農業補助金:EUが笛吹き、WTO、OECDが批判 対立激化でWTO農業交渉合意は困難

農業情報研究所(WAPIC)

04.6.25

 23日、WTOドーハ・ラウンドの成否のカギを握るとされる農業交渉の大詰めの協議が始まった。7月中の大枠合意ができなければ、ドーハ・ラウンド妥結は11月の米国大統領選挙によって無際限に引き延ばされることになるだろう。これが大方の見方だ。7月中大枠合意のカギは今回の協議が握っている。グローサー議長が大枠合意案を作成できるところまで議論が集約されねばならないからだ。まさに大詰めの協議だが、成功の見通しは一向に見えない。

 5月、EUが輸出補助金を期限を定めて全廃する用意があると表明したことから(⇒EU、ドーハ・ラウンドに弾みを求める―農業輸出補助金全廃も議論の用意,04.5.11)、7月合意に向けての動きが急展開した。米国がEUの提案を歓迎するリップサービスを行い、これを受けて途上国グループも7月合意に積極的な姿勢に転じた。残る最後の障害として市場アクセス―関税引き下げが浮き上がり、これについてもブラジル、インドを中心とするG20グループが独自の提案を行って妥協の雰囲気が高まった。今月、サンパウロで開かれた第11回国連貿易開発会議(UNCTAD)に際し、主要先進国・途上国が7月合意を目指すことで一致した。このまま合意になだれ込んだのではコメなどの重要品目の高率関税が護れなくなると恐れ、上限関税設定に強硬に反対する日本など食糧輸入10ヵ国(G10)が孤立化の様相を呈してきた。

 だが、補助金問題は本当に解消に向かっているのだろうか。米国が現在の補助金の撤廃や大幅削減を確約できる政治状況にはないことには、再三注意を促してきた。そして、ここへきて、この問題をめぐる米国・EU・途上国間の対立が再び鮮明になってきた。それは、7月合意に対する楽観的雰囲気を吹き飛ばし始めている。米国の現行補助金を温存しようとする姿勢がはっきりしてきたからだ。それは、口先だけでは隠しようがなくなった。

 EUのフィシュラー委員が、米国には補助金改革の意思が見えないと激しく攻撃したことには先日触れた(⇒WTO農業交渉、輸出補助問題が再浮上?EUフィシュラー委員、米加の輸出補助解体を迫る,04.6.16)。今月18日には、ブラジルのWTO提訴を受けたWTO紛争処理委員会が、99年から02年に支払われた米国綿花補助金が世界市場価格を圧迫しており、WTO協定違反であるという裁定を当事国に伝えた。裁定の詳しい内容は8月まで分からないが、年間35億ドルにのぼる輸出信用保証や、米国が貿易歪曲的でない(「緑」)と主張してきた過去の実績を基準とする直接支払い(*)・価格低下に対抗して98年から導入された作物特定的でない「緊急援助」(**)を貿易歪曲的と認めたものと考えられる。市場価格がローンレートを下回った場合に差額を支払う「ローンレート不足払い」は、米国自身、貿易歪曲的と認めている。

 *96年農業法により導入され、漸次減らされ、最終的には廃止されるはずであったものだが、02年農業法で継続・永久化した。
 **02年農業法により「カウンター・サイクル」支払いと名付けられ、毎年の支払いが保証された。

 このような補助金は綿花だけでなく、主要商品すべてに支払われているものだから、この裁定が最終的に確定すれば、米国農業補助金政策は全面的なオーバーホールを迫られることになる。だが、米国は、これら補助金は完全に合法だとして、上級委員会に上訴すると言っている。つまり、ブラジル(途上国)がWTOルール違反と主張し、紛争処理委員会もそう認めた補助金を、米国は削減・廃止するつもりがさらさらないことを明言したわけだ。

