EU、ドーハ・ラウンドに弾みを求める―農業輸出補助金全廃も議論の用意

農業情報研究所(WAPIC)

04.5.11

 EU・欧州委員会のパスカル・ラミー通商担当委員とフランツ・フィシュラー農業担当委員は10日、ドーハ・ラウンド開発アジェンダの下でのWTO貿易交渉に新たな弾みをつけるべく、WTO加盟国に対して共同書簡を送付した(Press Release:WTO-DDA: EU ready to go the extra mile in three key areas of the talks,04.5.10)。書簡は、EUが輸出補助・新分野(シンガポール・イシュー)・最貧途上国の扱いの三つの分野で交渉前進に向けてさらに貢献する用意があることを正式に表明するもので、その内容は既にダカールG90閣僚会合でラミー委員が示唆していたことや、フィシュラー委員がベノス・アイレスで語っていたことと変わらない(⇒ドーハ・ラウンド、強まるEUの途上国抱き込み作戦、米日孤立化か,04.5.6)。だが、正確を期すために、改めてこの内容を要約しておこう。

 第一は、他国(特に米国)が同様な方向に動き、また農業に関するバランスの取れた包括的合意が得られるならば、すべての輸出補助金を議論に載せる用意があるというものである。EUは昨年9月のカンクン閣僚会合に向けて、既に途上国の関心品目に関する輸出補助金の廃止を提案(オファー)、途上国に関心品目のリストを提出するように求めてきた。しかし、関心品目選択をめぐる途上国間の利害が必ずしも一致しないために、途上国は未だにこのリストを提出していない。そのために、EUはこのアプローチは「機能しなかった」と総括、今回改めてすべての輸出補助金の廃止を議論する用意があると明言したものだ。途上国が選択する関心品目だけでなく、すべての品目についての輸出補助金の廃止を議論する用意があるとしたところに今回のオファーの新しさがある。

 ただし、今回のオファーも、市場アクセス・国内助成・非貿易関心事項に関してEUが受け入れることのできる結果が得られること、米国が多用する輸出信用・食糧援助やカナダ・オーストラリア・ニュージーランドの貿易国家独占にかかわるすべての形態の輸出補助の要素が並行して廃止されることを条件としている。EUには、これらに関して既に大きな意味ある改革を実施してきたという自負がある。しかし、これは国際的には正当に評価されておらず、しかも米国等はこれに追随するどころか逆方向に動いているにもかかわらず、農産物貿易をめぐる最大の国際的批難がなおEUに向けられているという不満が渦巻いている。EUがこのような条件を付すのは当然であり、そうでなければEU諸国も、EU農業者も、このようなオファーは到底受け入れることができないだろう。

 事実、フランスのゲマール農相や対外貿易担当大臣・フランソワ・ルースは、ラミーの輸出補助に関する提案は越権行為で、好ましいものでもなければ、交渉に何の寄与もするものでもないと直ちに反発した。フランス農業経営者連盟(FNSEA)も、世界の他の国が動こうとしないのに、欧州委員会はまたも最初に動いた、今週のパリでの南米共同市場(メルコスル)との自由貿易協定交渉でのEU市場開放でも欧州委員会は「一方的」に前進しようとしていると批難した。ラミー委員は、私はオファーに条件をつけた、他の国が動かなければ交渉は進展しない、他の国が動かないとしても、私は途上国にとって非常に重要なシグナルを送ることを含め、自分の本分を尽くすまでだと反論に追われた(Gaymard: l'offre européenne "outrepasse le mandat" de la Commission, Lamy pas d'accord,AFP,5.10Bercy:la méthode du commissaire européen Lamy "n'est pas la bonne,AFP,5.10Subventions agricoles:on peut discuter la tactique,pas le respect du mandat(Lamy),AFP,5.10;Proposition de suppression des aides agricoles à l'export: FNSEA "surprise",AFP,5.10)。

 書簡が送付された10日、EU諸国農相はアイルランド・キラーニーで非公式閣僚理事会を開いた。ドーハ・ラウンドで「ヨーロッパ農業モデル」をいかに防衛するのか、これが会合のテーマの核心だった。現在のEU議長国であるアイルランドは、92年から03年にかけての改革の重要性をWTO加盟国に理解させることの重要性を強調、これを確認するための様々な統計数字を確認した。それは次のとおりである。

 ・80年代のEU共通農業政策(CAP)予算の85%を占めた最も競争歪曲的なEU農業援助は、最近の03年改革(⇒EU共通農業政策(CAP)改革の内容,04.5.8)までに50%減少した。

 ・さらに、残った援助の少なくとも4分の3は、援助と生産量との関連を切り離す05年からの「部分的デカップリング」で、WTOが貿易歪曲度が極度に小さいかゼロと定める「グリーン・ボックス」援助となる。

