農業情報研究所
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EUのWTO農業交渉提案(12.16発表)
農業情報研究所(WAPIC)
02.12.17
12月16日、欧州委員会が、一層の市場開放と貿易歪曲的補助金の削減を要請するWTO農業交渉に向けての提案を発表した(WTO and agriculture: European Commission proposes more market opening, less trade distorting support and a radically better deal for developing countries )。提案の基本的要素は、輸入関税の平均36%の引き下げ、輸出補助金の45%の削減、貿易歪曲的国内農業助成の55%削減である。また、提案は途上国に対する特別な措置も含んでいる。すなわち、(a)後発(最貧)途上国からのすべての輸出農産物について無税・無割当のアクセスを保証すること、(b)先進国は途上国からの輸入品の少なくとも50%についてのゼロ関税アクセスと「食糧安全保障ボックス」を与える。さらに、環境・農村開発・動物福祉などの非貿易関心事項の重要性も強調している。
EUのフランツ・フィシュラー農業担当委員は、米国等の提案(参照:米国のWTO農業提案(要約版),02.7.27)に対する皮肉を込め、「我々の提案は、他の国の提案のように戦術的なものではない。それはプラグマティックであるが、広範で野心的である。我々は他国だけに自由化の負担を押し付けるのではなく、先進国間の公平な負担につながるアプローチをめざす。すべての先進国が姿勢を変えねばならない。EUにはその用意がある。貿易歪曲的農業補助金を半分に減らし、一定の産品についての輸出払戻し(輸出補助)を廃止し・その他の産品についてはこれを減らそうとする我々の意志は過小評価されてはならない。途上国はレトリックなではなく、現実的な北からの便益を必要としている。世界市場へのアクセスが改善されるEU農民にも何らかの利益がある」と言う。
以下、この提案を要約・紹介しておく。
1.農産物輸入市場の開放
関税引き下げ方式については、先進国間の「負担共有」の目標を達成し、途上国にフレキシビリティを与えるために、米国やケアンズ・グループが提案する「スイス方式」は採らない。全体の関税平均引き下げ率を36%とし、個々の関税の最低引き下げ率を15%とする。
2.輸出補助金
すべての形態の輸出補助金(米国が多用する輸出信用など)が同等の扱いを受けることを条件に、補助輸出量の平均での実質的削減と予算レベルの45%削減。また、EUは、小麦・油料種子・オリーブ油・タバコなどの途上国にとって重要な一定の産品については、当該産品に対する他の形態の輸出補助が他のWTO加盟国により与えられることがないならば、輸出補助金を完全に廃止する用意がある。
3.貿易歪曲的国内助成
ウルグアイ・ラウンドでなされた約束のレベルから出発して、助成合計量(AMS)を55%削減する。合意期限内の急速な交渉進展を可能にするために、国内助成の現行の定義とウルグアイ・ラウンドの削減方式を維持する。
4.途上国のための特別待遇
a)市場アクセスについて
・「食糧安全保障ボックス」:一層の関税引き下げを容易にし、またセンシティブな農作物に関する途上国の関心に応えるために、食糧安全保障確保のための特別セーフ・ガード措置が途上国に拡張されるべきである。途上国が食糧安全保障とその他の多機能的関心事項に関する正当な目標を達成するために必要であるならば、実質的により低い関税引き下げ約束が合意されるべきである。
・先進国の途上国からの農産物輸入の少なくとも50%は無税とする。
・後発途上国(LDCs)から先進国へのすべての輸入は無税・無割当とする。
・関税保護レベルの引き下げにより、途上国にとって特別の利害がある産品に関するタリフ・エスカレーション(加工度の上昇とともに高まる関税率)の実質的削減。
b)国内助成
開発目的での農業部門支持の可能性を与えること。これは、このような支持が貿易歪曲的助成に計算されないことを意味する。
c)特別待遇
より低い削減率とより長い実施期間。新たな約束の実施期間は、2006年から始めて、先進国については6年間、途上国については10年間とする。
5.先進国の抜け穴の閉鎖
生産額の5%未満の先進国農業助成は貿易歪曲的でなく、AMSに計算されないという「デミニミス」条項がWTO加盟国に濫用され、いまや重大な抜け穴となっていることに鑑み、先進国についてのこの条項を廃止する。
他の加盟国により利用される農産物に対する輸出信用の貿易歪曲的要素が認められ、厳格な規律に服されねばならない。
食糧援助は、若干の加盟国では、しばしば過剰処理のメカニズムとなっているから、適切に定められる援助対象国向けに提供されるか、適切に認められた緊急事態または人道的危機への対応としてのみ与えられるべきである。WTO加盟国は、可能なときにはいつでも、受け取り国内での、または他の途上国からの食糧の購入のためのキャッシュの支払で援助を提供すべきである。若干の加盟国は、食糧援助を、受け取り国の必要性により調整される開発手段としてよりも、過剰処理と外国市場での販売促進の手段として使ってきた。
国家貿易企業については、クロス助成、価格プール、その他の不公正な輸出貿易慣行が規律に服さねばならない。
6.消費者の関心事項
地理的表示産品は保護されていないわけではないが、その価値が深刻に侵食されている。他の生産者によるミスリーディングと不公正な使用を禁止するように、原産国の権利保有者以外の生産者により使用される現在の名称リストが作成されるべきである。
環境保護・伝統的景観・生物多様性・農村開発・動物福祉などの一定の目標の達成は、WTOにより創り出される障害なしに許されねばならない。そのような目標の達成のために与えられる助成は、そのような措置が適切に目標を絞り、透明で、貿易歪曲を最小限にする方法で実施されることを条件に、貿易歪曲的とみなされてはならない(削減不要なグリーン・ボックス助成に含まれねばならない)。これらの措置に関しては、特に、
・先進国・途上国に共通の関心事項である環境保護は農業協定で斟酌されねばならない。
・農村開発促進のための措置は農業協定が適切にカバーすべきである。先進国・途上国ともに、農村人口維持のために必要な経済的・社会的環境を保全し、あるいは発展させる権利を有する。これらの環境サービスは市場の力だけでは確保できない。
・動物福祉の基準を満たすために必要となる追加コストは貿易歪曲的とみなされるものから除外する。これらのコストは、より高度な基準の採択から直接に生じると明確に証明できる場合には、助成成削減束から除外されるべきである。
なお、以上の提案の背景については、同時に発表された「EUの農産物貿易に関する事実と数字」と題する欧州委員会のプレス・リリースで詳細に述べられている。それについては別に翻訳・紹介する(⇒)。