G20、WTO農業交渉関税削減案を提案、ドーハ・ラウンドの行方は一層不透明に

農業情報研究所(WAPIC)

04.5.31

 2日から始まるWTO農業交渉に先立ち、ブラジル、インド、中国、南アフリカなどを主要メンバーとするG20が農産物関税削減案を提案した。ドーハ・ラウンドの今年中の妥結を目指す米欧は、交渉前進の最大の障害の一つをなしてきた農産物にかかわる輸出補助金の廃止や貿易歪曲的国内助成の大幅削減の用意があると表明、カンクン閣僚会合を失敗に導くことで大きな役割を演じたG20も態度を和らげ、7月中の大枠合意の期待が高まっていた。ただ、関税引き下げ方式をめぐる対立は激しく、これをいかに乗り越えるかが残された最大の問題と見られている。

 もともとの米国の削減案は、全品目の関税率を一律削減する「スイス方式」で、全品目の関税率を5年間で25%以下に削減するというものであった。EUは「センシティブ」な品目の関税率削減を緩和することを主眼に、全体の平均で36%削減、個々の品目の最低削減率は15%とする「ウルグアイ・ラウンド」方式削減案を提案していた。米欧の対立は激しく、そのままではカンクン閣僚会合における合意は不可能と見られていた。だが、会合の直前の昨年8月、両方式をミックスする「ブレンド方式」とすることで米欧が妥協、これで問題は決着するだろうという楽観的見通しが広がった。

 このブレンド方式関税削減案は、全品目を定められた割合の3種に分類、それぞれについて、@ウルグアイ・ラウンド方式を適用し・センシティブな品目の市場アクセスの拡大は関税削減や関税割当の組合せにより実施する、 Aスイス方式を適用する、 B無税とする、という異なる削減方式を適用するというものであった。また、一定の上限を超える関税率の品目にはついては、この上限関税にまで削減するか、関税割当などによる「リクエストオファーの方式」によって効果的な追加的市場アクセスを確保するとしていた。さらに、EUは、途上国への市場アクセスの改善を最優先、途上国にも先進国と同様な関税削減を要求する米国に配慮、食糧安全保障やその他の多面的機能の観点から必要性があれば途上国に実質的により低い関税削減も許すというその提案を後退させ、途上国のための特別かつ異なる待遇に関しては、大幅に食料輸出が超過している食料純輸出国のためのルールと規律が調整される必要があるという途上国分断策も認めた。

 だが、補助金削減案などとともに出されたこの提案にブラジル等が猛烈に反発して直ちにG20を形成、先進国の関税と国内助成の大幅削減を求め、途上国への市場アクセスの大幅拡大は許さない新たな提案をもって米欧とに全面対決することになった(インド、中国、ブラジル等、WTO農業交渉で新提案,03.8.21)。これがカンクン会合の決裂の重要な要因の一つをなしたわけである。デルベス閣僚会合議長(メキシコ外相)が提示した関税削減案の基調もなした「ブレンド方式」関税削減方式については、G20は先進国市場へのアクセスを劇的に改善するものではないし、途上国の一層の関税削減により途上国農民の生計を破滅させ、食糧安全保障を危機に陥れ、経済発展を阻害すると、正面から拒絶してきた。

 しかし、米欧の農業補助金廃止・削減の提案に交渉に望む態度が積極化、2日からの農業交渉での行き詰まり打開のために、オーストラリアなど主要農産物輸出国で構成するケナンズ・グループと協同、新たな関税削減案を提案するとしてきた。米国・EUも、この提案により交渉が一気に前進するかもしれないと期待を表明してきた。その米欧待望の提案が出たわけだ。だが、今回の提案は関税削減方式は特定しておらず、数値目標も織り込まれていない。少なくとも米国にとっては期待はずれのものだったようだ。上限関税設定は絶対に受け入れられないと主張、交渉前進の最大の障害と見られていた日本を始めとする食糧輸入国グループ(G10)にとっても受け入れられない提案と見られている。

 新たな提案によれば、関税削減方式は高率関税の大幅削減を通じて関税削減を漸次進めることを確保するものでなければならない。提案の主内容は、@合意される非常に限定された数の品目にはついては例外があり得るが、上限関税が設定されねばならない。例えば日本のコメのような最も「センシティブ」な品目には、関税引き下げとこのような品目の最低輸入割当(ミニマム・アクセス)の設定を条件に、「柔軟性」を認める。A先進国、途上国、後発途上国の間で区別する。B先進国は途上国からの一定割合の輸入品目の関税と割当を廃止する市場アクセスを提供すべきである。途上国は先進国ほど大幅な関税削減を要求されず、しかもより長期をかけて削減する。C後発途上国は関税削減約束を免除され、先進国市場への割当なしのアクセスを保証される、ということのようだ(G20 developing nations propose farm tariff reduction plan to WTO,AFP,5.28)。

 このような抽象的提案にとどまり、またケアンズ・グループとの共同提案とならなかったことは、ブラジルのような巨大な農産物輸出国と、インドのような食糧安全保障と国内小農民の輸入農産物からの保護を最優先する国など、もともと異質な国で構成されるG20の利害調整の困難を反映するものだろう。しかも、中心国・インドの政変はタイミングが悪すぎた。それが調整と一層難しくしたことは想像に難くない(インド通産相、WTO農業交渉でG20拡大を目指す,04.5.25)。

 それでも、この提案が交渉前進にどんな役割を演じないとも言い切れない。日本などG10グループには、上限設定か、ミニマム・アクセスを求めるこの提案は飲めないだろう。だが、米欧の反応は微妙である。パスカル・ラミーEU通商担当委員のスポークスマン・アランチャ・ゴンザレスは、AFPに対し、「この提案は、ジュネーブでの今週の議論を可能にする建設的第一歩だ」と語ったという(l'UE considère la proposition du G20 comme "un pas constructif",Agrisalon,5.29)。彼は、「我々は提案が市場アクセスのいかなる特定の方式も、最も先進的な途上国の後発途上国のための市場開放の提案も含まないことには注意する」が、「文書の明晰さと、食糧安全保障[食品安全?―ヨーロッパでは、これらは同じ言葉で表現されることがある]と農村開発という我々にとって重要な二つの要素のG20による承認は歓迎する」と言う。

 他方、米国の農業交渉主任・アレン・ジョンソンは、提案は検討中、一見したところ詳細を欠き、どう評価するかと聞かれても今のところ答えられないが、「これはG20が努力してきたことを示す。私は彼らが努力を続けようとしており、我々は野心的な市場アクセスの枠組みを得るために彼らと共に努力している」と語ったという(G20 Trade Alliance Puts Tariff Cut Onus on Rich,Reuters,5.28)。

 しかし、G20提案は、ブラジルやインドに代表される先進的途上国も含む途上国の輸入市場の開放を最小限に抑えようとするものだ。米国は補助金削減の見返りとして、大幅な関税削減を主張している。これが実現しないとなれば、問題は振り出しに戻る可能性もある。フィナンシャル・タイムズ紙によると、外交筋はこの提案が米国政府を満足させることはないだろうと見ている。ケアンズ・グループのWTO大使の一人は、提案に失望した、来週は危機を迎えるかもしれない、「米国が市場アクセスで何も得るところがないかぎり、我々が合意に進むことはない」と語ったという(Difficult WTO talks ahead on tariffs,Financial Times,5.29,p.4)。

 予測の限りではないが、2日からの交渉は、ドーハ・ラウンドの最終的崩壊を確認するものとなる可能性も排除できなくなった。

農業情報研究所(WAPIC)

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