 ・EUの農産物輸出の世界市場におけるシェアは著しく縮小している。小麦では92年の30%が02年には7.5%になり、牛肉では94年27%から02年5%、豚肉では94年62%から02年43%に縮小している。

 ・CAPの二度の改革とアフリカ・カリブ・太平洋(ACP)諸国との諸協定に加え、7千の基礎産品に有利な市場アクセスを与える大部分の途上国のための一般特恵制度(SPG)を制定した。最貧国については、完全に自由化されていないのは生鮮バナナ、米、砂糖だけとなったのに、EUはドーハ・ラウンドでなお圧力を受けつづけている。

 ・EUは世界一の農産物輸入地域であり(02年623億ユーロ、約8兆4千億円)、アフリカの生産の85%、ラテン・アメリカの生産の45%を受け入れているが、毎年、米国・日本・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの合計以上の途上国農産物を受け入れている。

 先のプレス・リリースも、次の点を強調、他国の行動を迫る。

 国内助成:EUは、貿易歪曲的助成を70%も減らした。他の先進国もこれに続くべきである、米国は年に200億ドルの貿易歪曲的助成を定める02年農業法を改革しなければならない。また、生産額の5%未満(途上国については10%未満)の貿易歪曲的助成を削減対象としないデ・ミニミスのような抜け穴を封鎖する必要がある。米国は現在、80億ドルをデ・ミニミスのルールの下で支出している。

 輸出補助:EUの輸出補助金の農産物輸出額に対する比率は92年の25%から01年には5.2%に減少、年間の絶対額では100億ドルから28億ドルに減った。この補助のレベルは、03年の改革でさらに減る。しかるに、他の形態の輸出補助は増加を続けている。03年、米国はその輸出業者を世界市場で不公正に優位に立たせる32億ドルの輸出信用を利用した。また、「食糧援助」を装って、毎年数十億ドルの輸出補助を行なっている。カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの国家貿易独占やアルゼンチンが大豆や大豆粉に適用する輸出税も他の輸出補助の例である。

 市場アクセス:EUの農産物平均関税は10.5%だが、ブラジルは30%、途上国全体では60%になる。農産物市場へのアクセスをいかに改善するかに関するアプローチは大きく異なっており、これは関税構造が加盟国間で大きく異なることを反映している。極端な立場の妥協が不可避な理由である。EUは、必要な修正を加えたブレンド方式(EUと他の70ヵ国が望む平均関税レベルを引き下げるウルグアイ・ラウンド方式と他の国が望む一律削減のスイス方式の折衷方式)がすべての参加国の関心と途上国のセンシティブな問題に応えるものと考える。このようなブレンド方式には、大幅な関税削減が含まれるが、同時に諸国が関税削減と関税率割当を併せて最もセンシティブな関税に取り組む柔軟性も提供する。

 従って、輸出補助金全廃は、貿易歪曲的国内助成の大幅な削減、デ・ミニミスのような抜け穴の封鎖、補助国がボックス間・内で補助金を移転するのを防止し・透明性を高める新たなルールの策定、グリーン・ボックス補助金は削減対象としない明確な約束(以上は国内助成に関係する)、ブレンド方式による関税削減といったEUの提案が受け入れられることが前提となると言う。また、カンクン会合決裂の直接の引き金となった途上国にとって死活的に重要なワタ問題に関する早期の行動も要求している(EUは4月にこの部門の改革に合意したばかりだ)。

 EUの第二の新たなオファーは、EUと日本が交渉議題とすることを強く要求し、途上国が強く反発、ドーハでコンセンサスなしには議題としないと宣言された「シンガポール・イシュー」(投資、競争政策、貿易円滑化、政府調達の透明性)に関する途上国への譲歩を明確にしたことである。投資と競争に関しては明らかにコンセンサスはないと認め、 交渉議題とすることを断念した。コンセンサスの有無が不明瞭な政府調達に関してはなお交渉の余地はあるが、貿易円滑化交渉だけでも良しとした。

 第三のオファーは、後発途上国とACP諸国の連合であるG90と呼ばれる貧困国の特別扱いに関する提案である。これら諸国はさらなる市場開放は要求されず、農工業品の、これら諸国以外の比較的豊かな途上国も含む先進国・富裕国の市場へのアクセスが改善される。これは、一般的な関税削減により一定の先進国、特にEUでこれら諸国が享受する特恵の恩恵(特恵マージン)が削り取られるのを補償すると言う。特恵マージン喪失は、関税削減交渉の結果に関してこれら諸国が抱く最大の恐れの一つをなしてきた。

 これらに加え、書簡は、限定された例外を伴う一般的で単純な方式による工業品関税の大幅削減、停滞しているサービス貿易交渉の促進を要請している。

 このようにして、ラミー委員は、7月までの交渉枠組み(モダリティー)合意を望むならば、すべてのWTO加盟国は「政治的約束の一般的表明を実質に関する具体的動きに翻案しなければならない」と言う。