 折も折、途上国には強力な援軍も現われた。先進国が構成する経済協力開発機構(OECD)が、先進国の農業補助金に関する二つの報告書を発表した。一つは、2003年EU共通農業政策(CAP)改革の分析(Analysis of the 2003 CAP Reform)であり、もう一つは、OECD諸国農業政策2004年概観(OECD Agricultural policies 2004 At a glance)だ。

 前者は、EUは依然として最大の農業補助金使用者だが、昨年の改革によりヨーロッパ農業の市場指向が強まり、貿易歪曲が減るだろうと分析する。改革を先送りしてきた砂糖部門が最大の問題だが、これについても、フィシュラー委員の改革案が漏れ出た。フィナンシャル・タイムズ紙が見た文書と委員会高官のコメントによると、現在世界市場価格の3倍になる砂糖保証価格を06年と07年の間に3分の1に引き下げ、農家が生産を許される割当量を年に1760万トンから1460万トンに引き下げ、補助金付き輸出は240万トンから40万トンに減らすという(EU to consider sugar subsidy reform,Financial Times,6.24,p.7)。生産を北ドイツ、パリ盆地、英国などの最大の競争力をもつ地域に集中、南欧、フィンランド、東部などの地域は切り捨てるということだ。高い保証価格の恩恵を受けているモーリシャスやフィジーなども大変な経済的苦境に陥る。このまま通るとはとても考えられないが、フィシュラー委員最後の大仕事が、OECDの改革評価を一層高めることになるだろう。

 他方、後者の報告書は、OECD諸国の農業補助金のうち、価格支持や生産に関連した最も貿易歪曲的な補助金は、全体で86-88年の82%から00-02年の67%に減ったという。生産者価格は、86-88年には国境(輸入)価格よりも56%高かったが、01-03には31%にまで下がった。最も下がったのはスイス、アイスランド、ノルウェー、EU、韓国だという。投入に関連した補助も貿易歪曲的だが、これは全体の8%ほどで下がっていない。全体としては、このような貿易歪曲的補助金は減少傾向にあるが、それでも現在のレベルでは、国内生産を助長し、貿易を歪曲し、世界価格を抑制しているのは間違いないと言う。

 こうした補助金の代わりに、面積・頭数に基づく直接支払いが86-88年の7%から01-03年の15%にまで増えた。その比率が高いのはスロバキア、EU、チェコである。93年に初めて導入された歴史的基準(過去の面積、頭数、収穫量、助成受取額など)に基づく支払いは01-03年に5%を占めており、メキシコ、スイス、トルコ、米国での比率が高い。注意すべきは、これら二つの種類の補助金は、「収入の変動を減らすことで生産のリスクを減らし、地価を変える恐れがあるかぎりで、現在の生産の決定に影響を与える可能性がある」としていることだ。従って、「このような支払いは、例えばEUや米国のようなとくに額が大きい国では、生産に与える影響に注意が払われる必要がある」と言う(26p.)。

 さらに、「これらの支払いは、特殊な所得や環境の状況に標的を絞ることができるけれども、部門全体にまたがる場合が最も多い。それは、必ずしも農業者ではない土地所有者、小規模農民ではなく大規模農場を利することもある。環境保全の遵守を農民に義務付けることもあるが、これら補助金は環境的に脆い土地の利用を促進する可能性もある」と続ける(関連情報:米国:大規模農業事業者が作物補助金獲得に狂奔、違法行為も―GAO報告,04.6.19)。EUや米国のみならず、日本が導入しようとしている直接支払いについても、こうした指摘はを免れないかもしれない。

 WTOの米国綿花補助金に関する裁定は、今後、途上国からの同様な提訴を続発させることになるかもしれない。だが、提訴すれば勝訴の可能性はあっても、それでは余りに時間とカネがかかりすぎる。途上国は、農業交渉で補助金基準の強化を勝ち取ろうとするだろう。その立場を強固にするだろう援軍も現われた。米国は裁定が違法とした補助金の文句なしの合法化を勝ち取ろうと、補助金基準の緩和を主張するだろう。農業交渉における補助金をめぐる対立は、従来以上に深まる可能性がある。