経産省 FTA原産地証明手続き簡素化へ それでもどれだけの企業が活用できる?

農業情報研究所(WAPIC)

07.6.29

 経済産業省が、輸出企業の事務負担を減らし、自由貿易協定(FTA)の活用を促すために、FTAによる優遇措置を受けるために必要な原産地証明の手続きを簡素化する方針を固めたそうである(「FTA、輸出手続き簡素化 原産地証明 企業、発行可能に」 日本経済新聞 07.6.29 経済面)。

 原産地証明はFTAに付きものの手続きであり、例えば日・マレーシア経済連携協定(EPA)におけるFTAを利用してマレーシアに冷蔵庫を輸出しようとする日本企業は、関税分類が変更されるほどの加工が日本で行われたか、日本で40%以上の付加価値が生じたことを証明しなければならない。この証明のためには厖大な事務負担が必要になる。後者の原産地規則を満たすことを証明するために、厖大な数の部品がどこの国から調達されたのか、それぞれの価値(価値)はどれほどかをすべて調べ上げ、40%以上の付加価値が日本で生産されたことを証明する必要がある。

 そして、この原産地証明は輸出国の「権限ある当局」、現在の日本では各都道府県の商工会議所が発給することになっている。この発給を申請する企業は1回ごとに2000円の基本手数料も払わねばならない。

 そこで、経産省は、商工会議所が証明書を発行する「第三者証明方式」に加え、輸出企業が自らこの証明する「自己証明方式」を導入するとととも、第三者証明方式の手続きも簡素化、商工会議所の判定の有効期間を現在の1年から原則無期限(?!)にし、申請に必要な書類も減らすのだという。

 記事は、日本は7ヵ国とFTAを締結、シンガポール、メキシコ、マレーシアとの協定が発効しているが、「中小企業などの間では、[原産地証明にかかわる]煩雑な手続きを嫌って、FTAを使わずに通常の関税で輸出する事例もあるという」と締めくくる。

 ただ、このような手続き簡素化でFTAがどこまで活用されるようになるかは不透明だ。「自己証明方式」を導入し、また手続きをどう簡素化したところで、企業にはこのための厖大な作業は残る。

 「FTAを使わずに通常の関税で輸出する事例もある」という言い方自体、認識が甘い。シンガポールにFTAを使って輸出する企業は、3000社を超える現地日系経企業があるにもかかわらず、僅か6社、対メキシコFTA、対マレーシアを使うのも、それぞれ257社、75社に過ぎないという。”「数万点の部品ごとに証明を取るのは気が遠くなるような作業だ」。大手自動車会社から、こんな嘆息が聞こえる。大企業はまだ良いが、部品業界には人手と時間の負担に悩む中小企業が多い。関税率が下がっても、単価が低く輸出量が少なければ、逆にコスト増となってしまうからだ”(「悩ましいFTAの副産物 原産地証明が貿易障壁に(経営の視点) 日本経済新聞 07年6月25日 企業1)。

 多くの研究はFTAの貿易拡大効果を確認できていない。先進国の場合には、多くの品目の最恵国待遇関税が既にゼロになっているということがあり、また、原産地規則の要件を満たすためのコストが特恵により与えられる利益よりも大きく、貿易業者が特恵待遇の享受を断念する場合もあるからだ(WTO世界貿易報告、地域貿易協定に懸念,03.8.22)。

 実際、北米自由貿易協定(NAFTA、1994年)によっても、米国からカナダへの輸出のシェアは1990年の21.1%から2000年の22.6%に増えただけだ(WTO貿易統計)。世銀はかつて、メキシコの輸出はNAFTAがなければ25%少なかったと推計されるが、輸出は協定前から大きく増えており、メキシコが最近達成した輸出市場シェアの拡大は、80年代末以来の一方的貿易自由化を反映したものだ、NAFTAの非常に制限的な原産地規則と域内でのアンチダンピング・補助金相殺関税措置の維持が、メキシコのNAFTAからの利得を制限してきた、と分析している(世銀報告書、メキシコのNAFTAからの利得は微小,03.12.18。また、FTAが途上国にもたらす利益はほとんどないー世銀報告,04.11.18、も参照

 FTAの貿易拡大効果が確認できないのは、FTAには「原産地規則」という「貿易障壁」が付きものだからと考えるべきだろう。自己証明や手続き簡素化で解決されるような問題ではない。これがFTA推進に弾みを付けようとする思惑から出たものとすれば、まったくのお門違いだ。

 「自由貿易協定(FTA)が花盛りである。産業界も輸出拡大の切り札として期待を高めている。互いに関税をゼロにして、相手国に市場を開放する。日本が得意とする分野の産業の輸出は伸びる。―FTAの原理は単純明快にみえる。

 本当にそうだろうか」(同上)。

 FTAへの世界的流れに乗り遅れるな、日豪はもとより、日米、日EUの協定も早急に追求すべきだなどという学者や政治家・役人は、「単純明快」な「FTAの原理」しか知らない。 

 関連情報
 EU ASEAN、インド、韓国とのFTA交渉へ 多角的貿易体制を省みる余裕なし,07.4.25

 注)ちなみに、NAFTAの原産地規則の影響を評価した一研究によると、2000年のメキシコのNAFTA利用率は全部門平均で64%となっている。ただし、部門により大きな違いがある。野菜は99%、自動車は97%、プラスチックは85%、靴下は80%と高いが、重要輸出品目であるが原産地規則が極めて複雑な繊維・アパレルでは平均を辛うじて上回る66%、その中でもニット製品は48%でしかない。研究は、この違いは原産地規則を守るための費用の違いから説明できるという。米国の繊維・アパレルの最恵国待遇関税率は16.7%、NAFTAではゼロだから、優遇率は16.7%と非常な大きさになる。それにもかかわらず、多くの企業が原産地規則がもたらすそれ以上の負担を感じていることになる。

 Olivier Cadot et al.,Assessing the Effect of NAFTA Rules of origin,World Bank,2002.6