという(EUの検査では、死亡牛の検査で狂牛病が発見される率は、食用に屠殺される「健康」な牛の場合の30倍にのぼり、このような牛の検査を欠いては狂牛病発生状況を正確に把握することは不可能である)。飼料に肉骨粉を使用することは、一旦は全面的に禁止されたが、間もなく部分的に解除された。しかし、牛の飼料への混入防止措置は決して万全ではない。牛用飼料製造ラインは、近々漸くも専用化を義務づけるという。こうした遅れがもたらした損失は巨大である。飼料や特定危険部位の除去のような人間への感染防止にかかわる様々なルールがどこまで遵守されているのか、国民は知ることもできない。EUで行なわれているようなこれらの制度的監視や監視結果の公表が不十分だからである。狂牛病の脅威に対する意識が、狂牛病第1号発見以前のような状態に戻るとすれば、それが最大の危険である。