欧州議会 壮大な化学物質規制法を承認 化学物質との全面的戦いの第一歩

農業情報研究所(WAPIC)

05.10.18(最終改訂:11.19

 11月17日、史上最大の環境立法と呼ばれ、世界に類例のないEUの化学物質規制法(REACH)が欧州議会を通過した。

 European Parliament News:http://www.europarl.eu.int/news/expert/infopress_page/064-2293-321-11-46-911-20051111IPR02262-17-11-2005-2005--true/default_en.htm

 閣僚理事会の投票はドイツの強硬な反対で年末まで延ばされたが、2年に及び大論争の的となってきたこの規則も、漸く日の目を見ることになりそうだ。ただし、EU域内はもちろん、これを事実上の貿易障壁とする米国や日本の化学企業の猛烈な圧力活動を受け、内容は当初の欧州委員会の提案(欧州委、史上最大の環境立法、化学物質規制案を提案,03.10.30)から大きく後退したものとなった。

  407 対155の圧倒的多数で承認されたこの新立法は、EUで製造されるか、EUに輸入され、年間1トン以上が販売されるおよそ3万の化学物質の登録制度を11年かけて確立することを目的とする。 登録されない物質は販売できなくなる。登録は発癌物質、環境ホルモン、残留性・生物蓄積性が高い毒性物質など最も危険な物質から始めることになる。その原則の新しさは、化学物質の人間と環境にとっての安全性 の立証責任を公的当局から産業に移転することにある。登録のためには、企業は多大な費用と時間をかけて膨大な数の物質の安全性を証明しなければならない。ただし、最も危険と見られる物質の販売は当局の評価に基づく承認に服さねばならない。

 多大な負担を恐れる産業の圧力を受けた議員たちは、欧州委員会提案に対する1000にも上る修正案を提案した。先週、保守・社会主義・自由主義各派は、年間供給量が1トンから10トンまでの物質の安全性試験は、危険度が高い物質を除き、簡素化することで合意、圧倒的多数による承認に漕ぎ着けた。これらの物質については、既に毒性が知られているか、広く流通していることを改め て立証するだけでよい。さらに、10トンから100トンまでの物質についても、一定の試験を免除する可能性も導入された。

 環境団体は、これによりおよそ3分の2の物質が完全な試験を免れることになると推定する。その上、現在流通している化学物質の大半を占める1981年以前に商品化された物質は、このような規制の対象とならない。これらは健康・環境影響のチェックを義務付けられていなかった物質である。各国が危険と考える物質について試験してきただけである。

 従って、環境団体、”地球の友”と”グリーンピース”は、採択されたREACHは、数千もの化学物質が基本的毒性データもないままに放出さ せることになるから、公衆が必要とする健康と環境の保護を提供しないとする共同声明を発した。

 http://www.foeeurope.org/press/2005/joint_17_Nov_reach.htm

 既に、危険性の高い夥しい数の化学物質が世界中の自然界に蓄積、人類の生存に不可欠な生物多様性を脅かしているだけでなく、人体にも蓄積されている。しかし、その健康影響はほとんど、あるいは十分に知られることなく、すべての人々がますますそれらに曝されるようになっている。03年、当時のヴァルストレムEU環境担当委員は、人間の血液に含まれるテレビ、絨毯、家具、食品などの日用品の中に発見される77の化学物質を調べる世界野生動物基金(WWF)の生物監視調査に参加したが、彼女の血液からは、多数のPBDEs(ポリ臭化ビフェニルエーテル類)が検出された。

 これらの物質は、カーテン、ソファーなど多くの家庭繊維製品、家具、車、家電製品などに難燃剤として使われており、動物組織や発生源からはるかに離れた水の中や大気中にも検出される。主に食事、特に脂肪の多い魚のような高脂肪食品から取り込まれ、多年にわたり体脂肪等に貯蔵され、乳脂肪に濃縮される傾向があるが、その健康影響についてはよく分かっていない。その一部については、動物での発癌性が見つかっているというEU委員・ヴァルストレムの血液検査、化学物質人体蓄積を実証,03.11.7

 WWFは今年10月初め、REACHの審議に向け、107の物質がEU12ヵ国の13の家族の血液中に含まれるかどうかを調べる研究の結果を発表した。それによれば、73の物質が検出された。最も汚染されていたのは祖母の世代で、平均で63物質が発見された。彼女らは、先進国では現在利用が制限されている古い物資に曝されてきたという。次いで子供にはその母親(49物質)よりも多い59物質が発見された。その血液では、新しい種類の化学物質の濃度が比較的高かったという。

 WWF:http://www.panda.org/about_wwf/what_we_do/toxics/publications/index.cfm?uNewsID=23696

 このような事実にもかかわらず、結果は環境団体の大いなる失望を招いた。当初の立法目標は、化学産業の競争力維持と健康・環境の保護を調和させるということであったが、結局は前者を優先することになった。閣僚理事会は、議会案をさらに後退させる恐れさえある。BASFなどの巨大化学企業を抱え、ヨーロッパの化学産業の売上高の25%を持つドイツの新参・メルケル首相は、ドイツ化学産業のためにREACHを可能なかぎり弱体化させる心積もりと見られている(EU Warned Not to Water Down Chemicals Rules,Deutsche Welle,11.17;http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,1779001,00.html)。欧州議会バージョンに対して、産業はリスクが暴露量を考慮せず、物質の固有の性質に基づいて判断されることや、危険な物質は適切な管理がされていても代替品への転換を強制されることに不満を抱いているという(Reaching a balance,FT.com,11.18;http://news.ft.com/cms/s/d5b2fcd8-57d7-11da-8866-00000e25118c.html)。

 これは、化学物質から健康と環境を護る戦いがいかに困難かを浮き彫りにする。しかし、この戦いは全面的に敗北したわけではない。このような法案が日の目を見ること自体が一定の前進を意味する。壮大な戦いの第一歩は踏み出したと位置づけるべきであろう。

 関連情報
 EU:欧州委員会、化学物質規制制度の抜本的改革を提案,03.5.8

 関連ニュース
 EU parliament shrinks chemicals safeguards,Financial Times,11.18,p.8
  Regulation will make Europe less competitive and hit jobs,industry warns,Financial Times,11.18,p.8