 このような両委員の提案は、ドーハ・ラウンドを何としても成功させねばならないという強い意志がもたらしたものである。ラミー委員は、「ドーハ・ラウンドはEU貿易政策の核心」だと言う。だが、この提案が実を結ぶ可能性はあるのだろうか。1月に今年中のラウンド終結を求めて全加盟国に書簡を送ったロバート・ゼーリック米国通商代表は、やはり残り少ないその任期をドーハ・ラウンド成功に賭けているようだ。事前に明らかにされたEUの新たな提案を歓迎、7月末までの大枠合意に全力を上げると表明している(EU softer line aims to encourage trade talks;Zoellick set to call for all-out effort on Doha round,Financial Times,5.10,p.4)。10 日には、各国並行しての輸出補助廃止は1月の書簡で彼自身が提案したところで、他の国も国家企業の貿易独占や輸出への差別課税を終わらせることを確認、同様の精神を示すことを期待すると語っている(Robert Zoellick se réjouit de la pércee européene suru l'agriculture,AFP,5.10)。農産物輸出国・ケアンズ・グループの盟主であるオーストラリアのWTO大使も輸出補助金に関するEU提案を歓迎、CAPの最も厳しい批判者であった開発NGO・Oxfamもこれを称賛している(EU's farm subsidy offer irks French,FT.com-world,5.11

 だが、米国自身が選挙の年、直ちにEUの要求する輸出補助・国内助成の廃止や大幅削減に動くことはほとんどありそうもない。関税削減でも、途上国の特別扱いを認めようとはしないだろう。ブッシュ大統領は「多角的交渉」にはほとんど関心を失っているように見えるし、日本も自由貿易協定(FTA)交渉に狂奔、ドーハ・ラウンドを何としても成功させようとするEUのような意欲は見えない。カナダ、オーストラリアが小麦ボード廃止に動くこともないだろう。ブラジル・インドを中心とするG20グループは、農産物関税引き下げのブレンド方式に反対を表明している(Developing country agriculture exporters reject EU,U.S. plan,AP,5.7;G-20 rejects agriculture tariff cut plan,The Hindu,5.9)。EUの試みが実を結ぶと考えるのは楽観的にすぎよう。

 だが、今月初めにセネガル・ダカールで開かれたG90グループ閣僚会合は、ワタと農業補助金を含む貿易問題で態度を和らげるという「ダカール宣言」を発している(Least developed countries to make cocessions to move trade talks forward,AFP,5.6;Poor nations more flexible in trade talks,Radio Netherlnds,5.7)。EUが先月採択したワタ補助金削減を含むEUの農業補助金削減の努力、会合でのラミー委員の輸出補助金全廃への努力の示唆、3月に米国貿易交渉官・アレン・ジョンソンが示した将来の農業補助金全廃への意志が閣僚を動かしたという。参加者は、「EUと米国は譲歩をしてきたように見える。従って、後発途上国とG90も同様な決定をした」と言う。

 WTO加盟国の半数以上を占めるこれら諸国の決断は重い。これら諸国の希望を断ち切るような態度は他国も見せられないだろう。米国の農業改革の早急で明確な見通しはなくても、交渉前進の可能性がまったくないとは断言できない。間近に迫ったOECD閣僚会合で一定の見通しがつくかもしれない。

 その場合の最大の難関は、恐らくはEU、特に日本の「センシティブ」な農産物の関税削減の問題になるだろう。ゼーリック米国通商代表は、一つの打開策を示唆している(Zoellick set to call for all-out effort on Doha round,Financial Times,5.10,p.4)。彼は、「政治的拘束により、EUが牛肉・砂糖・酪農品などの「センシティブな」輸入品への障壁の大幅な削減を、日本が米市場開放を妨げられることを認めた。彼は、これらの品目に関する寛大な扱いの代償として、EUと日本は他のものに関する一層寛大な自由化をオファーしなければならないと示唆した」という。EUは、あるいは代償をオファーしたことになるのかもしれない。日本はいかなる代償もオファーしていない。日本の政府交渉関係者はEUの新提案の影響を軽く見ているようだが、的確な対応の機会を失うことにつながる恐れもある。

 その他の関連ニュース
 France Splits With Europe Over Farm Subsidy Plan,The New York Times,5.11
 France tries to block EU farm reforms,Guardian,5.11
 EU split over 'dangerous' plan to axe export subsidies,Independent,5.11
 L'Union européenne s'engage à "bouger" sur l'agriculture pour relancer les négociations de Doha,Le Monde,5.10
 L'UE s'attelle à la défense de son modèle agricole décrié,AFP,5.9

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