台湾大洪水、山地住民の移住計画を促す 土木工学ではもはや住民を救えない 

農業情報研究所

04.7.12

 台湾中・南部に大洪水をもたらした台風が去って1週間、土木工学はもはや山地住民を救うことができない、唯一の解決策はどこか安全な場所への移住しかないという議論が高まっている。台北タイムズによると、担当官署は、自然災害に弱い山岳地帯の住民を移住させる構想を提案している(Disaster prompts relocation plan,The Taipei Times,7.11

 報道によると、農業委員会土壌・水保全局の呉輝龍局長は、「人間の居住に不適な場所に住む人々の安全を確保できる全能の工学的方法は存在しない」と語った。彼は、農業委員会が災害に弱い村の調査をできるかぎり速く完成するのを助ける諮問グループを設置したと言う。河川の水位上昇により発生した最近の地滑りや泥流の予備的分析を完成した専門家は、自然災害を回避するための短期的戦略が採用されるべきだと示唆している。だが、呉局長は、移住が長期的解決策だと言う。

 行政院は、27人の命を奪った72日の洪水で破壊された地域の復興には、最低でも268億台湾ドル(約860億円)かかると推定する。最悪の被害を受けた台中県や南投県の山岳地域では3日間に1000_を越える雨が降った。これら地域の地盤は、99年9月21日の破滅的大地震で緩んでいた。このような異常な事情が重なったとはいえ、局長は、「母なる自然」を尊重するほか、選択肢はない、人々は自制し、危険な場所に住むのを避けるべきだと言う。

 とはいえ、移住が簡単にできるわけではない。彼は10年前にこの構想を出したが、多くの住民が危険な村に舞い戻った、過去10年、高地の茶園や果樹園が非常な収益をもたらすようになったからだという。

 ところで、もはや山地住民を救うことができないという土木工学とはいかなるものだったのか。土壌・水保全局は、99年の地震ののち、公共建設委員会が勧告した「生態工学的方法」に基づく多くの復旧工事を行ってきたという。これは、災害防止と生態系保全を同等に重視するものだが、台湾の土木工学界では、必ずしも受け入れられていないようだ。水資源局(WRA)の陳伸賢副局長は、この方法はどこでも同じレベルの成功を勝ち取ることはできないと言っている。WRAの経験に基づくと、この方法は適度に直線的な河岸の緩やかな傾斜地に適している」。堅固なコンクリート護岸への信頼が厚いようだ。

 国立台湾大学の洪如江・土木工学教授は、ヨーロッパに比べ台湾の生態工学の歴史は浅く、土木技術者の訓練は何十年も生態学的関心を無視してきた、土木工学界の変化への抵抗を克服するには時間がかかると言う。彼によれば、繰り返し崩壊した中央縦貫高速道が工学的方法の限界を示しており、次の自然災害で壊れるだろう道路を修復するのに納税者のカネを出すのは無駄だ、「あさはかな開発は、いかなる工学的方法でも安全を確保できない」とまで言う。

 台湾生態学学会会長の陳玉峰氏は、過剰に開発された山岳地域での建設の努力は空しい、政府の山岳地域観光開発は不適切だと語る。彼によると、過去数十年のこれら地域の不適切な開発は生態系を深刻に傷つけた。「賢明な政府は、復旧計画の実行よりも、人々の移住に大量の資金を配分するだろう」。山岳地域におけるいかなる種類の建築も政府が禁止する法的基盤が必要だ、「我々は、山地が4、5年平静に保たれれば、二次林の成長を見ることができる」と言う。

 02年は国際山岳年だった。国連食糧農業機関(FAO)は、「山岳地域は地球上の生命にとって死活的に重要である。それは、世界の人口の少なくとも10分の1にとってのわが家であり、生物多様性・鉱物・森林の源であり、世界の大河川の源である。30億人以上が、食物を育て、発電し、工業を支えるために、また最も重要なこととして、飲み水を得るために、淡水を山地に依存している」。「山地住民は山地の生態系の”執事”であり、その破壊の影響を直接受ける人々である。その知識、視点、参加は山地の環境を保護し、飢餓を和らげるための努力の成功に不可欠である」と述べていた(山地の生態系保全と持続可能な発展ー国際山岳年が始動,02.2.20)。台湾山地の大災害は、気候変動に伴って激化する一方の自然災害が、環境保護と飢餓の緩和のための努力に参加すべき住民自体を追い払うかもしれない山地の未来を暗示しているようだ。科学技術はいかに進歩しても、「母なる自然」から人々を護ることは放棄するほかないということか?もっとも、「母なる自然」をここまで凶暴にしたのは、人間の営為そのものなのだが。

 とはいえ、わが国では、そんなことになる以前、山地は空っぽになるかもしれない。過疎化のなかで懸命に生残ろうとする山地住民は、多少なりとも支えとなってきた中山間地域直接支払いさえ廃止しようとする圧力に直面している。

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